第43話 冷たい旦那様はどこへ 5
貴族の邸の見学会は大盛況だ。しかも、あの豪邸セルシスフィート伯爵邸なのだ。
そして、このイベントはセルシスフィート伯爵領の隣に位置する王都にも届いており、王都からも人が来ているせいか、予想よりもはるかに多い来訪者に、セルシスフィート伯爵邸の使用人はてんてこ舞いだった。
人だかりの中を、上手くかき分けて足元にやって来たブランシュが、「みゃっ」と可愛くすり寄ってきて、そっと抱き上げた。
「人がたくさんで驚いたわね。ブランシュ」
「みゅぅーー」
王都からの来訪者もあってか、最初はセルシスフィート伯爵領の領民はウォールヘイト伯爵領の農作物などの品々を買うことはなかったけど、王都からの来訪者が買ってくれるおかげで、少しずつでもセルシスフィート伯爵領の領民も買ってくれ始めていた。
ウォルト様が、王都にもセルシスフィート伯爵邸の見学会の情報を流してくれたおかげだ。
ウォルト様が、率いる竜騎士団が、そこら辺を上手く情報を流してくれたのだ。
今も、セルシスフィート伯爵邸のあちこちで揉め事が起きないようにと、見回ってくれている。
「平民がセルシスフィート伯爵邸に足を踏み入れるなんて有り得ないわ……お義父様なら、絶対にこんなことお認めにならなかったのに……っ」
「アリス様……」
不貞腐れたアリス様が、メイドたちを引き連れて不満を垂れ流していた。
「アリス様も、暇ならお手伝い下さい。みな様に飲み物でも配ってくださったら、喜びますよ?」
「嫌よ。どうして私が平民に飲み物を配らないといけないの? あなたのような泥臭い令嬢と違うのよ」
「そうですか……でも、私はもとは伯爵令嬢です。泥臭いと言われる筋合いはありません。これでも、ウォールヘイト伯爵家という身分に誇りを持っています」
泥臭いには、わかっている。ウォールヘイト伯爵邸でも、庭にある家庭菜園で、土仕事もしていた。没落寸前だったウォールヘイト伯爵では、それが普通だったのだ。
「没落寸前の貧乏伯爵家が、偉そうにしないで」
「偉そうにはしてませんけど……それに、泥臭いのも、たまにはいいものですよ。少し働きになってはどうですか?」
「絶対にしないわ。セルシスフィート伯爵邸の使用人たちにも、平民の相手をさせないで。みんなプライドがあるのよ」
「そうですか……」
くだらない。セルシスフィート伯爵家とウォールヘイト伯爵家が協力し合うこのイベントの重要さが、理解できてないのだ。
アリス様の後ろに金魚のフンのように控えているメイドたちも同じなのだろう。
……これは、マイナス5,かしら。
その時に使用人たちが騒ぎ始めた。
ざわつく方向を見ると、脇に避けた使用人たちや来訪者の間を扇子を片手にした貴婦人を先頭に、こちらに向かってくる集団がある。
思わず、目を疑う。
「ロ、ロザムンド様!?」
「ティアナ。お久しぶりね。息災……のようね」
以前と変わらない威厳のある雰囲気を晒して、やって来たロザムンド様に慌てて挨拶をした。すると、アリス様がすぐに泣きついた。しかし、さすがにロザムンド様には抱きつけない間柄のようだった。
思わず、同感してしまう。私もこのロザムンド様に抱きつく発想もない。
「おば様ぁ! 見てください! この方が、セルシスフィート伯爵邸で勝手に平民を入れるのです! 私は何度も止めたのに!!」
「そう……それがどうしたのです。私は、セルシスフィート伯爵邸から出て行って、ウォルト様とティアナに後を任せたのです。ウォルト様が決めたことなら、私でも止めることはできませんのよ」
「……酷いわ。だから、おば様はいつも冷たいのよ」
泣き止んだかと思えば、ロザムンド様にツンとするアリス様。これでは、確かに、毎日一緒なのは疲れるだろう。
