第40話 冷たい旦那様はどこへ 2


ウォルト様に連れられて来れば、到着したお店に驚愕する。


「あのーー、旦那様、奥様。本当にここですか?」


私付きの御者になったハルクが、おそるおそる聞いてくる。

間違っていたらどうしようと思っているのだ。私もそう思う。


でも、ウォルト様が指示したお店は間違いなくこの娼館なのだ。


「ウォルト様……秘密の夜会にいた私の偽物は、ご令嬢では?」

「あれのどこが令嬢だ。縄をほどいている間も、誘ってきていた」


それは、ウォルト様のお顔が素晴らしいからでは!?


「そう言えば、縄はオプションとかなんとか言っていたような……」

「そういうことだろう。だから、一人でいくところではないと言っていたんだ」

「はぁ……」


確かに、入りずらい。こんなところは初めてだ。

しかも、街中でもちょっと裏路地に煌びやかに立っている気がする。

建物も、三階建ての意外と大きなものだ。ウォールヘイト伯爵邸よりも立派に見える。


「では、行くぞ。ハルクは外で待っていろ」

「は、はい!」


セルシスフィート伯爵家の御者服になっているハルクは、未だにウォルト様の怖い顔に緊張しているようで、上ずった返事をし、私はウォルト様に手を繋がれて初の娼館へと足を踏み入れた。


カランと扉についたベルが鳴るのは、普通の飲食店と変わらない。

しかし、中には色気を醸し出している女性たち数人が、カウンターに座っていた。


「……お客様。お店は夜からですよ。ここは、昼は予約制ですので……、」


扉から入ってきたウォルト様にカウンターにいた店主らしき女性が振り向く。すると、ウォルト様を見るなり、驚いた。いや、目を奪われたのだ。

今さらながらに、この美丈夫が自分の夫などとは信じられないほど、ウォルト様の容姿は目を引くものがある。


「客ではない。マルセラという女性に会いに来た。呼んでくれるか」

「マルセラに予約は入ってないですが……旦那様。ここがどういう場所かご存知でしょう?」


娼館です。と突っ込みたいが、女店主が求めているのはお金だろう。お金もなく、娼館の女には会わせないと言いたげだ。

そして、カウンターにいた数人の女性たちは、ウォルト様にうっとりとしている。


すると、ウォルト様が懐のお財布から、金貨を出した。二枚、三枚……と数枚出した金貨は、女店主の手のひらの上でチャリンと音がする。

金貨を何の迷いもなく出したウォルト様に、女店主は頬を紅潮させる。

どうやら金貨にうっとりときているようだ。


「昼は予約のお客様だけですけど、旦那様でしたら、特別にご案内いたしますわ」


昼は予約のお客様しか来ないらしいが、お金を持っていると踏んだ女店主の言葉に、カウンターにいた女性たちまでもがウォルト様をさそうように艶めいた視線を送った。


ウォルト様は眉一つ動かさないで、その視線を冷たく見下ろした。その冷たい表情に、女性たちが一瞬でたじろいでしまう。


「マルセラ以外にも、可愛い女はたくさんいますわよ」

「必要ない。マルセラの部屋はどこだ」

「まぁ。旦那様の目には留まらないようねぇ。では、マルセラのお部屋へご案内いたしますわ」


ウォルト様が抱き寄せている私を見て、クスクスっと笑う女店主が「こちらですわ」と言って、階段を上がっていく。そして、マルセラという女性がいるという部屋へと案内をされた。


