第16話 猫カフェでの一波乱
駅前からしばらく歩いたところに、目当ての猫カフェがある。
その名前は『パラダイスにゃんこ』、通称『パラにゃん』。
名前からわかる通り、猫カフェだ。店の入り口には看板が立てかけてあり、たくさん猫の写真が貼ってある。
店の前までたどり着いた二人は、店名を確認する。
「待ち時間とかもあるみたいって書いてあったから、覚悟してたけど……普通に入れそうでよかったよ」
「た、た、立宮くっ、は、はやく行きましょう!」
店を……というか猫を前に、
彼女をこのまま放置させるのはかわいそうだ。なので扉を開けて店内に足を踏み入れる。
そして、中に入った瞬間の星音の反応が……
「わぁー!
きゃ、かわわわわ!」
両手を押さえ、目の前に広がる光景に興奮を抑えきれない様子。
入った先に受付があり、その奥の部屋……透明ガラスの扉に仕切られた向こうに、たくさんの猫が見えた。
それを見ただけで、この反応なのだ。
果たして、奥の部屋に入って大丈夫なのだろうかと、奏は少し心配になる。
「いらっしゃいませー。二名のお客様ですか?」
「はい。あ、えっと……この、無料チケットがあるんですけど……」
「あぁっ、あの子扉の向こうからこっち、こっち見てます!
あぁん、かーわいい!」
「わかった、わかったからちょっと落ち着いて!」
猫好きを自負する奏だが、星音の様子に、自分はまだまだかもしれない……と思ってしまった。
わざわざ対抗しようとは、思わないが。
とりあえず、体を揺らす星音を落ち着かせる。
「す、すみません。取り乱しました……」
「あはは……」
なんとか落ち着きを取り戻した星音は、顔を真っ赤にしてうつむいていた。
その様子は、普段の猫屋敷 星音とは似ても似つかない。
普段の彼女は、物静かな印象であり実際にそうだ。しかしこれまで接してきて、猫のことになると普段とは人が変わるのはわかっていた。
いや、もしかしたらこっちが素なのかもしれないが。
しかし、これほどまでに取り乱すとは、さすがに思わなかった。
「ネコちゃんがお好きなんですね」
そんな二人を、受付の女性はほほえましそうに見つめている。
「えぇ、見てのとおりです」
「も、もうっ、立宮くんっ」
「うふふ、仲のよろしいカップルさんですね。
では、滞在時間はいかがなさいますか? 今はお昼前ですし、もしもここでランチをと考えているのなら、フリータイムでしたらこちらのメニューから一品、無料でついてきます。
無料チケットに関しては、滞在時間のみで料理などは、別料金になりますので」
くすくすと笑う店員は、奏たちが猫カフェでどれほど滞在するのかを、聞く。
その際、メニューを取り出し、時間制度とランチ制度についても説明。
一時間区切りでわかれており、三時間を超えるようならフリータイムの方がお得だ。
説明を聞いていた奏は、どうしようかと星音に話しかけようとして……なにやら、星音がもじもじしているのに気づいた。
「どうかした、猫屋敷さん」
「いや、その……あの、店員さん」
「なんでしょうか?」
「今……わ、私たちのこと、か、カップルと?」
どこか恥ずかしそうに問いかける、星音……そこまで聞いてようやく奏も、彼女がなにを問題視しているのかわかった。
先ほどの店員の言葉を思い出すと……
確かに、言っていた。「仲のよろしいカップルさんですね」と。
「はい。えっと、この無料チケットを出されたということは、そういうことなのではないですか?」
対して店員は、あっけらかんとした様子だ。
そして、先ほど受け取った無料チケットを取り出し……二人に見えるように、ある部分を指差した。
それは、チケットの裏側に書かれている、注意事項の一文。
※この無料チケットは、カップル限定です。
……そう、書かれていた。
「!?」
「……っ!?」
文章を読み、その内容を理解した瞬間……二人は揃って、顔を赤らめる。
そのあと星音が奏の顔を睨むように見たのと、奏が星音から顔をそらしたのは、ほとんど同時だ。
星音は、当然カップル限定などと知らない。
それは、奏も同様だった。なぜなら、この無料チケットは……
『よー奏、これやるよ。お前猫好きだし、楽しめるんじゃねえか』
人から……新太から、貰ったものだからだ。
まあ、貰った後に注意事項を読んでいなかったのは、完全に奏のミスだが。
「あの……」
そんな二人の様子に、店員が首を傾げた。
「は、はい!」
「もしかしてお二人……本当はカップルでは、ないのでは?」
眼鏡を光らせ、店員が突っ込む。
それは、奏と星音にとって、鋭い質問だった。
実際に、カップルではない。このチケットがカップル限定と知らなかったとはいえ、そんな言い訳は通用しないだろう。
カップルだと偽って割り引いてもらおうとしたのかと、勘繰られてもおかしくはない。
二人を、怪しむ店員。なんと答えるべきか、言葉が出てこない奏。
そして、星音は……
「い、いえ! 私たちはカップルです!」
「!?」
自分たちはカップルだと、叫び……隣に立っていた奏の腕を、抱きしめるように己の腕の中に引っ張った。
すると、どうだろう……女性の一部だと主張してくる場所が、奏の腕に押し付けられる。
「っ! ……っ!!」
「ね! た、立宮くん!」
「え、あ、は、はいっ」
その感触を受け、奏は先ほどとは別の意味で言葉が出ない。
なんとか絞り出した言葉も、裏返りまくっている。
星音は自分たちはカップルだと言い、奏の腕を組んだ。
その姿を見て、女性の反応は……
「…………」
「……っ」
緊張の、一瞬……
「……ふふ、はい、わかりました。
それではカップルのお客様は、滞在時間はどうなさいますか?」
星音のはったりに騙されたのか、それとも……
やけに"カップル"の部分を主張し、店員は笑った。
それからはもう、星音は恥ずかしくて仕方がなかった。腕に抱いた男の子の腕が太くて硬いし、店員はにこにこしているしで、顔から火が出そうだった。
「では、お二人様フリータイムですね。
ランチタイム等につきましては、奥にいる店員に声をかけてください」
結局、滞在時間はフリータイムとした。
ここで猫と戯れながら、お昼も済ませてしまおうという考えだ。
受付を済ませた二人は……星音が奏を引っ張るように、歩いて行く。
最後まで、店員はにこにこしていた。
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