第6話 おすそ分けです♪
「かーなーでー」
「ぅおっ!?」
背後から、地の底から響くような声がして、奏は反射的に肩を跳ねさせた。
そして振り返ると、そこには先ほどトイレに行った、新太の姿があった。
「な、なんだお前か。脅かすなよ」
「驚いたのはこっちだよ! なんだよあれ!」
「あれ?」
「さっきまで、猫屋敷さんと話してたろ!」
興奮気味に話す新太が指摘するのは、先ほど奏と会話をしていた
そして新太は、奏の隣を指差す。
そこは先ほどまで星音が座っていた場所で、その前は新太が座っていた場所だ。
「まあ、な」
「まあなじゃねぇだろ!」
とんでもなく興奮している新太を前に、奏は冷静だった。
なんというか、自分よりも慌てている人間がいると、落ち着いてしまうのだ。
新太は、ここに星音がいたのだとうるさく話している。
その星音は、ついさっき鳴った予鈴を受け、一足先に教室に戻っていった。
なので、奏もそろそろ戻らないとまずいわけだが……
「なあ新太、興奮するのはいいけど、戻ろうぜ。休憩終わっちまう」
「なんでそんな冷静なんだよ!」
「なんでお前はそんな騒いでるんだよ」
荷物を片付け、教室に戻る準備を進める奏。
とはいっても、すでにゴミもまとめているため、そこまで準備するものもないのだが。
近くのゴミ箱にゴミを捨て、奏は教室に向かって足を進める。
「お前、説明しろよ!」
「わ、わかったよ……けど、時間ないしまた今度な」
「えぇー」
えぇー、じゃない。
「……」
それから、騒がしい新太を適当にあしらいながら、奏は教室に戻る。
ふと、視線を向けた先には、窓際の席にいる猫屋敷 星音の姿が目に入った。
彼女に視線を向ける者は多いが、当の彼女は窓の外を見ていた。
……ふと、星音の首が動き……その視線は、とある場所へと向いた。
そして、うっすらと、笑みを浮かべた。
「!」
教室に入るため扉の近くにいた奏は、その視線を受け息を呑む。
星音が、奏に向かって微笑んだ……そう、感じてしまったからだ。
だが……
「おい、今猫屋敷さん俺に微笑んだぞ!」
「ばっかそりゃ俺だよ!」
「いやいや僕に決まってんだろ!」
扉付近にいた男子たちは、声を押し殺して騒ぎ始める。
視線がこちらに向き、微笑みを向けられれば誰しも、それが自分に向けられたものだと思ってしまう。
いや、思いたいのだ。
奏もまた、これはきっと気のせいだろう……変に期待するな、と自分を戒める。
その直後、後ろから担任が、教室へと入ってきた。
「うーい、席つけー。授業始めんぞー」
わいわいと湧いていた教室は、徐々に静まりを取り戻していく。
奏も自分の席へと、戻った。これから、午後の授業だ。
眠くならないように、集中しないとな……と思っていたときだ。
スマホから、着信を知らせるバイブが震える。
学校では、音が鳴ってしまわないようにバイブモードにしている。
奏は周囲に気づかれないように、スマホの画面を操作し、届いたメッセージを見た。
そこに表示されていた名前は……先ほど連絡先を交換したばかりの、猫屋敷 星音だった。
『ウチのシロ、おすそ分けです♪』
「!?」
表示されたのは、写真。そこには、一匹の白猫……星音の飼い猫であるシロが、映っていた。
しかも、ただ映っているわけではない。
猫じゃらしのような猫用のおもちゃに向かって、猫足を繰り出している。躍動感ある、写真だ。
「ぁ……!」
やばい、と思った奏は、とっさに口を閉じた。
その理由は、実に単純。このままでは、あまりの衝撃に叫んでしまいそうだったから。
奏にとって猫の写真は、素晴らしい価値のあるものだ。猫好きだが家の事情で猫を飼えない奏にとっては、ネットで猫の写真を探る時間は至高の時間だ。
その猫の写真が、星音から送られてきた。
"猫屋敷 星音からメッセージが送られてきた"。"猫のハチャメチャな写真が送られてきた"。
どちらか一方だけでも、奏にとっては大事件だというのに……
「猫屋敷さんから、猫の写真が……」
それも、かなり勇ましくそれでいてかわいい写真だ。
これまで数々の猫写真を見てきた奏には、わかる。これは、猫を真に愛している人にしか撮れない、写真だと。
こんな写真をおすそ分けしてくれるなんて、これは菓子折りの一つでも渡したい気分だ。
ただ……
(なんで、わざわざ授業中……?)
下手をしたら、授業中に奏の悶絶声が響き渡ることになっていた。
それはまずいし、そもそも、だ。
あの真面目な猫屋敷 星音が……授業中に、スマホで写真を送ってくるなどと。しかも『♪』つきで。
ふと、星音の席へと視線を向けた。彼女はすまし顔で授業を受けているのか、それとも……
(……あっ……)
……こちらを見ている星音と、目があった。
彼女は奏を、見つめていた。その表情は、どこかいたずらめいたもの。
とっさに、奏は姿勢を戻す。
(た、たまたまだよな?)
たまたま、星音も奏を見ようとした……奏が星音を見たタイミングと、たまたま合っただけだ。
そうでなければ……いや、それは考えすぎというものだろう。
もし、タイミングが合っただけだとしたら……それはそれで、運命的なものを感じる、気もするのだが。
その後奏は、メッセージを返した。『素敵な写真ありがとう』と。
すると、星音から猫のスタンプが返ってくる。黒猫が敬礼して、にゃと鳴いているスタンプだ。
(……なんか、イメージ変わるな)
授業中に、こんなやり取りをしているだなんて。
彼女にも、ちょっとおちゃめな一面が、あるのかもしれない。なんだか今まで知らなかった一面を知れて、嬉しい。
それからメッセージのやり取りは止まり、授業を受けるのを再開するが……奏の頭は、送られてきたシロの写真で、いっぱいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます