第29話 一緒に帰りたい 2
セルシスフィート伯爵領とウォールヘイト伯爵領の境の森__森を抜ければ、そのままセルシスフィート伯爵領に繋がっている。それなのに、誰も勝手に超えることすらない。
それほどセルシスフィート伯爵領に踏み入れたくないのだろう。そして、セルシスフィート伯爵領は、こんな森の中で魔物が発生しているというのに、セルシスフィート伯爵領に被害がないからと言って何も手を貸さない。
飛竜で降り立ったせいで、なぎ倒された森の中で、あっという間に終わった魔物討伐。
武器召喚で出した大鎌についた魔物の血を振り払い、飛竜のヒューズは討伐した獣型の魔物を食べている。
その近くから、小さな鳴き声がした。ヒューズがなぎ倒した木を持ち上げれば、下からは弱々しい子猫が転がっていた。
「なんだ、これは?」
妙な気配を感じる。弱々しい鳴き声で「みゃぁ……」と開いた猫の瞳は青と緑の珍しいオッドアイの猫だった。
「ああ、助かった……これで、街に被害がでない……」
安堵を漏らす隠れていた村人の一人が、魔物の残骸の中を恐る恐る出てくる。
「ついてきていたのか?」
「その……心配で……」
白々しい……おそらく、俺が本当にウォールヘイト伯爵領の魔物討伐に行くかどうかの心配をしていたのだろう。
「……木をなぎ倒してしまった。利用価値はあるだろうから、村にでも持って帰ればいい」
「いいのですか?」
「ウォールヘイト伯爵領のものだ。好きに使え」
セルシスフィート伯爵領との境の森であるから、セルシスフィート伯爵領にでも持って帰られるだろうと懸念しての確認だろう。
その時に、草木を分ける音とともに気配がした。
じろりとその気配のする方を睨むと、視線の先からはセルシスフィート伯爵領の警備隊が数人やって来ていた。
「……セルシスフィート伯爵領の奴らだ」
村人が呟く。飛竜のヒューズは、腕に抱いた子猫を鼻でつついてくる。
「ヒューズ。これは食べるなよ」
グルウゥゥと、残念そうに喉を鳴らしたヒューズの鼻を片手で下げて、やって来た警備隊の前に立った。
「遅い。何をやっている」
「どうして、こんなところに飛竜が……」
飛竜のヒューズを見て、警備隊が青ざめて驚きを隠せないでいた。ゆっくりと視線を移した先には、セルシスフィート伯爵領の領主である自分を見て、さらに警備隊が青ざめる。
「俺は、遅いと言ったのだぞ」
「まさか……ウォルト・セルシスフィート伯爵様!?」
「ここは、セルシスフィート伯爵領との境だぞ。なぜ、手を貸さない!?」
「しかしっ……ここは、ウォールヘイト伯爵領から出て来た魔物で……っ」
幻獣界の境があると言われているウォールヘイト伯爵領の方が、魔物の出現率は大きいと聞いたことはある。
ああ、だからウォールヘイト伯爵領はセルシスフィート伯爵領よりも栄えなかったのか……。
魔物を退け、不作に対応することも大変な苦労だっただろう。
いつ頃からかも、わからないほど昔から犬猿の仲として手を取り合うことはなかったウォールヘイト伯爵領とセルシスフィート伯爵領。
ウォールヘイト伯爵領を救うためにセルシスフィート伯爵領が収めるのは簡単なこと。だが、それではダメなのだろう。ただの支配になってしまう。
お互いに敵視し合っている二つの領地が、今も目の前の警備隊と村人が睨みあっている。
「……木は、お前たちだけで持って帰られるか?」
「どうせ、何日もかかるので……」
不愉快さを隠さないで村人が言う。
暗にセルシスフィート伯爵領の手は借りないと言いたいのだ。
「そうか……では、魔物がまた出ないように、飛竜をここに置いておく。2、3日で
いなくなると思うが……」
「わかりました……ですが、セルシスフィート伯爵領の人間は下げてください」
「それは、ティアナと相談をする」
それでも、今はセルシスフィート伯爵領の警備隊だけをここに置いておけなくて、下がる様に指示を出した。
不満げなセルシスフィート伯爵領の警備隊が、何か言い返そうとするのを制止する。
「警備隊は、セルシスフィート領側からの森の守りにつけ。何かあれば、すぐにセルシスフィート伯爵邸に連絡を入れるんだ。それと、ウォールヘイト伯爵領との諍いは禁止だ。失礼な真似は許さない」
「しかし、セルシスフィート伯爵様にあのような無礼な態度を……!」
「いい。彼らには彼らの言い分があるのだ。お前たちも、ウォールヘイト伯爵領に言いたいことがある様に……同じだ」
納得がいかないまま腹に一物を淀んだままでセルシスフィート伯爵領の警備隊が下がった。
「セルシスフィート伯爵領の警備隊は、森の守りにもつくが……ウォールヘイト伯爵領には、勝手に入らないだろう……今は、セルシスフィート伯爵領側からの見張りになるが、何か異変があればすぐに報告を受けるから、心配せずに木は採りに来い。魔物がでれば、すぐに俺が来る」
「わかりました……」
「それと、ティアナを王都からここに連れて来た御者を知っているか? もし、まだウォールヘイト伯爵領にいるなら教えてほしい」
「それなら、街の酒場にいると思います。昼は食堂のようになっているのですが、そこで王都方面に行く客を探していたので……」
それなら、すぐに行けば間に合うかもしれない。
腕に抱えた子猫がニャーと鳴けば、腹でも減っているのかと思いながら、見たこともないウォールヘイト伯爵領の酒場へと向かっていた。
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