第35話 二人の共通の話



「……」


「……」


 中庭のベンチ……いつもなら、奏と新太の昼食タイムに使われる場所だ。

 そこに今、奏と星音しおんが隣り合って座っている。


 奏はすでに昼食は終えており、星音もまた昼食に食べるものは持ってはいない。すでに食べ終えたのだろう。


「す、すみません。猪崎くんと、お話していたというのに」


「いや、別にそれは気にしなくても……そもそも、勝手にどっか行ったのはあいつだし」


 こうして隣り合って座ると、星音の部屋のソファーに座ったときのことを、思い出す。

 あのときは二人の間にシロがいて、どこか和やかな空気が流れていた。


 だが今は、少しばかりの緊張感が、張り詰めていた。

 とはいえ、それは今朝のように、居心地悪いものではない。


「猫屋敷さん、今日はお昼はもう、食べてきたの?」


「はい。教室でお弁当を。

 ただ、教室にいると周りからの視線が気になって……月音つきねに、連れ出してもらいました」


 困ったように笑う星音に、奏は今朝の出来事を思い出す。

 あれは、男子生徒だけでなく、クラスメイト全員が思い知ることになっただろう。星音が、決して温厚なだけの人物ではないと。


 あの場面を見て、クラスメイトはいろんな感情を乗せた視線を、星音に向けていたわけだ。


「……なんか、ごめん。俺のせいで」


「いいえ、怒ってしまったのは私ですし。

 ……立宮くんが悪く言われるのは、我慢できませんでしたから」


 謝罪する奏に、星音は即座に言葉を返す。気にする必要はないと。

 それどころか、自分の行動を誇っているようにさえ、感じられた。


 自分の気持ちに、偽りのない星音。

 だから奏も、今朝の彼女に対して感じたことを、素直に口にする。


「俺は、嬉しかった。猫屋敷さんが、俺なんか……って、なんかはNGだったな。

 猫屋敷さんが、俺のために怒ってくれて。誰かが自分のために怒ってくれるなんて、家族以外じゃなかったから。なんていうか、すげー感動したんだ」


 不謹慎かもしれないが、あの場で奏は、星音に対して感謝と感動を感じていた。

 結局あのあと、星音と話す機会がなかった。だから、お礼を言っていなかった。


 男子生徒とのいざこざに首を突っ込み、啖呵を切る。誰にでもできることではない。

 その勇気と、覚悟に。奏は、星音に対して……


「本当に、尊敬する」


 人としての尊敬の念を、抱いていた。


「っ……そ、そんな……っ、は、恥ずかしいです……」


 そんな、奏の素直な気持ちを聞いた星音は……奏から顔を隠すようにして、顔を背けた。

 顔は、奏の位置からは見えない。だが、気のせいか耳が赤いのが、見えた。


 その様子に、奏の表情が緩む。


「けど、俺のために怒ってくれたせいで、これから猫屋敷さんの教室内での立場が、悪くなるんじゃあ……」


 表情の見えない星音に、奏は話しかける。

 今朝の件が尾を引き、星音での教室での立場が悪くなる。それを、恐れたのだ。


 一応、男子生徒からの謝罪はあった。だが、それですべてが終わったかは、わからない。

 今後、星音がクラスメイトから、奇異の目を向けられることだってあり得る。


 そうなってしまったら……


「前にも言いましたよ。元々私には、心を許せる友達は月音一人しかいません。

 ……まあ、これから二人に増えると思いますが」


「へ?」


 ようやく、奏の方へと振り向いた星音の表情は……微笑みつつも眉を下げ、ちょっとした不安が見て取れた。


「あんなことを、教室内で言ってしまったんです。だから、これからは……挨拶以外でも、立宮くんに話しかけて、いいですよね……?」


「……っ!」


 その質問は、奏にとって破壊力抜群のものだった。クリティカルだった。

 今朝の件で、星音が奏のことを友人だと認めていることは、あの場にいた誰もがわかっている。


 そのため、これから教室でも、挨拶以外で二人が話すことに、なんの問題もないわけだ。


「それは……うん、いい、です」


「……!」


 答えを聞いた瞬間、星音の表情が輝いた。

 まるで、花が咲いたかのように。直視するのが眩しいほどの、笑顔だった。


「ふふ、これから、ますます楽しくなりそうです」


 言葉通り、楽しみに震えている星音。その姿を見ていると、奏も嬉しくなる。

 こうして、二人で過ごせる時間が……もっと増えるかもしれないのだ。


「まあ、教室だとしょっちゅう新太に絡まれてるから、猫屋敷さんとは三人で話すことになっちゃうかもだけど」


「あら。先ほどみたいに、気を利かせてくれるのでは?」


「さすがに毎度、そんなことにはならないでしょ」


 自然と、笑みが溢れていた。

 教室で、普通に話す。クラスメイトなのに、たったこれだけのことができなかった。


 それも、おそらくは今日でおしまいだ。


「ただそれを言ったら、私も月音が着いてくる可能性が高いので。三人じゃなく、四人で話すことになっちゃいますね」


「はは、それは楽しそうだ。また新太が、猫屋敷さんと犬飼さんを怒らせないように、注意しておかないと」


「もう、それは忘れてください。

 ……そういえば、知ってましたか? 月音と猪崎くんは、幼なじみみたいですよ」


「へぇー。…………マジで!?」


 これまでは、奏と星音の間の話は、猫が中心だった。

 だが、二人が交流を深めるほどに。話のネタは、広がっていく。


 二人の共通の好きなものから、二人の交友関係へ。そして、そこからまた、話のタネは広がりを見せていく。


 それでも、やっぱり……


「ほら、見てください。今の、リアルタイムの、かわいいかわいいシロですよ!」


「お、おぉおお!」


 二人が、共通して盛り上がる話は。猫の話だ。

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