第15話 猫カフェにお出掛け!



 ――――――



 さて時間は、あっという間に過ぎていく。

 猫屋敷 星音ねこやしき しおんと、猫カフェに行く約束をしてから一週間とちょっと。時間はそれなりにあったはずだが、過ぎてみれば一瞬だ。


 今日は、星音と猫カフェに行く当日。

 奏は、待ち合わせ場所である駅前にいた。休日なだけあって、人の通りは結構ある。


 この駅前には、大きな噴水があることで有名だ。

 だから、待ち合わせ場所にはうってつけ。『駅前』というぼんやりした表現で、すれ違ってしまうことはない。


「はー、緊張する」


 スマホで時間を確認し、さらに近くの時計台でも時間を確認する。

 スマホの時間表示が間違っていないか、確認するためだ。二つの時間は合っていて、今は待ち合わせの三十分前であることが確定する。


 胸に手を当て、奏は深々と息を吐いた。

 なんせ今日は、女子と二人だけでお出かけなのだ。奏にとって、人生初めての経験。


 しかも相手があの星音となれば、緊張具合は上限を超える。


「早く来すぎた……いや、待たせるよりは全然マシ。

 それよか、服は変じゃないよな」


 落ち着かない様子でスマホを弄ったり、一人ブツブツつぶやいている姿は、一歩間違えれば不審者だ。


 スマホで、"にゃいん"のトーク画面を開く。

 そこには昨夜、一番最後に送られてきた星音の一文があった。


『明日、楽しみにしています』


 楽しみにしています……楽しみにしています……


 その文面に、奏は殴られたような衝撃を覚えた。

 それはただの文章だというのに、なぜだか星音に直接言われたような、そんな感覚がある。


 というか、実際に星音の声で脳内再生される。


「俺も楽しみ……とは、送れなかったけど……」


 情けない話だが、奏には「俺も同じ気持ちだ」的な文面を送る勇気はなかった。

 代わりに、『おにゃじく!』という、猫スタンプを送っておいたわけだが。


 ちなみにこれは、猫がバンザイして『同じく!』と言っているのを、猫風にアレンジした言葉だ。


「猫屋敷さんは、楽しみにしてくれ……いやいや、猫カフェが楽しみなだけ、だ。俺と出かけることがじゃない」


 もう何度目かわからない、『勘違いすんな俺のバカヤロウ』を脳内で繰り広げ、首を振る。


 学校では、度々星音から話しかけてきてくれた。情けない話に、奏からはタイミングが掴めないのだ。

 ここで言い訳をさせてもらうと、普段星音の周りには人が集まっている。対して、奏の周りには新太くらいだ。


 なので、話しかけるのは奏から星音より、星音から奏のほうが難易度は低い。

 ……本当に言い訳でしかないのである。


 そんな相手と、一緒に出かけるなどと……

 今日は少し、勇気を出してこちらから積極的に、話しかけようか。


「立宮くん!」


 待っている間も、いろいろなことを考える。

 そんなとき、奏のことを呼ぶ声があった。それは誰のものであるか、考えるまでもない。


 それは、この数日で聞き慣れた女子の声。

 奏は、声の方向へと振り向く。


「すみません、お待たせしてしまいました!」


「! あ、いや……まだ待ち合わせ時間前だし、問題ないよ」


 駆け足で向かってくる星音の姿に、奏は目を奪われていた。

 普段見ることのない、星音の私服姿……その、輝かしいほどの姿に、奏はしばしボーっとしていた。


 いや、奏だけではない……周囲の男性も、星音に注目している。


「ふぅ。先に来て待ってようと思ったのですが」


 奏の正面にて足を止めた星音は、軽く肩を動かしている。

 それだけ、一生懸命に来てくれたということだろう。奏の胸は、あたたかくなった。


 星音の服装は、ロゴの入ったティシャツにデニムのショートパンツといった、どこか大人っぽく感じるコーディネートだった。

 ショートパンツから覗く白い脚が、眩しい。


 さらに、頭には白の帽子を被っている。


「なんか、いつもと印象違うね」


「そうでしょうか? 変ですか?」


「全然! 大人っぽい雰囲気で、すごく似合ってる」


 女の子との待ち合わせだ……まずは、服装を褒めるべし。

 これは、妹空音からねからのアドバイスだ。


 しかし、月並みな感想しか言えない奏は、自分の語彙力を呪う。


「ふふ、ありがとうございます。立宮くんも、普段より落ち着いた雰囲気で素敵だと思いますよ」


 笑みを浮かべる星音は、さりげなく奏の服装も褒めてくれる。

 それを受け、奏は照れくさくなりながらも「ありがと」と返した。


 自分が持っていたものではなく、先週新たに買ったものだ。

 空音と服を買いに行き、彼女のオススメで揃えたカジュアルコーデだ。


 正直、今日のお出かけについて、奏は悩んだ。空音に相談するべきかどうか。

 だが、背に腹は代えられない。気軽に離せる年の近い異性となれば、わらにもすがる気持ちだった。



『はぁ? クラスメイトの女子とお出かけ? はは、妄想乙。

 ……え、マジで言ってんの?』



 相談した直後の空音の反応が、これだ。

 相談した直後に、相談したことを後悔した瞬間である。


 だが、なんやかんや言って空音は協力してくれた。週末には一緒に出かけて服を選んでくれて、女の子に対するアドバイスなんかもしてくれた。


「では、行きましょうか」


「そうだな」


 奏と星音は、歩き出す。

 普段とは違う服装で、隣り合って歩く。これだけでも、緊張してしまう。


 黙ったまま歩くのも気まずいし、なにより先ほど決意したばかりだ。

 奏は、自分から話題を振る。


「その……猫屋敷さんって、パンツスタイルも似合うんだね」


 ここなら、クラスのみんなのではないので、いつもよりは緊張せずに話しかけられる。

 ……ただし、その中身は「お前なんだよその話題は」と自分でツッコんでしまう内容だった。


 しかし、星音は不快そうな表情も浮かべず、少し考え込むような仕草を見せて。


「ありがとうございます。でも本当は、立宮くんとのお出かけだったので、スカートを履きたかったのですが」


 ……立宮くんとのお出かけだったのでスカートを履きたかった……

 これはいったい、どういう意味だろうか。


 奏は、深く考えるのをやめた。


「以前猫カフェに行った時、スカートだと……猫ちゃんが、スカートの中に入ってきて……」


「っ!? げほっ、ごほ!」


「た、立宮くん!?」


 スカートではなく、パンツスタイルを選んだ理由……それを聞いた奏は、なにも口に含んでないのに、むせた。

 その様子に動揺する星音は、自分がなにを言ったのか理解していないようだった。


 何度か咳き込み、落ち着こうと深呼吸をする奏だが……思わず、"その光景"を想像してしまい、顔を赤らめた。


「もしかして、猫カフェが楽しみすぎてむせたのですか? ふふ、かわいいですね」


 心配してくれる星音は、奏の背中を撫でてくれる。

 こうなったのはキミのせいだ、と言いたいが、そんな勇気は奏にはなかった。


 当たり前のようにあんなことを言うなんて、やはり星音は天然なのか……あるいは奏が男として見られていないのか。


 奏は、深く考えるのをやめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る