第23話 信頼に応えたい



「…………」


 帰宅した奏は、部屋にてベッドに座り……スマホの画面を、じっと見ていた。

 そこには、星音しおんからのメッセージが映し出されている。


『次の週末、ご予定がなければ、歓迎します♪』


 猫カフェの帰り、なんやかんやとあって、星音の家にお呼ばれされてしまった。

 星音は奏のことをお友達と言ってくれるし、奏としてもそれはありがたいことだ。友達の家に、行くだけ。


 だが、相手が女子で、クラス一の美少女で……極め付きは、アパートに一人暮らしをしているということが、大きな問題だ。


「……猫屋敷さん、なに考えてんだ……」


 一応、メッセージが来てから『ご予定はありませんのでぜひ』とかたっくるしいメッセージを返した。

 その後、星音から『了解にゃ』とスタンプが送られてきて、やり取りはひとまず終わった。


 これまで、一緒に話すようになったり、一緒に出掛けるようになったり……ぶっちゃけ、いい雰囲気になってきているなという感じはしていた。

 だが、ここに来ての自宅お呼ばれ。


 これは、どういう意味なのだろうか。単に男として見られていないのだろうか。

 ……自分は、男として見られたいのだろうか?


「はぁあ……まあ、嫌ってわけじゃ、ないんだけど……」


 星音の考えは、わからない。だが、星音にとって奏は、なんでもない相手ではないはずだ。

 なんでもない相手を、家には上げたりしないだろう。


 それに、これはそう、信頼の証だ。信頼してくれているからこそ、一人暮らしの自分の家に、入れてくれるのだ。


「なら、その信頼に応えないと……」


 自分を信頼してくれている星音を、失望させない。これが大事なことだ。

 男として信頼している、というよりは、人として信頼してくれているのだろう。


 ……星音は、かわいい。その気持ちは、奏の中で大きくなっていた。

 彼女と関わる前ならば、彼女のことはきれいだと、信じて疑わなかった。だが、彼女の中身を知って、変わった。


 そんな彼女と、仲の良い友達のままでいいのか。それとも……

 ……なんて考えてしまうのは、さすがに傲慢がすぎる。今の状況でも、充分幸せなのだ。


「お兄ぃ、次の巻貸してー」


「……またノックもせずにお前は」


 いろいろと考え事をしていたところへ、扉が開く。

 妹の空音からねが、マンガを手に入ってきたのだ。


 もういつものことだが、相変わらずな妹に、奏はため息を漏らした。


「ちょっと、人の前でため息つかないでくれる? 萎えるんだけど」


「あのなぁ、こっちはいろいろ考え事してんの」


「なにそれ、考え事中断されたから人に当たるとか、だっさ」


「そういうことじゃねえよ……」


 空音は奏を横目で見るが、特に気にした様子もなく、本棚に向かう。

 最近は反抗期なのか、言葉がキツイ。


(服選びに付き合ってくれたり、かわいいとこもあんだけどな……)


「ちょっと、なにジロジロ見てんのよ」


「……お前、家だからってもうちょいまともな恰好をだな」


 上のノースリーブティシャツはまだしも、下はパン一なのはいかがなものか……と、奏はつい口を出してしまう。

 そうすると、どんな反応が返ってくるか、わかっているのに。


「はぁ? なに変な目で見てんのよスケベ」


「妹をそういう目で見るかっての」


「いいじゃんお風呂上がりなんだし」


 奏がこれまで女子とあんまり話したことがないのは、空音の影響も少なからず、あるかもしれない。

 ひいき目を除いても、空音は男子ウケしそうな容姿だ。以前外での様子を見たことがあるが、家の中とは正反対。


 家ではこんなズボラなのか、と思うと、女子に興味はあっても積極的に女子と絡もうとは思わなかった。


(女子は、みんな……)


 ふと、奏の頭の中に星音が浮かぶ。

 もしかしたら、彼女も家の中では、ズボラなのかもしれない。人間ならば、自宅で暗いリラックスしたいと思うものだ。


 空音ほどとはいかなくても、もしかしたら星音……



『はぁ、だる……学校で優等生気取ってんの疲れるわ。家では無理に取り繕う必要ないし、全部脱いじゃおっかな。

 はぁー、シロで癒されよ』



(いやなんだこのイメージは。アホか)


 自分の中で変なイメージが浮かぶ奏は、首を振って妄想を振り払う。

 これはさすがにアレだが、もし星音も、今の空音みたいなラフな恰好をしていたら……


 そして、うっかりしてその姿のまま、奏を出迎えてしまったら……


「……」


「なにニヤニヤしてんの、キッショ」


「な、なんでもねえ!」


 つい、妄想が顔に出てしまった。

 ないない。星音に限ってそんなことは、ない。


 自分の頬を叩く奏の姿を、空音は引いた目で見ている。


「あ、この巻いつもより分厚い。ラッキー」


「……なぁ、わざわざ一巻ずつ持ってくんじゃなくて、いくつかまとめて持ってったらいいんじゃないか。行き来すんの手間だろ」


 新しくマンガを引っ張り出した空音に、奏は素朴な疑問を投げかける。

 いつも一巻ずつ持っていくが、数巻一度に持って行った方が効率的ではないのか。


 別に奏だって、常にこのマンガを見るわけではない。少しの間手元になくても、問題はない。

 それに、いつも強めの言葉をぶつけられる身にも、なってほしいものだ。


 奏の疑問を受け、空音は手の動きを止めた。


「なに、わたしに部屋に来られるの迷惑なわけ?」


「そうは言ってないだろ。ただ手間じゃないかと思っただけだ」


「……本当に?」


「おう」


 なぜか、念入りに確認してくる空音。

 彼女に、今言ったこと以上のことは思っていない。確かに言葉は強いが、それも一種のスキンシップだと割り切っている。


 単純に、空音の手間を心配してのことだ。


「そ。

 ……別に、いいでしょ。なんでも」


「?」


 空音の答えは、奏にはよくわからないものだった。

 彼女の耳が少し赤いように見えるのは、気のせいだろうか。


「あ、そうだ。お母さんが、先にお風呂入っちゃいなさいって」


「お前、それを先に言えよ」


 空音は、お風呂上がりのお知らせと、マンガを借りに来たわけだ。

 それを理解した奏は、ちゃちゃっと風呂に入る準備を進め、部屋を出た。

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