第39話 冷たい旦那様はどこへ 1
邸に帰るなり、着替えを済ませて、セルシスフィート伯爵邸の書斎の机に領地の書類を広げていた。
ウォルト様とお互いの領地について話し合うためだ。
高額な通行料に、お互いの領地でも不当な値段で売られている品の数々。セルシスフィート伯爵領と違い、裕福ではないウォールヘイト伯爵領には、打撃を受けるものだったのだ。
「一番は通行料です。王都や他の領地への輸送にセルシスフィート伯爵領を通れば、時間を短縮できるものが高額な通行料のせいで通過できず、長旅になってしまうために、王都にすら農作物が下ろせません。出稼ぎすらできない領民もいるのです。でも、ウォールヘイト伯爵領にも問題はあります。腹いせのようにセルシスフィート伯爵領から来る通行料を上げてしまっているのです。ただ、セルシスフィート伯爵領から、ウォールヘイト伯爵領に来るメリットも理由もないために、まったくセルシスフィート伯爵領には打撃を与えることはできませんでしたが……こればっかりは、私が言ってもなかなか聞き入れません」
セルシスフィート伯爵領と同じようにしているのだと言って、自分たちだけ下げられないと頑ななのだ。
だから、何とかセルシスフィート伯爵領の通行料を下げてもらった。そうすれば、ウォールヘイト伯爵領も下げてくれるからだ。
それなのに、お義父様の口利きで結婚してから一時は下げていたのに、いつの間にか戻っている。これでは、お互いの信用を得るのは難しいのだ。
「通行料は、何とかしよう。それと、確か……ウォールヘイト伯爵領は農作物が盛んだったな……」
「他に目ぼしいものは、ありません。でも、それも魔物の被害で多くはないのです」
魔物討伐に男手を取られてしまうことも多々ある。
それが、今回の竜騎士団が守りについてくれたら、少しでも改善されるはず。
「どこかに売れるところがあればいいのですけど……没落寸前のウォールヘイト伯爵領と、手を組もうとする領地もなくて……」
「それなら、気にしなくていい。セルシスフィート伯爵領で、売る許可を出そう。問題は、許可を出すだけで、問題も起こさずに売り手と買い手が両立するか、だ。何かイベントでもした方がいいのかもしれん」
イベント……確かに、売る許可が出たからと言って、セルシスフィート伯爵領が素直に買ってくれるわけがない。
「セルシスフィート伯爵家で一度すべて買い取って、セルシスフィート伯爵領に配るか……」
「そんなことをすれば、足元を見られませんかね……」
セルシスフィート伯爵領の人間が買う、と言うことが必要な気がするのです。
悩む私とウォルト様。そこに、ブランシュが鳴きながらやって来た。
トコトコと歩いてくるブランシュを抱き上げれば、今日もモフモフで心地よい。
「あら、お食事は終わったの? ブランシュ」
「みゃ」
「可愛いです……」
「ルドルフは、引っかかれていたぞ」
「おかしいですね……ウォルト様には、懐いているのに……」
「俺に懐いているのを、不思議そうに見るな」
首を傾げると、私の手からウォルト様の膝に飛び乗ったブランシュ。
なぜ、にこりともしないウォルト様に懐いて、同じようににこりともしないルドルフには懐かないのか……やはり、ウォルト様が拾ったからだろうか。
「それにしても、昨夜の私の偽物は、いったい何だったのでしょうか? お名前を確認できずにいました」
すべては媚薬のせいです。そのせいで、朝まで秘密の夜会の部屋でウォルト様と夫婦として寝ていたのだ。
「偽物? 何の話だ?」
「セルシスフィート伯爵夫人と名乗っていました。彼女が私を、ティアナ・セルシスフィートを演じていたんです。なぜ、そうしたかをお聞きしなければ……」
「あの女が……噂はそのせいか。適当に流したウソの噂ではなく。だから、アルフェス殿下も、部下が見たなどと言っていたのか……」
眉間にシワを寄せるウォルト様に、同意するように頷いた。
「しかし、どこの誰かは聞いているが、一人で行くようなところではないぞ」
「ご存知なのですか?」
「縄をほどいた時に聞いた。あとで使いをやるつもりだったが……何をしていたのか、まったくわからんから、ほっとこうかと思っていたのだがな」
「それなら、私が行きます」
「……何をしに?」
「セルシスフィート伯爵夫人と名乗っていたんですよ。彼女に私の偽物を止めてもらうようにお話しなければなりません」
真っ直ぐにウォルト様に言うと、ぎらりと睨まれる。
「ティアナ……変なことをするなと言ったはずだぞ」
ガタンと椅子から立ち上がったウォルト様が、じりじりと近づいてくる。それに合わせて、じりじりと下がってしまう。
でも、あの偽物を放置はできない。
「で、でも、放置はできません。また、どこかで噂を作られるわけには……」
「……わかった。俺と一緒なら連れて行ってやる。俺と一緒ならだぞ」
「は、はい。ありがとうございます! 必ず、偽物はやめてもらいますので」
「そうさせる。ほっといたら何をするかわからないし……」
ウォルト様が、私に向かってそう言うが、何をするかわからないのは、私ではありませんよ、と言いたい気持ちを抑えて、セルシスフィート伯爵夫人と名乗った偽物のいるであろう場所へと向かった。
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