第26話 冷たい旦那様の告白 4
ウォールヘイト伯爵邸。ドアノッカーを叩いても、誰も出てこない。
使用人すらも出て来なくて困惑する。だが、村人もティアナが帰ってきていると言った。
昨日までは王都にいたのだから、間違いなく夜から朝の間にティアナが帰宅していることを知ったのだ。
鍵も持ってなくて、壊すかと思いドアノブに手をかければ軽く回った。
邸に足を踏み入れれば、セルシスフィート伯爵邸とは違い、人の気配などまったくなくて空気が冷たく感じる。
「ティアナ。いないのか?」
誰からの返答もない。ティアナの部屋など知らない。それでも、一部屋一部屋開けて探した。そして、二階の角部屋で寝ているティアナを見つけた。乱暴に脱いだのか、ドレスは床に投げ捨てられたように転がっている。
隣国から急いで帰還した時の夜のように、横を向いて可愛らしい寝顔で寝ているティアナをそっと撫でた。
浅い眠りなのか、頭を撫でると目が覚めたティアナがゆっくりと身体を起こした。
♢
頭を撫でられていた。ウォールヘイト伯爵邸には誰もいないはずなのに、不審に思い重い瞼を開けた。
「……んっ……」
「ティアナ……」
「ウォルト様……?」
どうしてここにいるのだろうか?
わからないけど、もう同衾できなくてウォルト様から離れようとするが、逃がしてくれなくて、ウォルト様が私の腕を掴んだ。
そして、まるで懇願するように、腰かけていたベッドサイドから降りてウォルト様が跪いた。
「ティアナ。どうしていなくなったのだ? ずいぶん探した」
「……離縁しようと思いまして……」
「どうしてだ? 突然いなくなった理由も、離縁の理由も……答えになってない」
理由が抜けているのは、わかる。胸が痛い理由もわかっている。
目の前のウォルト様は、私に許しを乞う様に切ない眼で見ていた。
「……ウォルト様が嫌いだからです」
「俺は好いている」
「それは、ウソです。ウォルト様は、私に怒って帰ってきたと、アルフェス殿下からお聞きしました。私が、ふしだらな妻だと思って夫婦生活を求めたのですね」
「違う。怒っていたのは本当だが、そうじゃない」
「私は……確かに縁談に困って、色んな家に結婚を求めました。でも、誰も結婚してくださいませんでした。だからといって、私は、ふしだらな女ではないのです。秘密の夜会だって……そんなところ知りません。だから、手を離してください。女性が欲しいのでしたら、娼館でも、どこでも行けばいいのです」
手を離そうとするが、ウォルト様の力は強くて離してくれない。びくりともしないのに、ウォルト様が一瞬だけ、悲し気な顔を見せたと思えば、すぐに顔を反らされた。
「……確かに、怒って帰って来た。結婚した妻が、すぐに夫と暮らせないからといって、遊び歩いているという噂を聞いたからだ」
「無理やりな結婚になったことには、申し訳なく思ってます。私がアルフェス殿下にお願いしたから」
「それも、違う。結婚を頼んだのは、俺だ」
「違います。私がアルフェス殿下に良い縁談をお願いして……」
「ティアナは、覚えてもないだろうが……縁談をお願いした日に俺と会っている。竜騎士団の回復要員にアルフェス殿下に頼まれて来ただろう」
それは覚えている。でも、色んな竜騎士たちに魔法をかけていたから、ウォルト様がいたかどうかなど覚えてない。気にもしてなかった。
「あの日、ティアナに一目ぼれした。だから、声をかけようとして追いかけて行けば、アルフェス殿下に縁談を頼んだと聞いて、俺と結婚できるように頼んだんだ」
「私、ウォルト様にお会いしたことなど覚えてなくて……」
「そうだろうな。家のことで、頭がいっぱいだったのだろう。そんなティアナが遊び歩くなど有り得ないのに……あの時は、あの噂を聞いただけで、頭がカッとして急いで帰って来た。でも、一緒に暮らして、違うという気持ちが大きくなって……嫌いになど到底なれなかった」
私を疑って帰って来たのに、ウォルト様は感情のままに初夜を始めたことを後悔しているように目を伏せた。
「怒っていたのは、それだけではない。ティアナが、父上と勝手に契約結婚にしてしまっていたからだ。俺は、契約結婚でも三年でも離縁するつもりはなかった。それなのに、君は父上の言葉を信じて、俺を見てもくれなかった。手紙一つくれなくて……」
「それは……すみません。でも、私からは出せなくて……」
お父様からの契約結婚を信じていた。すぐに隣国に行ってしまったウォルト様は、結婚に乗り気ではないのだと……手紙の宛先ぐらい、お父様かアルフェス殿下にでも聞くべきだったのだ。
「俺が、手紙をセルシスフィート伯爵邸に出しても、父上が邪魔をすると思って、俺も出せなかった。それも謝る」
「私は……知らなかったとは言え、ウォルト様の意志も確認せずに契約結婚を交わしてしまいました。ウォールヘイト伯爵家だから、受け入れてもらえないと思っていたのです」
誰からも結婚を断られたせいで、どこか結婚というものに、夢も希望もなかった気がする。
私との結婚には、裏しかないのだと思い込んでいたのだ。
「酷い初夜を始めてしまった。今も、後悔している。どうか、許して欲しい」
「……私は、離縁状も準備してます」
「だからといって、離縁はできない。ティアナは、誰にも渡せない」
「今さらですよ。私は……どうして、そんな噂になっているのか、わからないですけど、セルシスフィート伯爵家と結婚したウォールヘイト伯爵家のティアナは、ふしだらな妻だと思われているのです。もう、セルシスフィート伯爵と結婚など続けられません」
「あの噂は噓だと、俺はわかっている。今はそう確信している」
「セルシスフィート伯爵家が醜聞に巻き込まれます」
「いい。セルシスフィート伯爵家よりも、ティアナが大事だ」
ウォルト様が、申し訳なさそうに跪いたままで謝る。でも、私も間違っていた。ウォルト様の意志も無視して、お義父様と勝手な契約結婚に変えてしまっていたのだ。
しかも、何度も誰かにウォルト様を引き取ってもらおうと毎日考えていた。
「私は、酷い妻ですよ」
「それでもいい。ティアナでなくては結婚しない。君が好きなんだ。初めて会った時よりもずっと好きになっている」
そう言って、掴んだ手を指に絡めて、顔が近づいてくる。冷たい顔に懇願を込めた表情は、私の心を揺さぶった。泣きそうになる。
冷たい旦那様だったけど、優しさはあった。私を気遣ってセルシスフィート伯爵邸の執事のトラビスではなく、ルドルフまでつけてくれていた。
別邸を準備してくれて、夜会にはドレスも贈ってくれて……。
「どうして泣く?」
「酷いことをしたなぁ……と思って……」
「酷いのは、俺だ。だが、ティアナの気持ちが知りたい」
絡んだ指のままで、ウォルト様の男らしい低くて静かな声が、額と額が触れるほど目の前にいるのに、なによりも優しく聞こえた。
「まだ、よくわかりません……でも、惹かれかけていて……」
そんな自覚を持った夜会から飛び出してきたのだ。そのせいで、感情が追いつかない。
「では、これから好きになってくれるか?」
そうなると思う。だから、ふしだらな妻だと思って抱かれたのかと思って、傷ついたのだ。
目尻が潤み言葉にできないままで頷くと、ウォルト様のいつもの冷たい唇が触れる。指が絡んだまま、それが何度も重なった。
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