第12話 そういう問題じゃあないんだ
『どっちも好きでいいじゃんってね。だから俺は、猫と犬どっちも好きかなーってね』
新太の答えも、間違ってはいない。
むしろ世の中には、こういった考えの人間がたくさんいるだろう。
だが……それを、この場で言うのは、まずかった。
それに、それは猫や犬を飼っているか飼ってないか、でまた意見のわかれるところだ。
当事者とそうでないかでは、その認識に大きな差がある。こっちが大したことではないと思っていても、相手からすれば大きな問題のこともある。
『ところで猪崎くんは、猫と犬だとどちらが好きなんですか?』
これは、"どちらが好きだ"という、二択の問いかけだ。
それに対しての新太の答えが……どっちも、というもの。
違うのだ。二人が求めているのは、どっち"も"ではなくどっち"が"なのだから。
なにより……過激な"猫派"と"犬派"の二人の前で、言ってはいけないことだった。
(ちょっと離れてよう)
かわいそうなものを見る目で新太を見つつ、奏はちょっと距離を離した。
「それでー、二人はどっちが好きなん?」
(この話続けんの?)
場の空気が変わったことに気づいていないらしい新太が、話題を続行する。
普段ムードメーカーで、いい意味で空気を読まない新太であったが……このときばかりは、悪い意味で空気が読めていなかった。
それを受けた、星音と月音の表情を確認するのが怖く、奏は視線をそらしていた。
「あ、やっぱ猫屋敷と犬飼だから、名字にちなんで猫屋敷さんは猫、犬飼さんは犬が好きな感じ?
名前と同じだからシンパシー感じる的な」
(お前ちょっと黙れ!)
さらに新太は、おそらく二人にとってデリケートであろう部分に触れる。
奏だって経験はある。"奏"なんて女の子みたいな名前だと、からかわれたのは一度や二度ではない。
だから名前弄りは、慎重にならないといけない。今みたいに、名前と同じだからそれも好きなのだろうと決めつけられるのを、嫌がる人もいるはずだ。
猫屋敷だから猫が好き、犬飼だから犬が好き……それを、果たして二人がどう受け止めるか。
「はー? 名字が犬飼だから犬が好きだって? アタシは純粋に犬が好きなんだけど。なに、名前に犬が入ってたら犬好きになっちゃいけないの? 名前だけで好きになったと思われてんの?」
「そうですね、私も純粋に好きな猫を、名前と同じだからと決めつけられるのは……とても不愉快ですね」
……二人とも笑顔だった。
笑顔だからこそ、とても怖かった。そして目が笑っていないのが、また怖い。
さすがに、自分がなにか地雷を踏んだと思ったのだろう。そそくさと、新太は奏の隣に移動する。
「なんだよ、俺まで巻き込まれるから近寄らないで」
「冷たい!
いやいや、俺なんか悪いこと言った?」
声を押し殺して、二人が怒っている理由を探る新太。二人が怒っているとは認識できているらしい。
だが、自分のどの言葉が二人の地雷を踏んだのかは、わかっていないらしい。
正直、猫と犬が好きな理由を聞くまでのやり取りであれば、新太にも同情できる面はあったが……
「悪いことっていうか、まずいことは言ったな」
「えぇー、なになに。そんなに? なんなのさ」
「それは自分で見つけろよ。
てかお前、前に猫屋敷さんのあの鋭い目で睨まれてみたいとか言ってなかった?」
ふと、奏は思い出す。
もの静かかつクールな星音。彼女に、蔑むような目で見られてみたいと、新太が言っていたことを。
そういう人種がいることは納得している。奏に理解はできないが。
「よかったな、夢が叶ったぞ」
「いやぁ、あんときの奏の意見にチェンジさせてくれ。
実際にあんな目で見られたら、心砕けるわ」
興奮した様子で、夢を語っていた新太。彼に対し奏は、実際にそんなことになったら俺なら心が折れる、と返したわけだ。
現在、新太も同じ気持ちになっている。
かわいそうなことに、現在新太に対する星音と月音の好感度は、だだ下がりだろう。
「猫と犬、どっちが好きなだけ答えときゃ傷は浅かったろうに」
猫と犬のどちらかを選べば星音と月音のどちらかをがっかりさせることになるが、少なくとも二人に軽蔑の眼差しを向けられる今の状況には、ならなかったはずだ。
「ま、どんまい」
「おまっ、他人事だからって! お前だって俺と同じ立場になったら……あぁ、お前なら猫って答えるよなくそっ」
「自己解決してキレんなよ」
「行きましょうか、"猫派"の立宮くん」
今の自分の立場に絶望する新太に、奏は面白おかしそうな表情を浮かべて励ます。
新太が悔しげな表情を浮かべる中で、星音が奏を呼ぶ。
その際、わざわざ"猫派"を強調し、月音に対して勝ち誇ったような表情を浮かべる。
「あ、はーい」
「くぅ、派閥が一人増えたからって勝ち誇った顔してぇ。アタシだって、すぐに"犬派"を増やしてやるんだから」
「あ、なら俺がその"犬派"に……」
「優柔不断男は黙って」
先に行く星音に呼ばれ、奏は後ろでギャーギャー言っている月音と新太に振り向く。
月音の中では、新太はすっかり優柔不断男になってしまったらしい。
不憫な奴……と、少ーーーしだけ同情しながらも、奏は星音と共に教室へと、足を進めていく。
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