第7話 初対面の旦那様 2


「……ウォルト様?」


きょとんとすると、ウォルト様がまたこちらを向いた。


「妻になったのだから、拒否はないはずだが」

「そ、そうですけど……でも、私では……」

「は?」


怒っているのか、空気がピリピリする。この冷酷な表情がそうしているのかもしれない。


「あの……お話ならお聞きしますので、その、ベッドから降りてください。すぐにお茶も準備しますので……」


出来れば着替えもしたい。こんな薄いナイトドレスなのだ。

ベッドを降りようとすると、ウォルト様に腕を掴まれる。


「どこにも行かなくていい。ここは夫婦の寝室だろう」

「……ここで、お休みに?」

「そのつもりだが」


ベッドを取られたら、私はどこで寝ろと?

ジッと人のベッドを取ろうとしているウォルト様を見ると、冷たい瞳と視線が交わる。


ああ、この眼だ。

セルシスフィート伯爵家は、竜の血を引いていると言われている。


そして、私たちの祖先が幻獣界の扉を閉めてしまったために、セルシスフィート伯爵家は、いつでも幻獣界に行き来ができなくなったのだ。

そのせいで仲違いして、長年拗れてここまできたと言い伝えられていた。


どこまで、史実かはわからないけど……セルシスフィート伯爵家が竜の血を引いていて、ウォールヘイト伯爵家が幻獣界の扉を閉じる役目を追っているのは間違いないのだ。


「……お疲れなのに、こんな深夜にお帰りになったのですか?」

「結婚したからな……妻となった君の顔を見たかった」

「で、でも、少し離れて下さると……」

「何故? 俺たちは夫婦だろう」


そう言って、冷たい表情のままのウォルト様が、ベッドで起き上がった私の手を掴んだままで腰に手を回して抱き寄せられた。

突然のことに、上ずった声すら出ない。

赤ら顔を隠したくて俯いた。胸をキュッと押さえて呼吸を整えてウォルト様を再度見た。


「……ウォルト様。この政略結婚は跡継ぎのためだけですよね? 私たちの子供が、ウォールヘイト伯爵家の当主になることが決まっているはずです。……ですから、円満に離縁いたしましょう。いつまでも犬猿の仲だと領地が滅んでしまいますし……」


セルシスフィート伯爵家は家も領地も大丈夫かもしれないけど、ウォールヘイト伯爵家は没落寸前だ。誰もが爵位を放棄して、結婚すら断られる始末。お金もない。


なんとか盛り返すには、私が資産家、つまり金持ちと結婚するのが手っ取り早かった。

セルシスフィート伯爵家は犬猿の仲でも、支度金を出してくれたし……そして、最後の一人である私には、ウォールヘイト伯爵家の跡継ぎが必要なのだ。


「離縁……?」

「はい。大丈夫です。私はセルシスフィート伯爵家に恨みはありませんので、これからは歩み寄れるように働きかけます……」

「……どうでもいい」


確かにウォルト様には、メリットはないかもしれない。ウォールヘイト伯爵家は没落寸前だけど、セルシスフィート伯爵家はその正反対だ。


「でも、お話は結婚の決まりごとですよね。どうしましょうか……夜だけ来てくだされば、私は文句はないのですけど……何ですか。その顔は。どうしましたか?」


すっごく嫌そうな顔で見られている。その額の青筋は何でしょうか?

暗闇だけど、ランプの灯りに照らされるウォルト様の顔色が怖くて暗い。


「……決まりごとは俺と一緒に住むことだ」

「でも、本邸はあちらですよ。ウォルト様は本邸に住んだ方が……」

「嫌なのか?」

「いえ……」


低くて強い声音。凄んだ表情で言われると、何も言えない。迫力がありすぎるのです。


「……でも、私たちは、白い結婚です。会うのも今が初めてで……跡継ぎさえできたら、離縁もすぐにします。結婚生活は三年の約束でした。そうお義父様であったセルシスフィート伯爵様と契約をしました。ですから、」

「その離縁を止めてもらいたい。そのために急いで帰って来た」

「……どうしてですか?」

「愛人の娘であるアリスと結婚をする気はない。だから、君にはこのまま夫婦でいて欲しい」

「でも、セルシスフィート伯爵様は……」

「父上の我儘に付き合うつもりはない」

「もしかして、知らなかったのですか?」

「知ったのは、先日父上からの手紙が届いてからだ。病気を患っていたから、たまたま事故で死ぬ前に送っていたのだろう」


ウォルト様に、セルシスフィート伯爵様は手紙を送っていた。でも、それからセルシスフィート伯爵様は事故で他界して、その後始末もありウォルト様は帰って来たのだと言う。

確かに、隣国に手紙が届くのは一ヶ月後以上かかるはずだけど……。


「あの……でも、少し離れてもらえませんか?」


抱き寄せられたままでは、落ち着いて話ができない。


「なぜだ? それに君にとってもこのまま夫婦の方がいいのではないか? 資産家の伯爵との結婚の方がいいだろう」

「確かにそうかもしれませんけど……」

「……返事がすぐにできないなら、少しは待つが……その間も仲睦まじい夫婦でいて欲しい」

「でも、セルシスフィート伯爵様との契約が……」

「それは、こちらで撤回する。現にセルシスフィート伯爵は、今は俺になっている。君には迷惑をかけない。他に気になることは?」

「ええっ……と」


他に何が気になるか……この状況が気になる。


「なければ、夫婦として相手をしてもらう」

「今ままでも形だけの結婚なので、今夜は必要ないのでは……」

「……跡継ぎは必ず君にもうけて欲しい。それに、夫婦としてなら当然の営みだろう。それとも、俺ではご不満か?」

「そんなことは……」


そう言って、冷たい灰色の瞳が私を組み敷いて見下ろした。


「では、初めようか」





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