第30話 二人きりの楽しい時間



 奏と星音しおんは、隣り合ってソファーに座っていた。

 間にシロを挟んではいるが、お腹いっぱいになったのか、シロはすやすやとお休みタイムだ。


「本当に、寝るのが好きなんだな」


「立宮くん、シロを撮りたければご自由にどうぞ?」


「マジで!?」


 若干ウズウズした様子の奏の様子を、星音は見逃さない。

 許可をもらい、早速奏はスマホを撮りだした。


 シロのお休み写真なら、たくさん送ってもらった。

 しかし、それはそれとして自分で撮ってみたいのだ。


 スマホのカメラモードを起動し、寝ているシロに狙いを定める。そして、シャッターボタンを押す。

 あらゆる角度から撮り、時には連写モードで。


「おほ、おほほ、うぉほほほ!」


「楽しそうですねぇ」


 シロの撮影会に、奏のテンションは爆上がりだ。その姿を、星音は楽しそうに見ていた。

 時間にしてきっかり五分。ほっこりした奏は、ようやくスマホを収めた。


「はぁ……良かった」


「それならなによりです」


 まるでお風呂上がりにリラックスした状態かのような、奏。

 正直、猫カフェでは奏よりもテンションがおかしかった星音だ。奏のテンションおかしな姿を見るのは、新鮮で面白い。


 その視線に気づいてか、奏は恥ずかしそうに笑った。


「でもまさか、夢みたいだよ」


 だから奏は、恥ずかしいついでに思っていたことを、口にする。


「夢……シロの写真を撮れたことがですか?」


「それもだけど……猫屋敷さんの家で、こうして一緒に過ごしていることがさ」


 思い返すように、奏はソファーに深く腰掛ける。

 今日、こうして星音の住んでいるアパートに来て、一緒にご飯を食べて、そして並んで座っている。


 こんなこと、入学当初の自分に言ったって、信じてもらえないどころか鼻で笑われるだけだ。


「……そうですね。私も、こんなことになるとは思ってませんでした。

 それもこれも、シロのおかげですね」


 微笑む星音は、寝ているシロの頭を優しく撫でる。

 シロを見つめる目は優しく、どこか母性を感じさせる。もし、今撫でられているのが自分だったら……なんて、奏はつい考えてしまう。


 彼女の言うように、シロがいなければこの時間はなかっただろう。

 あの日、雨の日に雨宿りしていた奏は、シロと会って。そこに、星音がやって来た。


 その後話しかけてくれたのは星音なので、すべてがシロのおかげ、というわけでもないが。


「……そういえば、似たようなことが前にあったような……」


 あの日のことを、思い出して。ふと奏は、さらに思い出しそうなことがあることに、気づく。

 しかし、そこまでだ。過去になにか、似たようなことがあった……そこまでは、思い出せた。その先は、ぼんやりしている。


 昔のことだし、忘れていても無理ないことではあるが……


「似たようなこと、ですか」


「うん。けど、具体的に思い出せない」


「……そうですか」


 なぜだか星音は、小さく笑った。


 それから奏と星音は、話に花を咲かせた。

 二人きりだと緊張してなにも話せなくなる、と思っていたのだが……シロのおかげで緊張が解けたのか、スムーズに話すことができた。


 話題はもちろん、猫のこと。いったいいつから猫を好きになったのかとか、自分はどれだけ猫が好きだとか。


「シロは、私が中学生になった頃、両親からのプレゼントで来てくれたんです。両親は元々、出張が多く家を空けることも多かったので。

 さすがに小学生の頃は、危ないと判断されたみたいで」


「動物ってなにするかわかんないもんな。俺も、小学生から……てか、気づいたら猫が好きになってたな。

 よく野良猫を家に連れ帰って、母さんがくしゃみしながら怒ってたっけ」


「ふふっ、なんだかおかしい。

 お母様にも、お菓子のお礼をしなければいけませんね」


「いいって、そんな固く考えなくても」


 教室では、挨拶を交わす程度の関係。それでも、これまでの二人を……というか星音を知っているクラスメイトからしたら、驚くべき光景だ。

 普段話せないからだろうか。二人の話題は、尽きることはなかった。


 次には、この間の猫カフェのことに。


「そういえば大丈夫だった? シロは浮気疑ってなかった?」


「はい。帰ったらすぐに、シャワーを浴びに行ったので。なにもにおいは残っていなかったのか、存分に甘えてきましたよ」


 どこか自慢気に答える、星音。

 シャワーという単語に、つい男の子スイッチが入ってしまいそうになった奏だが、邪念を払うように首を振る。


「なんだか、悪いことをしてきたみたいで、少し心が痛かったですけれど」


 そうやって、困ったように笑う星音が、印象的だった。


 また次には、それぞれの友人の話に。


月音つきねとは、小学校からの付き合いなんです」


「へぇえ。てことは、家はこの近くなんだ?」


「えぇ。近いからという理由ですけど、二人一緒の高校に通えて、嬉しいんです。

 立宮くんは、猪崎いのさきくんとは?」


「あいつとは中学からの付き合いだよ」


「だからあんなに仲が良いんですね」


「そっかな。まあ俺なんかにも、すげー親しく話してくれてさ。おかげでぼっちにならずに済んでる」


 口にはしないが、新太には感謝している。

 その思いを口にした奏だったが、なぜだか星音はぷくっと頬を膨らませている。


 それは、なにかが不満だという、表れだった。


「な、なにか?」


「立宮くん。自分のことでも、"なんか"という言葉を使ってはだめです。

 それは、立宮くん本人だけでなく、立宮くんを好ましく思っている私の評価も下げる言葉ですよ」


 それは、奏が奏自身のことを、卑下したことに対する不満だった。

 まさか、自分のことでこんなに怒られるとは思っていなかった奏は、目を丸くする。


「……ごめん」


「わかればよろしい。

 人が言うのはもちろんですが、自分で自分を下げる言葉はいけませんよ。先ほども言いましたが、あなたを好ましく思っている人間の評価も、下げることになりますから」


「肝に銘じます」


 しゅん、と反省した様子の奏に、星音は満足そうな表情を浮かべた。

 自分で自分を下げるような行いは、星音には許すことのできないもののようだ。


 こういうところが、星音の気高さを作っているんだろうな……と、奏はぼんやりと思った。


「みゃ、は……」


「あ、シロが起きましたね」


「本当だ」


 二人の間に流れた、しばしの沈黙。

 それを打ち消すように、今まで眠っていたシロが、目を覚ました。ぐっすりお休みできたようだ。


 起きたシロは、元気そのもので……その後は、日が暮れるまでシロと遊んだり星音と話した、奏であった。


 そして、このときの奏は、思いもしなかった。後に、学校の教室で、あんな事態が起こることになるとは……

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