第33話 その感情は、まるで



 星音しおんが、奏と一緒に休日に外出していた事実に……いや、友達であるという事実に納得いかない様子の、男子生徒。

 そしてそれは彼だけではなく、今この教室にいる全員が、思っていることなのだろう。


 その疑問を、男子生徒は星音へとぶつけた。

 恐ろしいほどに、直接的な言葉で。


 反応を示した星音に向かって、男子生徒はさらに畳みかけた。


「そうだろ? 立宮なんか、別に冴えてるわけじゃないし、猫屋敷さんと釣り合いなんか取れないって。

 クラスでも目立たない方だしさ。それとも、猫屋敷さんは優しいから、こいつにも良くしてるだけなのかな」


「……」


 畳みかけられる言葉に、星音はなにも言わない。うつむき、表情が隠れている。

 それを、情けないことに奏は、黙って見ていた。


 自分だって、釣り合いが取れてないと思う時はある。

 けれど、星音はそんなこととは関係なく、奏と付き合いを続けてくれている。


 奏自身、自分が悪く言われるのは構わない。だが、その流れで星音の評価も下げることになるなら。

 なにより、これは自分の問題だ。


 だから奏は、男子生徒の悪意とも呼べる感情に向かい合おうとして……


「……!」


 うつむいていた顔を上げた、星音の表情が……これまでに見たことがないほど、冷たく、鋭いのを見て、言葉に詰まってしまった。


「? どうかした、猫屋敷さ……」


「言いたいことは、それだけですか?」


「え」


 星音は、男子生徒へと一歩詰め寄る。

 星音の表情の変化に気がついていないのか、男子生は星音に近づかれたことに表情を緩ませた。


 そして、続く言葉はなんであろうかと、彼女を見て……


「なら、私も一つ、言わせてください……

 どうして、あなた"なんか"が、立宮くんのことをそんな風に言うんですか?」


「…………へ?」


 これまでに、聞いたことのないほどの、冷たい声。

 それを聞いた瞬間……男子生徒の表情が青ざめた。今になって、星音の表情に気がついたからだ。


 奏の位置からでは、星音の目線が見えない。

 だが、彼女がこれまでにないほど、鋭い目を向けているだろうことは、なんとなくわかった。


「先ほどあなたは言いましたね。私が、なんで立宮なんかと友達なんだ、と。

 教えてください。なんであなたなんかが、立宮くんのことをバカにした態度を取れるのか」


「あ……え……」


 男子生徒と星音の身長さは、男子生徒の方が高い。星音が見上げる形になっている。

 体格だって、男である男子生徒のほうがしっかりしている。


 ……なのにどうして、星音から発せられる圧力に、体が動かないのだろうか。

 その感情は……まるで怒りのようだと、奏は思った。


「立宮くんのことを、どう見てどう判断するのか……それは、個人の自由だと思います。

 だからこそ、私も私の自由で立宮くんと行動を共にしているのです。そこに、なんの問題がありますか?」


 男子生徒が、奏のことをどうと思うように。星音だって、奏をどう思おうと自由だ。

 そこに、口を挟まれるいわれはない。


「……っ、いや、けど……その、やっぱ釣り合いが、さ……」


「釣り合うだの釣り合わないだの、あなたはその人の外側だけを見て相手を判断するのですか?

 私は、彼の内面を知り、仲良くしたいと思いました。私は、私の判断を間違っているとは思えません。もし間違っている部分があるのなら、ぜひお聞かせ願いたいものです」


「っ……」


 星音からの圧力に、ついに男子生徒はなにも言えなくなる。

 周囲も同様だ。なにも言えない。


 しかし星音は、周囲にも目を向けた。


「周囲で、私が立宮くんに話しかけ始めた結果、いろいろ言われているのはわかっていました。

 今回、立宮くんに直接言ってきたあなたは……陰口を言う人たちよりは、まだ良いと思います」


 周囲からの陰口に、星音が気づかないはずはなかった。

 そのことで、自分がなにか言われるのは、全然構わない。


「私は、私がなにを言われても気にしません。

 ただ、立宮くんが迷惑であるなら、やめるつもりでしたが……」


 そう言って、奏を見る星音。その視線は、どこか不安そうだ。

 視線を向けられ、奏はぶんぶんと首を横に振る。


 それを見て、星音はどこかほっとした表情になった。


「私が、誰とお話をして誰と出かけようと、それを誰かに咎められる謂れはありません。

 私が、誰と付き合うのか……決めるのは、私です。周囲の人間じゃない」


 今一度周囲を見回し、最後に男子生徒を見てから……星音は、断固たる宣言をした。


 これまで星音は、凛と咲いた花のように、おとなしいイメージを持たれていた。

 しかし、今の彼女は……とてもではないが、そんなお上品なものではない。


 己の意見に、覚悟に……なんの後悔もないと、固く立った一本の芯を持った、強い女性だった。


「っはよーっす」


「はぁ、ギリギリセーフ……って、ん?」


 沈黙に包まれる教室……そこに、入ってきた明るい声があった。

 教室に入ってきたのは、猪崎 新太いのさき しんた、そして犬飼 月音いぬかい つきねの二人だった。


 どちらも、クラスの中でのムードメーカー。

 彼らがいなかったことが、現状を招いた要因の一つだったかもしれない。彼らが居ても、なにも変わらなかったかもしれない。


 それでも、今の今まで蚊帳の外にいた二人は……きょとんとした表情で、教室の空気を感じ取っていた。


「えっと……どったの?」


 いつもであれば、賑わいを見せている教室。それが今は、不気味なほどに静かだ。

 それに、いつもは新太が話しかけに行く以外基本ぼっちな奏。彼の周囲に、人がいる。


 その中でも、三人の男子生徒と……うち一人に、猫屋敷 星音が詰め寄っているような、異様な光景が広がっていた。


「……え、っと……」


 さて、この状況をなんと説明したものか……奏は、頭を悩ませた。

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