第18話 それは浮気ですか猫屋敷さん



 部屋の一角にある、フリースペース。そこでは猫たちが、それぞれ遊びに没頭していた。

 もちろん、この部屋自体が猫と遊ぶためのものなのだが……遊ぶための道具がたくさんあるのは、このスペースだ。


 ある猫は、砂場で遊び。ある猫は、猫じゃらしで戯れ。またある猫は、ソファーの上でふてぶてしく横になっている。


「は……ぁ……!」


 それを見た猫屋敷 星音ねこやしき しおんは、声にならない声を上げている。

 奏もまた、その光景に目を奪われていた。


 この猫カフェの名前は、『パラダイスにゃんこ』、通称『パラにゃん』。

 なるほど、確かにパラダイスだ。ここは猫の楽園だ。そして猫好きにとっても。


「あぁ、素晴らしい……素晴らしいですよ、立宮くん……!」


「そうだな、猫屋敷さん……!」


 今日来て、本当によかった……

 心からそう思った、二人である。


 店員に勧められて、猫じゃらしを借りる。

 それを使って、近くの黒猫に振ると……黒猫は興味が惹かれたらしく、猫じゃらしに向かって猫パンチをしている。


 星音は、右手で猫じゃらしを操り、左手を膝について少し屈んでいる。

 ぴょんぴょんと飛ぶ黒猫が、猫じゃらしに触れるか触れないかといった距離で。猫じゃらしを振っているのだ。


「ふふ、ほーら猫じゃらしですよー。ふふっ」


 実に楽しそうで、猫のかわいさと星音のお茶目な様子に、奏は眼福である。


 それから、奏と星音はソファーに座り、星音は先ほどの黒猫を膝に乗せて、頭を撫でている。

 横から奏が猫じゃらしを使い、黒猫が逃げないようバッチリ対策してある。


「ところで猫屋敷さん、猫カフェ来るのは初めてじゃないんだ?」


 ふと、奏は思い出す。猫カフェで楽しんでいる、星音を見て。


 待ち合わせのとき、星音が言っていた言葉。

 彼女はこう言っていた。「以前猫カフェに来たときは、猫がスカートの中に入ってきて……」というあれだ。


 ……スカートの件、深く思い出すのは、やめよう。


「はい。ただ、行ったのは一度しかありません」


 星音は、うなずく。しかし、猫カフェに行ったのは一度のみだという。


「それはまた、なんで」


「……シロが、嫉妬しちゃって」


 これだけ猫が好きなら、飼い猫がいてもそれはそれで、猫カフェ通いになってもおかしくないのに……という奏の問いかけに、星音は目をそらしながら話す。


 理由は、シロの嫉妬だという。

 それは、いったいどういうことか……と理由を考えようとしたところで、「あぁ」と相づちを打つ。


「そういや、どっかで見たことあるな。

 飼い猫は、主人が他の猫と仲良くしてると嫉妬する、みたいな。においとかでわかるんだっけ」


「えぇ。猫カフェに行ったあと帰宅すると、シロが不機嫌で……」


 当時のことを思い出しているのか、星音は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべている。

 またも、新鮮な表情だ。


 それを聞いて、奏は……やきもち焼きのシロを想像する。

 帰って来た主人しおんに駆け寄ったら、主人からは別の猫のにおいがした。「どこの猫と遊んできたのよ!」と、昼ドラみたいな展開になったわけだ。


 猫によっては鈍感な猫もいて、他の猫のにおいに気づかない猫もいるらしいが……


「シロは、他の猫の存在に敏感だったと」


「はい。あの時は、シロがずっとご機嫌斜めで……いつも私に甘えてくれるのに、無視されたりして。

 ぅ、あの時のことを思い出したら、吐きそうに……」


「落ち着こう! ね!?」


 あのときのことを思い出し、星音は口元を押さえる。

 普段の星音からなら想像できないが、正直さっきまでの星音を見ていると、本当に吐いても不思議じゃあない。

 美少女の嘔吐とか、それに喜ぶ奏ではない。


 奏は自分の手を見る。いいのだろうか……と思うが、こんなところで本当に吐かれるわけにもいかない。

 なので、躊躇するように奏は、星音の背中に手を当て擦った。


「でも、また猫カフェに来てるけど……いいの?」


 あくまで星音を心配しての言葉だったが、その言葉に、星音は頬を膨らませた。


「立宮くんが誘ってくれたんですよ。無下にはできません」


「……」


 狙っているのか、天然なのか。

 星音の言葉に、仕草に、奏は振り回されてばかりだ。


 あの時は奏から誘ったというより、誘うように仕向けられた……とは、言うまい。


「ふふ、冗談です。

 それに、対策はバッチリですよ」


「対策?」


 くすっと笑う星音は、吐き気は去ったのか「ありがとうございます」と小さく告げる。

 その上で、対策をしてきたのだと言う。


「はい。ネットで調べたのですが、他の猫と会ったあとは手を洗うのがいいと。あと、服には他の猫の毛がついているかもしれないので、コロコロを持ってきました」


 どやっ、と鼻を膨らませる星音は、鞄からコロコロを取り出して見せた。

 まさか一緒に出掛けた女の子が、コロコロを持ち歩いているとは思わなかった。


「一番いいのは服を着替えることですけど、さすがに着替えを持って出歩くのは……

 なので、帰宅直後はシャワーに直行です! これで、においをバッチリ消せます!」


「……そう」


 なんだか、浮気している人の発言を聞いているみたいだ。

 猫浮気といえば、そうなのだろうけど。


 そこまでして、猫カフェに来たいのか……聞くまでもない。猫を飼ってない奏にだって、わかる。

 一番かわいいのは、間違いなくウチの猫だ。だが、たまには他の猫とも遊びたい。


「これ、猫と人を置き替えたらヤバいな」


「?」


 とりあえず、対策はバッチリだと言うのなら、奏はもう星音にはなにも言うまい。

 これだけの対策をしてきた上で、またシロに不機嫌になられたら……まあ、話を聞くくらいは、しよう。


 そう、心に誓う奏であった。

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