第2話 犬猿の仲の政略結婚 2


ティアナ・ウォールヘイト伯爵令嬢18歳。

ウォールヘイト伯爵家は、幻獣の鍵を管理する家の一つ。幻獣の鍵を管理する家は、この国でも特別な家だった。


この辺りは、幻獣や魔物が多く、裕福になるほどの農地もない。

没落寸前の質素なウォールヘイト伯爵家。両親はすでに他界。

男しか爵位を継げないこの国なのに、次の伯爵になる人物は、借金まで受け継ぐことを拒否して爵位を放棄。その次の爵位の順番の人物も爵位を放棄。その次もそのまた次も……今では、伯爵のいないウォールヘイト伯爵家は、当主がいないままで私が一人で守っていた。


でも、幻獣界へ続く境界線があるために、見過ごすことのできない領地でもあり、お家断絶を避けるために、先日王都に行った時にアルフェス殿下に結婚相手をお願いした。


そして、結婚が決められた。縁談の勧めどころか、結婚が決定事項のような書簡が届いたのだ。


結婚相手は、代々犬猿の仲と有名なセルシスフィート伯爵家の次期当主である29歳のウォルト・セルシスフィート様。

彼は、若くしてドラゴンスレイヤーの称号を受けた竜騎士様だった。


何年も領地を離れて王都におり、お姿を拝見したことなどない。それ以上に、犬猿な仲のウォールヘイト伯爵家である私が、隣の領地でありながらも会うことはなかった。


隣の領地との交流もなく、お互いの領地を行きかいするだけで多額の通行料を取るような犬猿の仲だったのだ。


セルシスフィート伯爵家の縁談には悩むが、国からの縁談を断ることも出来なくて、しかも私が殿下にお願いしてしまった。

まさか、セルシスフィート伯爵家との縁談になるなど露ほども思わなかっただけで……。


悩むけど、悩む時間もない。何故なら、目の前にはセルシスフィート伯爵様が私を訪ねてきているからだ。


50歳ほどながらも、若い頃は美丈夫だったのか、目の前のセルシスフィート伯爵は、今でも顔が整っていた。灰色の髪に灰色の瞳のセルシスフィート伯爵。

彼は、訪ねて来るなりウォールヘイト伯爵邸を見て驚き、立ち止まってしまっていたのだ。


ここまで、没落寸前だとは思わなかったのだろう。

そんなボロ邸ながらも日当たりのいい書斎へ案内すると、ソファーに座りさっそく用件を告げられた。


「息子のウォルトとの結婚だが、期間を設けたい。期間は……そうだな。結婚生活は、三年ほどでかまわないのだが?」

「三年ですか? ウォルト様との結婚生活期間が?」

「そうだ」

「理由をお聞きしても?」

「かまわんよ。もちろん見返りもする」


怪しい笑顔で、白い結婚を持ち掛けるセルシスフィート伯爵様。怪しさしかない。


「実はだな。私には、愛人がいる」

「はぁ……」


お盛んだなぁ、と密かに思う。

どうやら、セルシスフィート伯爵様は愛人がいるらしい。愛人を囲めるとは、さすが金持ちだ。


「その愛人の娘とウォルトを結婚させたいのだが……殿下からの縁談を断ることもできない」


ましてや、犬猿の仲のウォールヘイト伯爵家だ。好んで結婚に頷けないのだろう。


しかも、愛人とその娘にウォルト様との結婚を頼まれたらしい。セルシスフィート伯爵様はお歳であるし、娘のように可愛がっているのだろう。


でも、ウォルト様に結婚が決ってしまった。

私が殿下に縁談をお願いしてしまったから、犬猿の仲のウォールヘイト伯爵家との結婚になってしまうのだ。


しかも、ウォールヘイト伯爵家は没落寸前。セルシスフィート伯爵家は裕福な伯爵家。

殿下からすれば、没落寸前になるほど、いつまでも犬猿の仲のでは困ると言う理由もあるのだろうけど……。


殿下からの書簡には、跡継ぎ問題を解消することが書いてある。