「マルセラ。お客様よ」


部屋をノックして開けると、ベッドで休んでいる女性が気だるそうに動いた。


「昼はお休みでしょう。マダム」

「だから、来た。起きろ」


冷ややかなウォルト様の声に、マルセラと呼ばれた女性がベッドから勢いよく起き上がった。

髪色がピンクではない。私とは違う、よくある茶色の髪だ。しかも、秘密の夜会のように結ってないから、長い髪が余計に色気を出している。


「旦那様……」


そして、ウォルト様の横にいる私を睨んだ。


「マルセラ。お金を奮発してくださったお客様よ。では、私は下がりますね。旦那様」


マダムと呼ばれた女店主は、この時間はウォルト様が買い取ったと伝えると、部屋を出ていった。扉が閉まると、ウォルト様がマルセラの方を向いた。


「あんた……また、縛りに来たんじゃないでしょうね」

「そ、その節は失礼しました」


頭をかきながら呆れ顔の女性に、秘密の夜会でのことを謝罪する。

まさか、あの時の女性がご令嬢ではなく、娼婦だと思わなかった。


むすっと腕を組んで唇を結んでいる女性が、私とウォルト様を怪しんで見ている。


「……名を名乗ってなかった。俺は、ウォルト・セルシスフィートだ。こちらは、妻のティアナだ」

「……そう。私は名乗りましたけど、マルセラよ」


ツンとして、もう一度名乗る女性。


「そう言えば、ウォルト様は彼女の名前を聞いていたんですね」

「名前を名乗らないと、縄をほどいてくれないからよ。あんなところで一人で縛られて放置される趣味はないのよ」

「す、すみませんっ」


アリス様だと思って縛ったのです。私だってそんな趣味はありません。


「で、君に話を聞きに来た。すべて、正直に話せ」

「……セルシスフィート伯爵様が来れば、もうバレているんでしょうね。でも、タダでは話せないわ。私の身の安全も保証して下さらないと」

「では、君を買い取ろう。それでどうだ?」


懐に入れていた財布を彼女の前に投げ出して、ベッドの上で少しだけ跳ねた財布。ギョッとする私とマルセラ。冷静なのはウォルト様だけだった。


「娼館から出してくださるの?」

「出たいなら、そうする。だから、話せ」

「…………」


そっとウォルト様の出した財布を拾い確認するマルセラ。


「ウォルト様……お金が……」

「俺は、早く帰りたいのだ。こんなところで時間を使いたくない。本当なら、ティアナとの時間だったのに……」


段々とぶつぶつ独り言じみて言うウォルト様に、いったいお金をどれだけ使うのかと言葉が出ない。


「さすがセルシスフィート伯爵様ね……今日の分の売り上げが一瞬で得られたわ」

「明日には、娼館から出られるだけの金を持って来させる」

「奉仕活動のつもり?」

「そうではない。金を払うのは君にだが、ティアナとの時間を買ったと思えば安いものだ。」


これだけのお金を迷いなく出すウォルト様に、迷っていたマルセラが話し出した。


「……いいわ。話します。でも、大した話でもないですわよ」

「いいから、話せ。なぜ、ティアナと名乗っていた」

「頼まれたからよ。ティアナ・セルシスフィートのフリをして、男と遊べと言われたの。ずいぶんとお金もいただいたわ。私にしても、そのほうが、相手も身分がある男たちだから、お金も入りも良かったのよ。貴族の夜会なんて夢みたいだったしね。ちなみに、夜会に行く時に着ける宝石を買う時も、ウォールヘイト伯爵家だと名乗って足元を見られないように、高飛車で買う様にと言われたわ。でも、アレでは嫌われるように仕向けたのでしょうね。私は、宝石が手に入って儲けましたけど」


お金を貰って私のフリをして遊んでいたくせに、相手をした男からもまたお金を稼いでいたとは……たくましいというか何というか。そして、その評判は、私のものになっている。


「頼んだ相手は?」

「知らないわ。名前は名乗れないと言っていたもの。フードで顔を隠していたし、一緒に来ていた男も顔を隠していたわ。でも、若い女性の声だった。私が話せるのはこれだけよ」


でも、これだけではアリス様とはわからなくて、少しだけがっかりした。


「……期間は? 期間も決められていたのではないか?」

「鋭いわね……でも、言われた期間は日数ではなくて、セルシスフィート伯爵様とティアナ・セルシスフィートが離縁するまでよ。三年以内に終わると言っていたわ。長くても三年。セルシスフィート伯爵様が帰って来るまでだと……それ以降は絶対にセルシスフィート伯爵夫人の真似はしないようにと、言っていたわね」

「決まりだ。犯人はアリスだ。もう用はない。ティアナ、帰るぞ」

「は、はいっ!」


三年での離縁を知っているのは、アリス様やお義父様だ。使用人が娼館の女性を長い年月雇えるわけがない。そう思えば、犯人はアリス様だ。


「旦那様。そこのあなた。明日には、必ず、お金をお願いしますね」

「必ず、お持ちします!! マルセラさん、ありがとうございます!」


早足で部屋をあとにしたウォルト様に手を引かれて、一階のマダムと呼ばれた女店主がいるカウンターに戻ると、すぐさまに明日には、マルセラさんの身元引受人になると伝えた。





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