第42話 冷たい旦那様はどこへ 4


__数日後。

チャリティーに向かってセルシスフィート伯爵邸では、忙しくなっていた。

庭には、テーブルや椅子を準備して、長テーブルにはクロスを敷いて飲み物を準備している。

ウォールヘイト伯爵領の領民も朝から大忙しだ。


「みんなは、ここで作ったお菓子や野菜を売ってちょうだい」

「お嬢様……本当に大丈夫なんですか……そりゃあ、今のセルシスフィート伯爵様は、魔物討伐に協力してくれたり、竜騎士団を連れて来てくれたり、良くしてくださってますが……」


ウォールヘイト伯爵領の領民が、不安げに言う。でも、それを払しょくするためのイベントなのだ。


「大丈夫よ。ウォルト様は、あなたたちに何もしてないでしょう。私には、できないことをウォルト様は、してくださっているの。わかるでしょう? ウォルト様の提案でセルシスフィート伯爵邸での見学会までして下るのよ。貴族が自分の邸を公開するなど、ありえないことなのよ。それも、ウォールヘイト伯爵領のために見学会を開いて、チャリティーをして下さるの……どうか、わかってちょうだい」


不安気な様子でお互いの顔を見合わすウォールヘイト伯爵領の領民たち。

でも、これを乗り越えないと先に進めないのだ。


「それと、これだけは必ず守ってちょうだい。絶対にセルシスフィート伯爵領とは諍いを起こさないこと。お願いよ」

「もし、向こうが仕掛けてきたらどうするのですか? 俺たちに黙っていろと……」

「いいえ。でも、諍いを起こせば、ウォルト様が両成敗だと言って、両者に仕置きするらしいわ……ウォルト様率いる竜騎士団も見ているし……」


ちらりと庭に待機している竜騎士団に視線を移すと、飛竜を背後にした竜騎士たちと目が合い、お互いににこりと会釈をした。

彼らは、テントを張ってくれている。


「わ、わかりましたっ……」

「わかってくれて、嬉しいわ」


竜騎士団にたじろいだウォールヘイト伯爵領の領民たちに笑顔で答える。


「では、私は他にもすることがあるから、あとはお願いね」

「「「はい!!」」」


売り手の場所には、ウォールヘイト伯爵領の領民たちに任せて、私はセルシスフィート伯爵邸のみんながいる場所に戻る。セルシスフィート伯爵邸では、庭で飲み物や軽食を出すことになっているのだ。


それは、セルシスフィート伯爵家からだから、どちらの領民も好きに食べていいようにすることになっているが……ここでも、問題はいつまでも同じだ。


セルシスフィート伯爵邸の玄関には、ルドルフを筆頭に、張り切って動いているメイドや下僕(フットマン)たち。

その一方で、不貞腐れたように腕を組んで動かないでいるメイドたちと分かれている。

不貞腐れている面子にメイドが多いのは、アリス様がいつも引き連れていたせいだろう。


「みんな。ありがとうございます。こちらの飲み物は、私が運びますね。庭のテントの下でみんな待ってますよ」

「奥様。そちらは重い飲み物で……」


柔らかい髪を一つに束ねたメイドの一人が言う。彼女は、先ほど不貞腐れて手伝いもしないメイドたちに注意していたメイドだ。


「大丈夫です。他にも運ぶものがたくさんあるから、急ぎましょう」

「は、はい!」


よいしょっと、飲み物が並んだ両手いっぱい広げたトレイを持ち上げる。

ルドルフは下僕(フットマン)たちに指示をしながら、大皿を運んでいる。


「奥様……彼女たちは、いいのでしょうか。私たちが言っても聞かなくて……」

「いいのよ……今は、かまっている暇はないの。動いている人だけでしましょう」


セルシスフィート伯爵邸の見学会を一番に否定したのはトラビスだ。

由緒あるセルシスフィート伯爵邸を平民たちに見学会といって邸に招き入れるのが気に食わないと言うのだ。


普通なら、そうだと思う。でも、ウォールヘイト伯爵領とセルシスフィート伯爵領とが手を取り合うにはいいアイデアだと私もウォルト様も決めたのだ。


私に協力してくれるメイドたちはルドルフ寄りで、彼を最初に味方に付けたのは間違いではなかった。彼女たちは、今も、セルシスフィート伯爵邸で用意した軽食や飲み物を運び並べていた。


ルドルフは、見学会に来た人たちの受付をし始めている。


「ティアナ」

「ウォルト様……」

「重いだろう。かしなさい」

「大丈夫です。それよりも、例の物はどうしました?」

「本人はないと言うが……」


近づいて来たウォルト様が、私の持っていたトレイを取り上げると、そっと顔を耳元に近付けてきた。


「見学会の時に部屋を確認する」

「……部屋になければ?」

「さて……どうするか……ティアナに縛ってもらうか?」

「い、意地悪です……あれは、趣味ではないのですよ」


むぅっとしてツンと顔を反らすと、ウォルト様が頬に口付けをしてくる。

いつも冷たい表情なのに、少しだけ、ほんの少しだけど、笑みが零れたウォルト様。

そんな様子の私とウォルト様を見た見学会に来たセルシスフィート伯爵領とウォールヘイト伯爵領のみんなが呆気にとられるほど驚愕していた。


「ウォルト様。少しお話が……」


照れながらも歩き始めると、苦渋な様子のトラビスがウォルト様を追いかけて来た。

彼は、見学会が気に入らないままだ。


「トラビスか……そろそろ始まる時間だぞ。何をしている」

「しかし……平民やウォールヘイト伯爵領の領民をこのセルシスフィート伯爵邸に入れるなど……」

「まだ言っているのか。今から始まるのだ。余計なことは考えずに、仕事をしろ。お前には、セルシスフィート伯爵邸の案内の仕事を言いつけたはずだぞ。しっかりと絵画や調度品の説明をしてやれ。長年セルシスフィート伯爵家に仕えているお前だから任せた仕事だぞ」

「それは……光栄ですが……」

「なら、ルドルフの指示に従い、しっかりと案内の仕事に精を出せ」


私に仕えられないトラビスは、ウォルト様の食事の給仕からも外した。給仕をしても、ルドルフの下について給仕をする羽目になっているのだ。ずいぶんと、プライドの傷ついたことだろう。


私の給仕をしたくなくとも、私となんとしても食事を摂ろうとするウォルト様がいるのだから、給仕にはつけないのだ。


しぶしぶ邸へ戻されるトラビスに焦りは見えている。それでも、まだ私がウォルト様と結婚していることには納得できないのもわかる。


「やっぱりあるんですかね……」

「いったいどこに隠したのか……アリスは貸金庫も持ってないはずなんだが」

「とりあえず、今は見学会やチャリティーを始めましょう」

「ああ、そうだな……仕事をさせて置けば、苦情を言いに来る暇もないだろう」


そうして、ウォルト様が足を止めて振り向くと、ルドルフに合図する。


「ルドルフ。少し早いが始めよう。予想よりも人が多い。見学会に並んでいる方々を順番に十人ずつ組を組んで入れろ。始まりだ」

「はい。では」


納得のいかないトラビスを、案内役という仕事に釘付けにさせるためか、予想よりもはるかに参加者の多い見学会は、ウォルト様の始まりの合図で始まった。





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