第22話 おかしな夫婦生活 8

別邸で、レモンを絞りパイ生地のクッキーを焼くと、いい匂いがしてくる。

本邸では、料理長たちがいるから使いにくくて別邸で焼いて、出来上がったパイ生地のクッキーを籠に入れていった。


ウォルト様に持って行こうと別邸を出れば、別邸の出入り口にある木陰でキョロキョロを辺りを見回した。


誰もいない。ずっと待たせているわけでなくて、ホッと胸を撫でおろすと妙な気配がした。

その時に、木陰の木が揺れた。喉を鳴らす声も聞こえる。


おそるおそる、顔を上げれば大きな竜が頭を寄せて来ていた。


「……どうして、竜が?」


思わず、呆然となる。よく見れば、竜の背中には立派な翼が収められている。


「まさか、飛竜?」


そう言えば、ウォルト様は竜騎士団に所属していたはず。竜騎士は飛竜に乗るはずで、自分の飛竜が一頭必ずいる。


飛竜を従えられる騎士だけが、竜騎士になれるのだ。


「ウォルト様の飛竜ですか?」

「グルルゥ……」


喉を鳴らす飛竜が頭を下げる。そっと手を伸ばせば、灰色よりも、美しい銀色の硬い肌を撫でてみた。


……可愛い。大人しい飛竜だと思う。


邸に飛竜がいるなら、王都に行って欲しい。ずっと、ウォルト様は王都で暮らしていたと聞いた。


飛竜なら、一日もかからずに王都に行けるのではないでしょうか。


「飛竜さん……ウォルト様を引き取って下さらないかしら?」

「グルゥ?」


そう言ったって、飛竜がウォルト様を引き取ってくれるわけない。


「ティアナ。ヒューズ」


飛竜を撫でていると、ウォルト様がこちらに向かって来ていた。


「ウォルト様……あの、ウォルト様の飛竜ですか?」

「そうだが……名前は、ヒューズという。帰って来ていたのだな」

「そう言えば、昨日は見ませんでした」

「飛竜は、空を飛ぶものだ。呼べば戻ってくるが、いつもはどこかへ行っているんだよ」

「そうだったのですか……」


私の手を振り払って、ヒューズと呼ばれた飛竜がウォルト様に寄っていく。


そのまま、ウォルト様を連れて飛んで行って欲しい。

ウォルト様が飛竜を撫でて可愛がるという微笑ましい光景なのに、ついそう思ってしまう。


「どうした?」

「よく懐いているなぁと」

「これでも、竜騎士だぞ」

「でも、ウォルト様のことをあまり知らなくて……」


犬猿の仲である資産家のセルシスフィート伯爵家の当主で、竜騎士様で、絶倫だと言うことは知っている。でも、それ以外のことは何も知らないのだ。


「そのために、今日は一緒に過ごすのだ」

「はい。クッキーも出来ましたので、一緒に食べましょう。ロザムンド様に差し入れしたときは、ケーキよりも、こちらの方をよく食べてくださいました」

「では、行こう。池の側にルドルフがお茶を準備している。ああ、それと……」

「はい。何でしょうか?」

「今度城の夜会に呼ばれた。一緒に参加してもらう」

「夜会……?」

「ああ、そうだが……その嫌そうな顔は何だ?」


はっきり言えば、行きたくない。ウォルト様と一緒に行く理由がないのです。


「それは、夫婦の約束ですか?」

「当たり前だ。夜会は、夫婦で行くものだ。ちなみに招待されているのは、アルフェス殿下だ」


アルフェス殿下には、良くしてもらっていた。結婚出来たのも、アルフェス殿下のおかげだ。

でも、縁談をセルシスフィート伯爵家に決めたのもアルフェス殿下だ。


「ティアナ……」

「はい」


うーんと悩んでいると隣で歩いているウォルト様が私の顔を見る。


「その嫌そうな顔はなんだ?」

「嫌そうでは……あの、お義父様か私はあまり姿を現わさないようにと、言われていたのです。ですから、夜会にセルシスフィート伯爵夫人として行かない方がいいのではないでしょうか?」

「父上が?」

「はい、いずれ離縁する予定でしたからね」


でも、セルシスフィート伯爵はウォルト様になって、離縁の延長を求められているから、今はいいのだろうか。

そう思うと、ウォルト様の足が止まり、肩に手を回されたと思った瞬間、ウォルト様が腰を折り、私にキスをして来た。


「……夜会は絶対に一緒に行ってもらう。夫婦として仲睦まじくいて欲しいと、決めたはずだ」

「……わかりました。でも、私の要望も聞いてください」


ウォルト様の顔が目の前あり、恥ずかしくて顔をぶっきらぼうに反らした。お義父様の話題で、ウォルト様の表情が怒っているせいかもしれない。


でも、動悸がする。……きっと、この整ったウォルト様の顔のせいだ。

そう思いたい。


「要望があるのか?」

「あります」

「まぁ、聞いてやらんこともないが……」

「では、今夜はお許しください。毎晩は困ります」

「後継ぎが必要なのだろう」

「……ウォルト様の言っていることは、少し支離滅裂な気がします。離縁しないなら、焦って子作りする必要はないと思うのです……」


口に出すと、少しだけ違和感に気づいた。そうだ。焦って子作りする必要はなかったのだ。

でも、いつ離縁の話になるかわからないから、後継ぎができるだけ早く必要で……でも、アリス様とウォルト様は結婚する気がないのだ。


何と返答するか気になり、ウォルト様を見上げると、彼は口元を押さえて横を向いてしまっている。


「ウォルト様? どうしました?」

「……いずれ言う」

「そうですか……でも、今夜は閨もなく休みましょう」

「夜も二人で過ごしたい」

「では、本を読みますか。それなら、いいですよ」

「そうする」

「では、クッキーを食べましょう。美味しいですよ」


そう言って、ウォルト様との一日を過ごしていた。





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