第24話 追求されますよね



「で、結局どうだったのよ」


「どうってなにが」


「はぁ? とぼけんなって」


 お風呂を堪能した奏は、夕食の席についていた。

 今日は父親は仕事で遅いため、席についているのは奏と空音からねだけだ。


 母親は、キッチンで食事中の二人の様子を眺めている。


「今日、クラスの女子と出かけるって、言ってたじゃーん」


「! お前、そんなことここで……」


 空音が口走った言葉に、奏は焦りを見せる。

 だが、時すでに遅しだ。


「えっ、なになに!? 聞いてないんだけど!?」


 空音の言葉に、興味津々といった具合で口を挟んでくる母親。

 空音に悪気はないが、結果論として母親にバレてしまったことに、奏はため息を漏らした。


「今日、普通に男友達と遊びに行くって言ってなかった?

 ……まあ、それにしては、やけにおしゃれだったけど?」


 母親には、今日は男友達と出かけると言っておいた。

 しかし、含みのある笑みを浮かべるあたり、母親もなにか勘づいていたらしい。


 女友達と出かけるとなれば、確実に面倒なことになる。そう思って、黙っておいたのだが。


「そうそう、聞いてよお母さん。お兄ぃ今日、クラスの女の子と遊びに出かけたんだってさ!」


「まあ本当に? 女の子どころか、男の子のお友達さえろくにいない奏が……」


「うるさいな!」


 おそらく、空音はともかく母親はめでたいことが起こった、と思っている。

 だが、奏としては恥ずかしいことこの上ない。


 恥ずかしいのを隠すように、奏はご飯を口の中にかきこんでいく。


「お兄ぃったら、さっきスマホ見てニヤニヤしてたんだよー」


「なっ……その場面お前は見てないだろ!」


「あれ、ホントにニヤニヤしてたんだー?」


「っ……」


 墓穴を掘ってしまう形になり、奏は顔を真っ赤にする。

 空音は、してやったりと言わんばかりに笑顔を浮かべていた。いたずらっ子の笑顔のそれだ。


 母親も、奏の反応を微笑ましそうに見ていた。


「それで、どんな子なの? お母さんに話してみなさい」


「どんなって……普通の友達だよ。いいだろ別に」


「だめよ。息子の交友関係気になるわ私」


 隣の空音はからかってくるし、正面の席に腰を下ろした母親は話を聞き出そうとしてくるし、奏の心は休まる暇が無い。

 あんまり、クラスの女子のことをペラペラ話したくはない。


「だって今まで奏、友達って言ったら猪崎いのさきくんくらいだったじゃない。

 そんな奏が、他のお友達……それも、女の子とだなんて……」


 ただ、こうは言っているが母親も、奏のことを心配してのことだ。

 それがわかったから、奏は少しだけ、話すことにする。


「そんな、騒ぐことでもないでしょ。その子は、猫を飼ってて……ちょっとした縁で関わるようになったってだけ」


 猫アレルギーの母親の前で、猫の話を持ち出すのもどうかとは思ったが……

 自分と星音しおんの関係を話すのに、猫は外せない。そう思った奏は、素直に話す。


 すると、母親は……


「そう。奏には、私が猫アレルギーだから苦労させてると思ってたけど……猫好きなお友達ができて、よかったわ」


 自分が猫アレルギーなため、猫を飼えない……そのことで、奏にいらぬ心配をさせていると思っていた。

 それでも、奏はちゃんと、猫好きの友達を作っていた。


 しかも、相手は猫を飼っているというのだ。

 奏にとって、これ以上ない相手と言える。


「そ、れ、で?」


「……とは?」


「もう、とぼけないの。どんな子なの?」


 それは、先ほどと同じ質問……しかし、それが先ほどと同じ意味でないことを、奏は知っている。


 要は、猫を飼っている以外にも話を聞かせろ、ということだ。

 しかし、猫を飼っている以上のこととなると……なにを話せばいいのか、よくわからないのだ。


「普通の女の子だよ。それだけ」


「えー?」


「えーじゃない」


 この話はこれでおしまい、と言うように、奏は口を閉じる。

 母親は不満げだが、諦めたのか席を立った。


 ……彼女のことを、誰かに話す。その行為が、なにをもたらすのか、奏にはわからない。

 彼女はきれいで、頭も良くて、人当たりもいい。そして関わるようになって、可愛い面があることも知った。


 彼女のことを、誰かに話したら……なんだか、自分でも思っている以上のことが口から出てしまいそうで、少し怖い。


「お兄ぃもケチケチせずに、話してくれてもいいのに」


「……まあ、もう少しまとまったらな」


「なにそれ」


 夕食を終えて、奏は部屋に戻る。

 すると、充電していたスマホに連絡が来ていたことに気づく。


 画面を見ると、それは星音からのもの。


『シロも立宮くんが来るのを、楽しみにしています♪』


 その文章とともに送られてきたのは、シロが大きなあくびをしている写真だった。

 どう見ても、奏を待ち望んでいるようには見えない。だが、写真のチョイスに奏は吹き出した。


 それから『俺も楽しみにしてる』と返信。だがすぐに、『シロに会えるのが』と付け足して送った。

 変な勘違いを、されないようにだ。


「それにしても……服、どうしよっか」


 来週、女の子の家に訪問する。

 その際、服はどうするべきだろう。今日着て出かけた服でいいものか、それとも……


 外に出かけるのとは、また違う。

 どうしたもんかなと奏は悩み……そのうちに、時間は過ぎていく。

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