第20話 おかしな夫婦生活 6
アリス様を追いかけて、街へ通じる街路を走っているが、アリス様には追いつけないでいた。
街路灯の灯りに照らされた街路を見れば、馬車の痕が残っている。
辻馬車でも、拾ったのだろう。夜会の場所ぐらい調べるべきだった。
「はぁ……何やっているのでしょうか」
街路灯の下で一しゃがみ込んで項垂れてしまう。
「ティアナ!!」
驚く気分になれなくて、眉根を上げたままでしゃがみ込んでいた顔を上げる。
「……追いかけてくるのが遅いですよ」
もっと早く来れば、アリス様に追いついたかもしれないのに。
「俺が、追いかけて来るのを待っていたのか?」
「勘違いのないように言っておきますけど……」
「いや、それよりも一人なのか?」
話を聞いてほしい。待っていたのは私ではないのです。
「どう見ても一人ですよ」
「こんなところで何をしているんだ?」
「……アリス様を追いかけて来ただけです」
「アリスに? 何の用だ?」
それは言いにくい。うっ、と言葉を飲み込んで、つんと顔を反らした。
ウォルト様は、ムッとすると抵抗する間もなく私を抱えた。
「ウォ、ウォルト様!!」
「言いたくないなら、言わなくてもいいがすぐに帰るぞ」
「普通に歩きますから、下ろしてください!!」
抱えられたというよりも、持ち上げられた気がする。軽々と私を持ち上げたウォルト様の肩に乗せられて、セルシスフィート伯爵邸へと歩き出すウォルト様。必死で下ろしてくださいと抵抗してウォルト様の背中を何度も拳で叩いた。でも、頑丈な彼はびくともしない。
「下ろして欲しければ、なぜ、アリスを探しに来ていたか言ってもらおうか」
「も、黙秘権は?」
「ない」
「……!?」
きっぱりと言われたと同時にシュミーズドレスの裾を上げられて大腿を撫でられた。
「ウォルト様――! ここは、外ですよ!!」
「どうせ誰も来ない」
「そういう問題ではっ!!」
「夫に隠し事をする妻が悪い」
「……っ!!」
撫でられた大腿を、今度は齧られて思わず、背筋がのけぞる。
何度も抵抗して赤面したままで背中を叩くが、気にせずにウォルト様は歩いている。
「ここで、止めて欲しければ、ちゃんと話せ」
「……でも、」
「言わないなら、このまま続ける」
「言います! 言いますから、止めてください!!」
本当にやる。ウォルト様に迷いはない。
そう直感して、ぐったりと身体がウォルト様の肩の上で項垂れた。
「……言わないとダメですか?」
「往生際が悪いな。では、続きをしよう」
「言います!! アリス様を追いかけて来たんです!!」
「それは、先ほど聞いた。聞きたいのは、追いかけてきた理由だ」
「……それは、その……ウォルト様を引き取ってもらおうと……」
おそるおそる言うと、ウォルト様の足が止まった。顔を見なくてもわかる。絶対に怖い顔をしている。
「……君も、父上と同じか」
「お義父様と、ですか? 違うと思いますけど……」
「同じだ。俺を、政略結婚の道具としか見てない」
それは、否定できない。私たちは、誰もが祝福するような結婚ではないのだ。
無言になると、ウォルト様が私の身体の体勢を変えて、顔を見た。
気がつけば、目尻が潤んでしまっている。
「……なぜ、そんな顔をする」
「可愛くなくてすみませんね……でも、私はウォールヘイト伯爵家の人間です。それも、直系です。最後のウォールヘイト伯爵家の一人なのです。だから、どうしても後継ぎが必要で……」
「だから、俺との子供をもうけようとしているのだろう」
「それは、きっと誰も認めません。セルシスフィート伯爵家にウォールヘイト伯爵家の血を入れる気がお義父様にはなかったのです」
「父上が、そう言ったのか?」
「そうです」
「……俺は父上とは違う。父上の思い通りになるつもりもない」
怒りが滲み出たウォルト様に、お義父様とは上手くいってなかったのだろうと思える。
「でも、ウォルト様は意地悪ばかりですし……」
「それは、ティアナだ。俺がいるのに、まったく見てくれない。本当に腹の立つ……」
「忙しくて、ウォルト様をじっくり見る暇がないのですけど?」
突然の帰宅に、始まった初夜。どこにウォルト様を知る暇があったのだろう。
「なら、今夜からでもいい。俺を見てくれないか?」
「でも、アリス様が……」
「アリスは、ほっといてもいい。あれは、きっと新しい恋人がいる」
「は?」
ウォルト様の発言に思考が止まる。では、私がやって来たことはなんだったのだろうか。
「……じゃあ、ウォルト様を誰にも引き取ってもらえない……?」
思わず、心の声がもれてしまう。
ハッとすれば、目の前のウォルト様の顔には青筋が恐ろしいほど立っている。
「本当に腹立たしい」
「ご、ごめんなさい……!」
「許して欲しいなら、誠意を見せろ」
「クッキーを焼きますよ。ウォルト様のせいで、焼く暇がありませんけど」
「悪かったな」
声音を強調されて、つんと顔を反らされてしまった。ウォルト様は、本当に悪いと思っているのか、と呟いている。
「ウォルト様。本当にごめんなさい」
「……明日は、二人で過ごすか? クッキーを焼く時間も作る」
「毎日、ずっとウォルト様が追いかけて来てますけど……」
「そうではない。その……二人でゆっくりと過ごすんだ。一緒に食事して、ガゼボでお茶を飲んだりして……」
「それは、恋人みたいです」
「そう思ってくれていい」
ウォルト様が帰宅してからそんな時間はなかった。それに、私はデート一つしたことがなくて、こそばゆい気持ちを仄かに感じた。
「……少し楽しみです」
「本当か?」
「はい」
「では、約束にキスをしてくれるか?」
「……ここは、外ですよ」
「噓ではないなら、してくれ」
閨になれば、いつもはウォルト様からしてくるキスに、自分からすることが恥ずかしくなる。
頬が紅潮する私と違って、ウォルト様は眉根一つ乱さない。でも、拗ねた子供のようにツンとしている雰囲気は感じる。
抱き上げられているせいで、ウォルト様の顔が近い。そのウォルト様の頬にそっと唇を落とした。
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