第10話 冷たい旦那様が離してくれない 2
朝から、ゆったりとした食事。お茶も美味しくていい香りには癒される。
でも、目の前のこの男に、心は落ち着かない。
「ルドルフ。部屋に持って行くお茶を準備して、そろそろ下がってくれ」
「畏まりました」
ルドルフと呼んだのは、朝食の給仕をしている若い青年の執事だ。
確か、副執事だった。
すらりとした容姿に、薄い茶色の髪。彼が、いつも別邸の管理をしてくれている執事だったのだ。そして、ウォルト様に言われた通りにルドルフは下がった。
「……ウォルト様が、ルドルフを呼んだのですか?」
「そうだが……何か、不満か?」
不満はないけど、恥ずかしいのですよ。今朝は、こんな格好なのです。
そう思っていると、ウォルト様が席を立ち近づいてきた。そして、腰をかがめて耳元で話しかけてくる。
「ティアナ」
「はい」
出来れば、耳元で話しかけないで欲しい。
「少し本邸に行って来るが……部屋で待っていてくれるか? 昨夜の続きをしよう」
「……朝から!?」
「ずっと淋しい思いをさせてしまっていたようだしな」
そんな思いは、一度もしてないのです。
むしろ、快適に過ごしていたのです。
私は一人暮らしには、なれているのですよ!?
待っていたのは、跡継ぎが欲しいためだけで……できなくても離縁をするためだけで……その二択でこのセルシスフィート伯爵家で過ごしていたとどう説明しよう……。
そんな私の思いとは裏腹に、ウォルト様は額にキスをして、本邸へと行ってしまった。
本邸には、アリス様がいる。彼女に会いに行ったのだろう。
ロザムンド様とだって、きっとまだ話があったはず……。
そして、このまま私は部屋で待っていたら、また昨夜の夫婦の営みが始まってしまう。
逃げるしかない。
仕事に行こう。このまま、部屋で待つ勇気はない。
重い腰を上げると、震える身体で急いで着替えをして、私は別邸を逃げ出した。
♢
__お腹に違和感がある。それともお股の違和感?
昨夜はウォルト様に何度も抱かれて、朝まで離してくれなくて、いまだに困惑してしまう。
身体中がぐったりと疲れたままで、セルシスフィート伯爵家の別邸から逃げるように仕事へとやって来た。
仕事はお城の書庫の一つである管理人。でも、ここには人はそう来ない。
私が管理をしている書庫は、他国から贈られた書物を保管する場所だからだ。
お義父様が私にくれた仕事は、人目に付かない書庫の一つだった。
おかげで、日がな一日司書机で本を読んでいる。しかも、お城の書庫であってお給料は良い。
でも、いつものように本に集中できない。
「はぁ……疲れたわ」
ウォルト様があんなに冷たい人だとは思ってなかった。泣いているのにそれに怒りをぶつけるかのように抱かれていた。
疲れたままで、司書机にぐったりと倒れるようにもたれていると、一人の青年がやって来た。
「ティアナ。そろそろ食事に行かないか?」
いつの間にかお昼になっている。そして、いつものようにお城勤めのセイルが誘いに来た。
声をかけられるまで気付かなかった。
「……今日は止めとくわ」
「なんでだ?」
「疲れているのよ」
机にぐったりともたれている私を、セイルが不思議そうな目で見る。そして、何かに気付いたように顔を赤くする。
セイルの視線は私の首筋を見ていることなど、私は気づきもしない。
「……昨日誰かと何かあったのか?」
「…………なぜ?」
「なんだ。その間は」
鋭いことを言わないで欲しい。昨夜の出来事などセイルに言えなくて、誤魔化そうとしていると、今度は扉から視線を感じた。
眼をやると、恐ろしい形相のウォルト様が腕を組んで立っていた。
「……ウォルト様?」
「は?」
セイルが後ろを振り向けば、扉には腕を組んで立っているウォルト様がいる。いつからいたのかまったく気付かなかった。
「ティアナ……迎えに来た」
「何のですか!?」
その驚きはなんだと言いたげに、ぎらりとウォルト様が睨む。そして、私に近づいてきた。
「朝は黙って行くなんて心配した。身体が疲れているんじゃないのか?」
「ひっ……」
机越しにウォルト様の長くて男らしい腕が私に伸びて、そっと頭に唇を落とす。その甘い仕草に微かな悲鳴がでる。
「ティ、ティアナ? これはいったい……」
目の前のセイルが呆然したままで驚く。
「君は誰だ? ここで何をしている?」
「俺は、ティアナを食事に誘いに来て……」
ウォルト様の迫力に、いや、この仕草に驚いているのか、セイルが歯切れ悪く言う。でも、わかる。私も突然のウォルト様に驚いているから。
「妻を許可なく誘わないでもらいたい」
「妻!?」
「結婚しているのを知らなかったのか?」
「いや、だって……」
じろりと上からウォルト様が睨むけど、私が仕事をしているのを秘密にしていたのは、お義父様の要望ですからね。
次期セルシスフィート伯爵夫人が仕事をしていることは、秘密だと言われたからです。
「セ、セイル……きょ、今日はこの方? と一緒に食事をするから、また今度ね」
「だ、大丈夫なのか? その……」
「だ、大丈夫よ。知っている方だからっ……」
何とも言えない険悪になりそうでなれない雰囲気に、セイルが困惑しながら書庫を出ていった。
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