第25話 一人暮らしの女の子の部屋
「……ついに来てしまった」
その間、学校で星音と話すことはあったが、お宅訪問の話題を口に出すことはなかった。学校でだと誰に聞かれるかわからないからだ。
その代わり、星音からよく、メッセージが送られてきた。当日の予定などだ。
そして……
『お昼は一緒に食べたいので、お昼前にウチに来てください』
『了解。なにか持っていったほうがいいか?』
『いえ、お構いなく、大丈夫です』
直近のメッセージを見つつ、奏は地図アプリで住所を確認。
送られてきた住所と、現住所が一致しているかも確認した。
目の前にそびえ立つのは、アパートだ。それも、調べた感じオートロック形式の。
そのため、中に入れてもらうには一度星音に連絡を取り、中からロックを解除してもらう必要がある。
右手にはスマホ、左手には袋に入ったお菓子を持っている。
これは、母親に持たされたものだ。
『はい、これ』
『……なにこれ、お菓子?』
『今日、お友達のところに行くんでしょう? 持っていきなさい』
『な、なんで……』
『お母さんをなめないことね』
……家を出る前の、母親とのやり取りだ。
今日、星音の家に行くことは母親にも、
猫カフェのときも、勘付かれていたようだし。
つくづく、ごまかせないなと、奏は思い知った。
「今、ついた……っと」
一応、家を出る前に、今から向かう旨のメッセージは送っておいた。
それに対して、『了解にゃ』とスタンプが返ってきた。猫スタンプフル活用である。
今到着した旨を送信し、スマホを眺めていると、すぐに返信が来た。
『わかりました。今から入口のロックを解除しますので、中に入ってきてください。
部屋番号は……』
メッセージを確認してから、奏は足を進める。
入口の前に立つと、ロックが解除されたのを確認。重たいガラスの扉を開き、中に入る。
部屋の番号を確認し、エレベーターを発見。
他に人はおらず、奏は一人エレベーターに乗って、上階へ。
目的のフロアにつき、奏はエレベーターを降りる。
部屋の番号を確認して、足を動かし……一つの部屋の前で、足を止める。
「ここか……」
メッセージで送られてきた部屋番号と、表札に表示されている部屋番号を確認。
一致していることを確認し、奏は深呼吸を繰り返した。
いよいよ、運命のときだ。
奏は震える指先を見つめ、再度深呼吸。心を落ち着かせる。
そして……インターホンを、押した。
ピンポーン
ボタンを押した瞬間、インターホンの音が鳴り響いた。
ドキドキと、高鳴る心臓がうるさい。気のせいか、呼吸も荒くなっている気がする。
『はい』
インターホンから、声が聞こえた。
「あ、え、えっと……た、立宮、です」
『ふふっ、はい。見えていますよ』
顔は見えないが、声の様子から笑っているのがわかる。
向こうから、顔は見えるのだ。わざわざ名乗る必要はなかったかもしれないと、恥ずかしくなる。
いやでも、礼儀として名乗るのは大事だろ……と、自分で自分に納得させた。
それから、少しして……
ガチャ、と鍵が開いた、音がした。
「こんにちは……あ、まだお昼前なので、おはようございますですね。
おはようございます、立宮くん」
「あ、お、おはよう……ございます」
扉の向こうから、黒髪をなびかせた、美少女が現れた。
カジュアルなタンクトップに、ショートパンツの組み合わせ。さらに……髪を、後ろで結んでいる。つまりポニーテールだ。
ポニーテールは、学校で体育の時間に見る。なので、物珍しいわけではないが……
ラフな部屋着と言った印象だが、人に見せられないほどではなく気負いすぎていないほどよいラフさ。
そのラフさが、余計に奏をドキドキさせた。
「ふふっ、なんで立宮くんも、敬語なんですか」
くすくすと笑う星音は、ここ数日ですっかり見慣れてしまった姿だ。
もっとも、教室でそういった姿は見せないが。
出迎えのため扉を開けた星音は、早速奏を招き入れる。
緊張しながらも、奏は部屋の中へと、足を踏み入れた。
「立宮くん、以前の猫カフェデートのときと、同じ服装なんですね」
「あ……その、他にいい服がなくて。なんかごめん」
「気にしないでください。私、好きですから」
……別に意味があってのことではないだろうが、星音の一言一言にドキドキさせられる。
しかも、聞き間違いでなければ……今、猫カフェのお出かけのことを、デートと言ったのだろうか。確かに、あの無料チケットはカップル限定であったが……
深く考えてしまっては、また沼にハマってしまいそうだ。そのため奏は、話題を変える。
「あ、これ……母さんから」
「え?」
忘れてしまわないうちに、奏は手にしていた袋を差し出す。
それを見た星音は、目を丸くした。見るからに、高級そうな紙袋だ。
星音は、それを受け取る。
「別に、気にしなくてよかったのに」
「母さんに持たされたんだよ。どっちみち、手ぶらで来るつもりはなかったし」
もし母親に持たされなくても、奏はここに来るまでの間に、なにか手土産を買って持っていくつもりでいた。
星音は「ありがとうございます」と言い、紙袋を見た。
それから「あっ」と声を漏らす。
「これ、有名なチョコ専門店のお菓子じゃないですか!」
中にある品は、丁寧に包装されていて中身はわからなかったが……紙袋を見るに、これがチョコのお店のものだろうなというのは、なんとなくわかっていた。
さすがに、紙袋がこれで中身がチョコ以外、ということはないだろう。
どことなく、星音は嬉しそうだ。
しかし、それは一人で食べるには、少々多いように感じられる。
「チョコは好きですが、こんなに食べられるかどうか……」
「母さん、さすがに渡す先に一人しかいないとは、思ってなかったみたいだ」
今日友達の家に行くことを予見していた母親だが、その友達が今一人暮らしをしている、ということまでは、わからなかったようだ。
もっとも、知られたらとんでもないことになるに違いない。
一人暮らしの女の子の部屋に、上がらせてもらうなんて。
「ぁ」
喜び、玄関を上がったすぐそこにある冷蔵庫に、紙袋を入れる星音。
そんな彼女の後ろ姿を見て、奏は思い出したことがあった。
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