私とウォルト様の跡継ぎが、お互いの領地を守るのだと……。私たち二人の子供がウォールヘイト伯爵領とセルシスフィート伯爵領を治めよ、というのだ。


「……セルシスフィート伯爵家との結婚には、跡継ぎのことが書かれていました。私とウォルト様の子供を跡継ぎにして、これまでの領地の在り方を考えるようにと……」

「だから、結婚生活は三年なのだよ。ウォールヘイト伯爵家には、跡継ぎが必要だろう。だからウォールヘイト伯爵家は、ウォルトとティアナ嬢の子を据えればいい。だが、セルシスフィート伯爵家の跡継ぎは、ウォルトと私の愛人の娘の子を据える」

「セルシスフィート伯爵家には、ウォールヘイト伯爵家の血は入れないと、言うのですね」

「そうだ」


私とウォルト様の結婚で、犬猿の仲を取り持つようにとなっているけど、それはうわべだけらしい。それもそうだ。セルシスフィート伯爵家は、ウォールヘイト伯爵家に助けられるものなど、何もないのだ。

悩む私に、セルシスフィート伯爵様は話を続ける。


「ティアナ嬢。このウォールヘイト伯爵家は、借金があるそうだな。そのせいで、爵位を継ぐものが次から次へと辞退していっていると……」

「ご存知でしたか……ご覧の通り、我が家は没落寸前です。社交界にも出ていません」

「その借金を全て私が出そう。条件を飲んでくれたら、セルシスフィート伯爵家が君の借金を建て替えるのはどうだ?」

「いずれ、返せということですか?」

「三年結婚生活を務めてくれたら、何も請求はしない。どうだ? それでこの結婚は円満になるだろう。離縁後は、君はウォールヘイト伯爵家に帰り、好きな男とでも結婚しろ。相手がいないなら、私が探そう。もちろん金も出す」


三年だけ白い結婚をしていれば、借金が返せる。


元々裕福な伯爵家ではなかった。お父様の代には、魔獣の災害で多額の借金を負ってしまっている。しかも、二人同時に病気で倒れて重なった治療費。おかげで、もう自分では盛り返せないほどの金額になっている。

近いうちに、私は身売りでもしないといけないかもしれないと、思うほどだった。


「……でも、ウォルト様は何と仰っているのです」

「ウォルトは現在、隣国の魔獣退治に派遣されて不在だ」


結婚生活すら、ならない。


犬猿の仲のウォールヘイト伯爵家との結婚が受け入れられてない。

セルシスフィート伯爵は、私とウォルト様の子供ができようができまいが、どちらでもいいのだ。


困るのは、ウォールヘイト伯爵家だけ。没落してしまえば、ウォールヘイト伯爵領はセルシスフィート伯爵領になる可能性だってある。

セルシスフィート伯爵家には、私と結婚する理由どころか、何のメリットもない……私だってこんな現状でなかったら悩んでしまう。でも、借金が綺麗になるのは魅力的だった。


借金さえ無ければ、セルシスフィート伯爵家との種でなくともいいのだから……一度結婚すれば、殿下の顔も立つだろう。


「……私の要望も聞いて頂けますか?」

「もちろんかまわんよ」

「では、仕事をください。離縁した時のことも気になります」

「離縁後の生活も不自由はさせないが……三年とはいえ、次期セルシスフィート伯爵夫人が仕事をするのは……」


ジッと、お願いしますという視線を送ると、セルシスフィート伯爵様はため息一つ吐いた。


「わかった。だが、次期セルシスフィート伯爵夫人と言うのは秘密に出来るところだ。それで探そう」

「お約束ですよ」

「結婚してくれたら、それでかまわんよ。お互いのためだ」


よほど愛人の子供が可愛いくて、次期伯爵様のウォルト様と何としても結婚させたいらしい。


そうして、18歳の私は一度も次期伯爵ウォルト・セルシスフィート様と会わないままで、形だけの結婚をした。






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