第37話 思い出①
――――――
……これはまだ、
猫屋敷 星音。彼女は、れっきとした一般家庭の子供だ。両親もごく普通の人で、普通に育ってきた、
だが、その話し方や所作から、お嬢様みたいだと言われることが、よくあった。
『しおんちゃんって、どこかのおじょうさまみたいだよね』
そう言われるのは、一度や二度ではなかった。
別に悪口とかではないので、星音は特に気にしたことは、なかったが。
両親は、出張が多かった。共働きでもあったため、小さい頃から星音は、一人で過ごすことも少なくはなかった。
それでも、まだ小さな星音を一人にしないよう、母親は出来る限り寄り添ってくれた。
「星音って、中学生なのにもう大人っぽいっていうか……なんだか、アタシとは全然違う感じ」
「そうでしょうか?」
中学生になったばかりの頃、小学校からの付き合いである
当の星音は、きょとんとしている。
「最近は、髪も短くしたりと、いろいろしているのですが……」
「いや、見た目の話じゃなくてね……てか、大人っぽく見られるの、嫌なの?」
「いやというか……私だって、皆さんと同じ中学生なのに。なんだか、遠い存在に見られている気がして」
「なははは、確かに。星音ってば高嶺の花ってやつだもんね!」
「たかね……?」
小学生の星音は、周りの子よりもいろいろなことができた。勉強も、人付き合いも。運動は苦手だったけれど、それも愛嬌だと言われた。
それでも、低学年のうちは、みんな話しかけてくれていた。
環境が変わったのは、小学校高学年あたり。
この頃になると、子供と言えど一人の人間として、他人を意識し始める。それは、星音の周りも例外ではなかった。
みんな、どこか星音を遠い存在として、見始めた。
それは寂しかったし、でも変わるのはしょうがないのかなとも思った。それでも、隣にいる月音は、変わらず星音と接してくれている。
「……ありがとうございます、月音」
「んー? なんか言った?」
「いえ、別に」
星音は、自分が特別な人間だなんて思ったことはない。
この喋り方も、仕草も、いつの間にか身についていたものだ。小さい頃は、両親の教育の賜物だなんて言われたものだが。
特別、というなら。隣にいる犬飼 月音こそ、特別な人間だと思う。
クラスの人気者で、いつでもみんなを笑わせている。星音には、そんな社交性はない。
運動神経もいいし、球技大会があればいつも月音のクラスが優勝だ。
そんな彼女は、中学ではなんの部活動をするのだろうか。
「星音は、部活なんにするか決めた?」
「いえ、まだ……」
「そろそろ決めないとだよー。ま、アタシもだけど」
中学校では、生徒は部活動に入らなければいけない。
運動部、文化部……種類はたくさんあるが、その中から一つを選ぶことになる。
星音も月音も、まだなんの部活に入るか決めていない。
とはいえ、二人が部活を決められない理由は、真逆のものだ。
「野球、サッカー、バスケ……陸上もいいなぁ。うはー、迷っちゃうよ」
指折り、運動部の名前を挙げていく月音。
月音は、運動部に入るつもりだ。ただ、なんの部活に入ろうか、やりたいことがありすぎて困っている。
一方の星音は……なにをすればいいのか、わからなかった。
「星音は、やりたい部活……興味ある部活とか、ないの?」
「興味、ですか」
思えばこれまで、真に興味を抱けたものは、果たしていくつあっただろうか。
校内の廊下を歩けば、窓の外で運動部が元気に部活動に励んでいる。
どこかの教室を除けば、文化部がなにかしらの活動を行っている。
「ま、焦って決めるもんでもないけどさ」
「焦らなきゃダメでしょ」
「あたっ」
ケタケタと笑う月音の頭を、誰かがペシン、と叩いた。
その人物が誰かの察しをつけながら、月音と星音は振り向いた。
「あ、いいんちょ」
「部活動の申請書類、今週で締め切りなのよ。まだ出してないの、あんたたちだけなんだけど」
そこには、眼鏡をかけて長い黒髪をおさげにした、一人の女子生徒がいた。
彼女は困ったように、そして若干怒ったように眉を寄せている。
その姿に、星音は苦笑いを浮かべた。
「こらー、痛いぞいいんちょ。体罰だ体罰!」
「星音も、早くしなさいよね」
「無視すんなー!」
「あんたこそいい加減いいんちょ呼びやめなさいよ」
星音に向き合い、書類提出を告げるこの女子生徒は、通称いいんちょ。
とはいっても、月音が勝手に呼び出し、それが周囲に浸透していったものであるが。
彼女もまた、星音にとっては大切な友達だ。
月音同様、昔から星音と付き合いを続けてくれている。
一見おとなしそうな彼女であるが、その実強い芯を持っている。聞いた話だと、上級生にも自分の意見を曲げないらしい。
「だって、いいんちょはいいんちょでしょ」
「あんたのせいで、すでにその呼ばれ方が広まりつつあるのよ!」
口を尖らせる月音に、いいんちょは抗議する。
ただでさえ、月音は目立つタイプなのだ。そんな彼女が言ったあだ名は、本人にそのつもりがなくても広がっていってしまう。
しかも、小学校から中学校に上がったということは。小学校時代に広まったあだ名が、まだ会ったこともない相手に知られてしまうということでもある。
なんせ、あだ名を知っている旧友はたくさんいるのだ。彼女のあだ名が広がっていくのは、時間の問題であった。
「ごめんなさい、いいんちょ。私も、早く決めないととは思ってるんだけど……」
「やりたいことでいいのよ、部活なんて。
……というか、ほら! このくそ真面目な星音でさえ、私のこといいんちょって呼ぶのよ!? どうしてくれるの!」
「えぇー、いいじゃーん。
てか、実際クラス委員だし……狙ってんじゃないの?」
「狙ってない!」
月音が彼女をいいんちょと呼び始めた理由が、クラスの委員長をしていたからというものだ。
あと見た目。
月音と、いいんちょと。そして星音。
昔から変わらないこの関係が、星音は好きだった。
「……やりたいこと、か」
ぎゃいぎゃいと言い合う……というより、いいんちょの言葉を受け流してる月音の二人を見つめながら。
星音は、自分がなにをしたいのか、じっと考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます