第7話 告白というもの
「はぁ、終わったぜ。奏、帰ろうぜ」
本日の授業が終わり、
奏はまだ片づけの最中だというのに……新太は、すでに鞄を持ち帰り支度は万端だ。
「帰ろうって、お前陸上部はどうしたよ」
「今日は休みだ」
「へぇ」
陸上部所属の新太は、放課後は部活動へと向かう。
なので、帰宅部の奏とは基本的に、帰りが一緒になることはない。
なので、こういうときくらいいいか、と思った奏は「ちょっと待ってて」と帰り支度を進めていくのだが……
「猪崎ー、この子が話があるんだってさー」
「んあ?」
教室の入り口から、新太を呼ぶ声。
見るとそこには、クラスメイトの男子と……見知らぬ女の子が、もじもじしながら立っていた。
その様子を見て奏は、軽くため息を漏らす。
「あ、あぁ……えっとぉ……」
「あぁ、俺のことは気にせず、行ってこい」
「わり、俺から誘っといて。また埋め合わせすっから」
埋め合わせなんて大袈裟だな、と奏は思いつつ、新太が教室の入り口へ駆けていくのを見送る。
少し話をして、二人はどこかへと移動していった。
その際、クラスメイト(主に男子)からからかいの声が飛んだ。
(またか……)
今のやり取りがなにを指すか、考えるまでもない。クラスメイトたちは、ざわついているが。
奏にとっては今のやり取り、もはや驚くこともないほどに見慣れたものだった。
……奏と新太は、同じ中学出身だ。新太が奏を気にしてくれる理由は、この部分が大きいだろう。
そして、中学の頃からだ……猪崎 新太という人間は、モテていた。
中学の頃から陸上部で、走る姿に惹かれたのか本人のムードメーカー資質か、それとも他の理由か……
とにかく、新太はモテていた。こうして呼び出されるのは珍しくない。
なので奏以外にも、新太をよく知る同中の人間なら、たいして驚きはない。
驚くことがあるとすれば、新太のモテ気質は高校でも健在だ、ということだ。
「……帰ろ」
モテる友人を持つと、妬みやら嫉妬やらを感じると思っていたが……初めの頃はともかく、今ではその感情はない。
もちろん、うらやましいという気持ちはある。だが、それ以上に……
告白されても恋人を作らない新太の姿に、なぜ、と思う気持ちが強かった。
「あの子もフラれるのかねぇ」
帰り支度を整え、教室を出つつ、奏は先ほどの光景を思い出した。
一瞬見ただけだったが、なかなかかわいい子だった。だが、あの子の告白が実ることはないだろう。
恋人を作らない理由。それはわからない。
だが、中学の頃は後輩や、先輩からも告白された。言っては悪いがあの子より、もっとかわいくてきれいな人もいた。
それでも、新太は誰とも付き合わなかった。
「立宮くん、今お帰りですか?」
「え……」
下駄箱で、靴を履き替える。
そのタイミングで、かけられた声があった。鈴のように、透き通る声だ。
履き替える靴に落としていた視線を上げると、そこには美しい黒髪が、揺れていた。
「猫屋敷さん……?」
「立宮くんは部活、入ってないんですね」
「あぁ。猫屋敷さんも?」
「えぇ。シロのお世話とかもありますから」
自分の靴箱の前に移動し、靴を履き替える星音。
その、当たり前の動作だけで、もう絵になってしまう。
「……」
今のやり取りに違和感が引っかかりながらも、奏はそのまま靴を履き替える。
「ご友人、女の子に呼ばれてましたね……お知り合いなのでしょうか?」
なんとなく、隣り合って歩くことになった。
ただ、距離は一定以上、空けている。
先ほどの光景が、星音も気になったのだろう。
しかし、今の言い方は……
「いや、あれは初対面だと思うよ。告白のために呼び出したんでしょ」
「……告白?」
新太が女子と消えていった理由に、心当たりがなさそうな星音。
とぼけているのだろうかと思いつつ、奏は疑問の答えを述べる。
それを聞いて、星音は目をぱちぱちさせている。そして……
「そうですか……あれが、告白というものですか」
合点がいったとばかりに、頷いた。
しかし、おかしなことを言うものだ。
「猫屋敷さんだって、経験あるでしょ」
「いえ、ありません」
……どうしてだろう。会話が成り立たない。
「えっと……猫屋敷さんだって、告白されたときは呼び出されるでしょ? それと同じだって」
まるで、告白というものを初めて目撃するような、そんな言い方。
まさか、そんなはずがない。あの猫屋敷 星音だ。
しかし、星音は……
「告白……されたこと、ありませんよ?」
平然と、言い退けた。
「……え」
「え?」
その答えに驚くのは、奏だ。
告白をされたことがない。奏のような人種はそれも充分にあり得るが、あの猫屋敷 星音だぞ?
理解が、追いつかない。もしかして、彼女なりの冗談だろうか。
メッセージのやり取りでも、意外とお茶目な部分があるというのは、わかった。
……だが、その目はきれいでとても澄んでいて、とても嘘をついていたりとぼけている様子では、なかった。あと見つめ続けると照れる。
「マジで?」
「マジです」
これは……あり得るのだろうかそんなこと。
遠めに見ても美人だというのがわかり、成績優秀。物腰柔らかく、性格の良さや頭の良さを鼻にかけることもない。
まさに、高嶺の花……
「……!」
そこまで考えて、ふと思った。誰もがうらやむ高嶺の花……
だからこそ、ではないか。
自分が告白しても、届かない。そう思う男子は数知れないだろう。
だから、告白自体をされたことがない。告白されまくっている新太とは、逆だ。
モテはするのだろう。だが、それが告白にまで結びつかない。
クラスの高嶺の花の、思いもしない真実に、奏はしばらく言葉を失っていた。
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