第25話 冷たい旦那様の告白 3

お城の夜会から飛び出して、王都からセルシスフィート伯爵領を通過して、ウォールヘイト伯爵領に来ていた。

王都から、早く帰るには、セルシスフィート伯爵領を通過するのが一番早いからだ。


でも、ウォールヘイト伯爵領に入るためには、高額な通行料を取られる。だから、今までは、時間がかかってもセルシスフィート伯爵領を迂回してウォールヘイト伯爵領に帰っていた。


でも、今夜は違う。

夜会が名残惜しいとも思えない。ただ、早く離れたかった。

ぼんやりと馬車の外の暗い夜の景色を見ていたはずなのに、何一つ覚えてない。


ウォールヘイト伯爵邸に到着すれば、御者が扉を開けてくれた。虚ろな表情の私が降りれば、途中の休憩で買ったパンを紙袋で差し出してきた。


「あの……これ、どうぞ……」

「いいのよ……これから、王都に帰るのでしょう? 遠くまでありがとうございます」

「お気になさらず……その、途中で客でも拾って帰りますし……あの指輪はすごい値段になりそうなので、パンぐらいどうぞ」

「そう……高く売れると良いですね。パンも、ありがとうございます」


申し訳なさそうに出されたパンを受け取ると、御者がほっと肩を撫でおろして、馬車に乗ると、お互いに頭を下げて馬車を走らせて行った。


ウォールヘイト伯爵邸に入ると、ずっと使っていた自分の部屋へと行った。

時々帰って来ては掃除もしていたし、ベッドもいつでも使えるようにしている。

貰ったパンを小さな一人用のテーブルに歩きながら置いて、ベッドに腰掛けてコテンと身体を倒した。


色々考えることはある。でも、ウォルト様に、ふしだらな妻と思われていたことが、一番堪えた気がする。私をそういう目で抱いていたのだ。


「……すぐに離縁するわ」


部屋にある書斎机に目をやる。あの引き出しには、三年後に出す予定だった離縁状が入っていた。



「ティアナ!! ティアナはいないのか!?」


王城の夜会では、ティアナは見つからずに、荷物一つ持ち出してなかった。

やっと見つけた小さな情報は、ティアナらしき女性が辻馬車で誰よりも早く出て来たピンク色の髪の令嬢がいたということ。


王城を出ていっても、王都でのセルシスフィート伯爵の別邸を知っているかどうか自信がなかった。少なくとも、俺はまだ連れて行ってない。


帰るとしたら、セルシスフィート伯爵邸のはず……。そう思い、飛竜で急いで帰って来た。

でも、ティアナはどこにもいない。


「ウォルト様。どうされました?」

「トラビス! ティアナはどこだ!?」

「ご一緒に王都に行かれたのでは? アリス様も、王都へと向かいましたし……」

「アリスなどどうでもいい! 探しているのは、ティアナだけだ!!」


こんな時まで、ティアナよりもアリスを気にするトラビスに怒気をはらんで叫ぶと、トラビスの身体が強張った。


「し、失礼しました! ですが、ティアナ様は、お帰りになっておらず……」


ティアナがいない。ティアナの友人など知らない。そもそも、ティアナは仕事に通い、質素な生活をしていた。

そんな彼女が、どこに行くと言うのか……。


「まさか……ウォールヘイト伯爵邸に帰ったのか?」


思わず呟いた言葉が、どこか自分で納得してしまう。そのまま、緊張感に包まれたままのトラビスにかまうことなく、庭に降りた飛竜の元へと駆け乗った。


一晩中ティアナを探して、ウォールヘイト伯爵邸に着くころには、すでに朝になっていた。

古びれたウォールヘイト伯爵邸の庭園とは言い難い、田園のような庭に飛竜で降り立つと、邸を囲んでいる木の門のところに、中年男の村人が立っていた。


「……何の用だ?」

「お、お嬢様が帰ってきていると聞いて来たのだが……ど、どなただ?」

「ティアナが、帰ってきている……?」


やはりここにいた。やっと見つけた。どの部屋にいるかもわからないのに、ティアナに恋焦がれるように邸を見上げた。


「……ティアナに何の用だ?」

「怪しい奴には、言わねぇ……ウォールヘイト伯爵領の人間ではないだろう」

「それは、失礼した。俺は、ティアナの……夫のウォルト・セルシスフィート伯爵だ」

「あんたが……っ、」

「要件は俺からティアナに伝える」

「いい……セルシスフィート伯爵領は信用できない」

「その当主であり、領主である俺に言えば、要件が伝言送りになることはないぞ」

「どうせ、何もしない……だから、今も魔物討伐にセルシスフィート伯爵領は手も貸してくれない」

「魔物討伐?」

「そうだ。街に被害が出る前にセルシスフィート伯爵領との境にある森の中に魔物討伐のための人員を集めたいのに、セルシスフィート伯爵領は、自分たちには関係ないと、聞く耳も持たない。だから、お嬢様に相談して、別の街から魔物討伐に出る人を雇いたくて……」


その金がないから、ウォールヘイト伯爵家のティアナを頼ってきたのだと言う。


「ティアナは、いつも村人たちに金を融通していたのか?」

「そうだ。お嬢様は、よそで借りないようにと言って、困っている村人たちに金を貸してくれていた。だから、俺たち小作人は新しい農具も買えたし、村の病院を運営しているのも、お嬢様だ。魔物討伐にも、お嬢様がついてきてくれた。セルシスフィート伯爵家は、お嬢様と結婚しておきながら、何もしてくれなかったのに……」


よそで借りて、多額の利子を取られないようにと危惧してティアナは、自分が金をかしていたのだ。

セルシスフィート伯爵領よりも、田園に近いウォールヘイト伯爵領。確かに観光も商売もそう成り立たないだろう。

邸を見上げれば、質素と言い難いほどの古びた邸。今にも崩れそうな石壁すらある。

伯爵邸でありながら、修繕すらされてない。

……だが、ティアナは、多額の支度金は自分のために使うことなく、ウォールヘイト伯爵領の村人のために使っていたのだ。


「魔物討伐は、俺が行こう。だが、少し待ってほしい。ティアナにも、必ず伝える」

「信用はしてない……お嬢様に伝えて下されば、それでいいのです」

「わかった。昼前には、関係者を連れて来い。話を聞こう」


納得はしてない様子だが、伯爵という身分に逆らうこともできずに、不信感をあらわにしたままで、村人は何度もこちらを振り向きながら去っていった。




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