第46話 冷たい旦那様はどこへ 8


「……離縁状は母上が持っていたのですか。どおりでいくら探しても見つからないものだと……しかも、婚姻状?」

「知ったのは、偶然よ。アリスがトラビスに嬉しそうに話しているのを、偶然聞いたの。そして、アリスの部屋を探すと、本当にあったわ……夫は、私に言わなかったのよ。だから、私が隠したの」

「おば様に言うわけないでしょう。お義父様は、私とお母様は好きだったんだもの。だから、ウォルトとの結婚もできるようにしてくれたのにっ……」


いろいろ謎が解けた。

ロザムンド様が、前触れなく出ていって、アリス様はお義父様が準備してくれていた離縁状と婚姻状がなくなっていることに気付いたのだ。

だから、何度も邸を抜け出してロザムンド様を探していた。

お金は持っていたから、人を使って探していたのかもしれない。


私に出て行くように言っていたのも、このまま離縁状がなければ、私がいる限り離縁も結婚もできないからだ。


だから、ウォルト様がアリス様に問い詰めても、部屋を探しても見つからなかったのだ。


そして、間違いない。ロザムンド様は、嫌がらせのために誰にも居場所を告げずに出ていったのだ。

トラビスを置いて行ったのも納得だ。


「アリス。俺は、何があってもティアナとは離縁しないぞ」

「殿下から紹介された政略結婚よ!?」

「違う。……ティアナが好きなんだ。結婚も俺がアルフェス殿下に頼んだのだ。どうしてもティアナを誰にも渡したくなくて」

「……っでも、お義父様が書いた離縁状があれば、離縁させられるわ! 負けないわよ!」


……この面子で、負けないわよ、と言われても、アリス様では勝てないと誰もが察する。

アリス様が魔法を使うことも初めて知ったが、セルシスフィート伯爵家は竜の血が混じっていると言われている。魔法を使えてもなんら不思議ではなかったのだ。


それは、ロザムンド様も同じだ。

そして、私も魔法を使う。ウォルト様は、竜騎士で敵う相手ではない。


「……うるさいわ。アリス。いつも言っておいたはずよ。私は静かなのが好きなのだと」


冷ややかな冷気が部屋にまとわりつくと、ロザムンド様の手に持っていた離縁状と婚姻状が音を立てて凍った。


いったいこの部屋は何度まで下がっているのかと思える。震えるほど寒い。


「ティアナ。大丈夫か?」

「大丈夫です」


ウォルト様が私を抱き寄せて包んでくれる。

でも、その様子がアリス様に火に油を注いでしまい、彼女の感情のままに部屋の暖炉やあちこちに火が付いた。


危険だ。

感情のままに魔法が制御できないアリス様は危険だ。

邸を壊すほどの力はなくてもだ。


鋭くアリス様を見据えると、ロザムンド様が持っていた凍り付いた離縁状と婚姻状を暖炉に投げつけた。

凍った離縁状と婚姻状は音を立てて暖炉の煉瓦で割れて火の中に落ちて燃えていった。


「キャーーーー!! どうしてくれるのよ!! 燃えちゃったじゃない!!」

「燃やすつもりで、投げたのよ。燃えて正解だわ……それに、私は嫌がらせに帰って来たと言ったでしょう?」

「酷い!!」


ブランシュの可愛い攻撃で一度はアリス様の手に集中した魔力が消えていたのに、再度手に魔力を込めるアリス様。


「アリス。もうやめろ。お前では、ここにいる誰にも勝てん。無駄なことをするな」

「そんなことない!! そこのティアナにだって負けないわ!!」


ロザムンド様から、矛先が私に向かうと、ウォルト様が今までになく恐ろしい形相になる。


「誰に殺気を向けたのかわかっているのか? ティアナに手を出すと殺すぞ」


冷ややかウォルト様。ロザムンド様はそれを、ジッと凝視している。


「ウォルト様。いいのです。私だって負けません。それに、アリス様は魔法を正しく使えないようです」

「うるさい!! 自分だって魔法なんか大して使えないくせに!!」


確かに、攻撃魔法はあまり得意ではない。でも、使えないわけではない。


「ウォルト様。ロザムンド様。どうして、アルフェス殿下が、没落寸前のウォールヘイト伯爵家をおとり潰しにならなかったか、お見せします。セルシスフィート伯爵家とウォールヘイト伯爵家の犬猿の仲になったと言われる理由もこの魔法です」

「大っ嫌い!!消えてよ!!」


アリス様が、火の魔法を放つと、また火の弾が飛んでくる。

静かに見据えていた私は、目の前に魔法の壁を作った。


「なにっ……」


その魔法がアリス様の四方を囲む壁になる。アリス様は見たことない魔法に囲まれて、困惑している。


「これは、魔封じの魔法です。幻獣界の境をこの魔法で壁を作り封じたと言われています。ウォールヘイト伯爵家では、そう伝わっているのです。そして、魔法の力を奪うことも可能なのです」

「その壁のせいで、セルシスフィート伯爵家の祖先であった竜は、幻獣界に帰れなくなったとセルシスフィート伯爵家では伝わっている」


犬猿の仲と呼ばれたセルシスフィート伯爵家とウォールヘイト伯爵家。

でも、セルシスフィート伯爵家の祖先であった竜はすでに人と交わり、今ではセルシスフィート伯爵家には竜の血が混じっている伯爵家だ。


そして、手をかざすとアリス様の四方を囲んでいる壁がアリス様の身体を通り過ぎるように閉じた。




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