第21話 おかしな夫婦生活 7
__翌日。
ウォルト様と一緒に過ごすはずだったが、朝からウォルト様の部下たちが一斉に帰還して来た。そのおかげで、ウォルト様は急遽仕事をしなければならなくなっていた。
しかも、ウォルト様が隣国から帰宅した時には、最低限の荷物だけ持って帰って来ていたらしく、ウォルト様の荷物まで部下たちが一緒に持って帰って来てくれて、ルドルフたちが朝から邸に運んでいた。
今日は、二人で恋人のように過ごすはずだったせいか、それが潰れてウォルト様の機嫌は朝から冷ややかな怒りに満ちていた。
運が悪すぎる。
運にまでセルシスフィート伯爵家とウォールヘイト伯爵家を引き離されている気もしないでもないが、所詮は仕事だ。仕方ない。
そのおかげで、私も仕事に来れば、さっそく書庫の机に座って休んでいた。人の来ない寂しい書庫で良かった。
毎晩毎晩、ウォルト様は疲れないのだろうかと思えるほど元気だ。ウォルト様と違い、私は本を開いたままで、ぐったりをうつ伏せになっている。
そう思っていると、またウォルト様が書庫にやって来た。
仕事はどうしましたかね。もう早く帰れとしか思えない。
「君は、本が好きなのか?」
「嫌いではありませんけど……」
引くつく顔を押さえてそう返事した。
午後には帰ると言ったのだから、邸で大人しく待てないのだろうか。
「今日は、帰りませんからね。約束は、午後からですよ。仕事の邪魔をしないでください」
「その仕事を持って来たのだが……」
「仕事ですか?」
ウォルト様の手にあったトランクを書庫机に置かれて開けられれば、本がいくつか並んでいた。
「魔法書? こちらは、言語の本ですか?」
「隣国からの贈り物だ。陛下に献上するが、目録を作っておいてくれ。陛下にお目どりが終われば、こちらでの保管になる」
それは、間違いなく私の仕事だ。
今朝やって来た部下たちが、ウォルト様の荷物と共に隣国から預かって来たらしい。
「では、すぐに作りますね」
「ああ、助かる」
陛下に提出する目録用の紙に、本を確認しながら書いていると、ウォルト様が近くにあった椅子に座りジッと見ていた。
緊張しながらも、本に魔法の仕掛けがしてないか確認する。呪いなどでもしかけられたら大変なことになる。
あとは、本の中身を読んで確認するのだけど……ウォルト様の視線を感じて緊張する。
「ウォルト様……あとは、本を読んで確認するだけなので、邸に帰りますか?」
「いいのか?」
「はい。ウォルト様と約束していますし……こちらは、セルシスフィート伯爵家に持って帰っても?」
「もちろんかまわない。元々、セルシスフィート伯爵家に届けられたものだ」
ウォルト様なら、そう言ってくれると思えて、本をウォルト様の持ってきたトランクへとしまった。
「では、帰ろうか」
「はい」
トランクを両手で持とうとすると、ウォルト様が自然と持ってくれる。そして、開けてくれた扉を閉めてセルシスフィート伯爵邸へと戻った。
セルシスフィート伯爵邸へと戻ると、ルドルフが玄関で荷物の指示をしていた。
「ルドルフは、ウォルト様の従者みたいですね」
「元々は、王都の別邸で俺が個人的に雇っていた執事だ。だから、従者代わりもしてくれていたのだよ」
「そうだったのですか……」
でも、王都の別邸で雇っていたということは……。
「もしかして、ルドルフはセルシスフィート伯爵領の人間ではないのですか?」
「気付かなかったのか?」
気づきませんでした。というよりも、まったく気にしませんでした。というのが正解の気がする。
「おかえりなさいませ。ウォルト様。ティアナ様」
「ああ、帰った。荷物は、適当でいいぞ。大して大事なものもない」
「はい。そうします」
淡々とした主従関係にも見えるが、ウォルト様がルドルフを信用しているのはわかる。
「あの、ルドルフ。お時間は大丈夫でしょうか。実は菜園のレモンが欲しいのですけど……」
「でしたら、あとでお持ちします」
「忙しいようですから、私が採りに行っても?」
「構いませんが……この時間でしたら、料理長やキッチンメイドが行っているかもしれません」
それなら鉢合わせをしない方がいいだろう。
「ですから、ご一緒しますので、少々お待ちください」
「はい。お願いしますね」
ルドルフが一緒なら、安心だと思えば、ウォルト様から見下ろしている視線を感じる。
「レモンが欲しいのか?」
「はい。クッキーに使うのです」
「なら、俺が一緒に行こう」
「ルドルフと行くから、ウォルト様はお部屋でお待ちくださいね」
なぜ、私が邸の中でもウォルト様と一緒に行動するのですか。
アリス様に押し付けるつもりは無くなったけど、今すぐに彼に惹かれるわけではない。悪い人だとは思えないけど……未来が明るいとは言えない関係だと思う。
複雑な思いのせいか、少しだけ胸が重いと感じる。
「今日は、一緒に過ごす約束だ」
ウォルト様は相変わらず淡々としており、持っていたトランクを「部屋に持っていけ」とルドルフに渡した。
「行くぞ」と言われて、ウォルト様と菜園へと行くと、ルドルフの言う通り料理長がセルシスフィート伯爵邸の執事と今夜の食材を採集していた。
私の顔を見ると、不愉快な表情を見せるも、それはすぐに変わった。
「ウォルト様……!」
「トラビス。ここにいたのか」
「はい。今夜のワインに合う果物を選んでいまして……」
ワインを選ぶのは、執事の仕事だ。
トラビスを呼ばれた執事は、セルシスフィート伯爵邸に長年仕えている執事。すでに初老だ。
厳しい顔つきの彼は、長年セルシスフィート伯爵邸に仕えているせいか、ウォールヘイト伯爵家が大嫌いらしい。
「ウォルト様。こちらには、何を?」
「ティアナが、レモンが欲しいらしい」
「ご令嬢が自分で菜園に来られるのは、いかがなものかと思いますが……」
「俺がティアナに頼んだのだ。終わったのなら、席を外してくれ」
じろりと睨むトラビスに、ウォルト様が厳しい声音で言う。もしかして、庇ってくれたのだろうかと思うが、二人には緊張感があった。
トラビスは、いつもと同じ厳しい表情を変えないままで、料理長を連れて一礼して去っていく。
「……もしかして、トラビスと上手くいってないことをご存知でしたか?」
「代々セルシスフィート伯爵家に仕えているからな……そうすぐには、考えは変わらんだろう。トラビスは、歳もとっている。今更変えるのは難しいものだ」
「だから、ルドルフを別邸の執事に置いたのですか?」
「そうだな……ルドルフは、王都で見つけた執事だ。お互いの家に関係ないから、大丈夫だと思ったのだが……」
それは知らなかった。クールな感じの執事だったけど、ルドルフには確かに別邸の管理をしてもらって助かっていた。
ウォルト様は、話しながらレモンを採り私に差し出してくれている。受け取ると、彼が不在の間のことも少しは考えていてくれたのだろうと少しだけ思えた。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして……」
ほんの少しだけ、ウォルト様が照れたように見えた。
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