「それに、評判は良いようですね……このセルシスフィート伯爵邸の活気を見ればわかります」
「ありがとうございます。ロザムンド様……でも、どうして急にお帰りに? 連絡を下されば、すぐに迎えに行きましたのに……」
「セルシスフィート伯爵邸で、見学会やチャリティーをすると聞いたから、私も見学に来たのです」
「セルシスフィート伯爵邸のですか?」
「ええ、セルシスフィート伯爵邸の見学会に参加しようと思って……ふふふ。見学料はおいくらかしら?」
ロザムンド様が、そばにいる侍女に財布を出させてお金を見せてくる。
「見学料はルドルフが受付してますけど……金貨は出さないでくださいね。そんなに高額ではないので……」
「そうなの? もっと取りなさい」
「平民の金額設定にしてますので……集めたお金は、セルシスフィート伯爵領とウォールヘイト伯爵領のために、使うつもりですし……見学会の目的はセルシスフィート伯爵領とウォールヘイト伯爵領が手を取り合うことです。そのためのチャリティーの目玉として、催したものですので……」
金儲けが目的ではないのですよ。
「そういうことなら、あなたたちもお手伝いをなさい。少し人手が足りないみたいに見えるわ」
「はい。奥様」
ロザムンド様が、引き引き連れてきた使用人たちに扇子を向けてそう指示すると、忠臣のように頭を下げた。
「あの……ありがとうございます。でも、お手伝いして下さるなら、決してウォールヘイト伯爵領との諍いは禁止です」
「ということよ。さぁ、行きなさい。わかっているわね」
そして、侍女以外は各々が手伝いを始めた。
「おば様、止めないの?」
「止める理由がないもの。セルシスフィート伯爵家の当主は、今はウォルトがセルシスフィート伯爵よ。ウォルトとセルシスフィート伯爵夫人であるティアナが決めたなら、セルシスフィート伯爵邸をどうしようと、私の出る幕ではないの。それに、こんな面白い催しはそうないわ」
「……もういいわ。私は、部屋に帰るわ。絶対に上の階には、平民を上げないでちょうだい!!」
アリス様が、怒って邸へと戻ってしまった。それを、ロザムンド様は冷ややかに広げた扇子から覗き込むように見ていた。
「怒ってしまいましたね……」
「しばらく放っておきなさい。話があるから、あとで私が行くわ」
「お話、ですか?」
「ええ、とっても大事な話があるの」
ジッとアリス様の後ろ姿を見ているロザムンド様の視線がいつもよりも鋭い。そのせいで、ブランシュが怯えたように私の胸に頭を埋めた。
「猫を飼い始めたのかしら?」
「ウォルト様が私にと、拾ってきて……」
「ウォルトが、あなたに?」
「はい。ブランシュと名付けて毎日一緒に可愛がっているんです」
「まぁ、そうなのね。ウォルトが……」
そう言って、ロザムンド様がそっとブランシュを撫でた。ルドルフと違い、怯えたようだが、ブランシュがロザムンド様に引っ搔くことはなくて、ホッとした。
すると、ロザムンド様が扇子を口元から離して閉じた。
「では、私はセルシスフィート伯爵邸の見学をしてくるわ」
セルシスフィート伯爵邸に住んでいた女主人なのだから、見学するものなどないと思うけど、ロザムンド様は見学する気満々だ。
「ウォルト様が、今の時間はセルシスフィート伯爵邸の中を見回ってますので、お会いできると思います。きっと、お顔を見ればお喜びになります」
「そんなわけないでしょう。あの薄情息子が」
違うと言い切れないところが悩ましい。ロザムンド様が前触れもなく去って行ったときも淡々としていたのだ。
そして、ロザムンド様は侍女と一緒に私を置いて、セルシスフィート伯爵邸の見学会へと向かって行った。
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