第10話 親友参上!
学校に到着すると、誰かから背中越しに、声をかけられる。
その相手は奏ではなく、
「しおーん! おっはよー!」
「わっ……おはようございます、月音」
奏の隣を歩いていた星音の体が、前のめりに揺れる。
そのまま倒れてしまうことはなく、体勢を維持する。
体勢が揺れたのは、星音の背後から誰かが抱き着いてきたからであり、その人物も星音を押し倒そうとしての行動ではない。
「うーん、今日も朝からいいにおいだねぇ星音」
「や、やめてください恥ずかしいです」
ぎゅっと星音に抱き着いたままの女子は、星音の肩に額を押し付けている。
星音も、言葉では嫌がっているが本気で嫌がっている素振りはない。
これは、彼女たちの日常なのだ。
「くんくん……あ、立宮じゃん。おっすー」
「お、おはよう犬飼さん」
星音に夢中だった彼女は、隣にいた奏にようやく気付く。
彼女は、
男子の中心人物が新太なら、女子の中心人物は彼女と言える。
物静かな星音と、元気いっぱいの月音。この不思議な二人の組み合わせは、クラスの中でも有名だった。
「まったく、いつも元気ですね月音は」
「ま、それだけがアタシの取り柄だからね!」
ようやく星音から離れ、月音は腰に手を当ててえっへん、と大きくない胸を張る。
風に吹かれて、赤茶色に染めたショートボブが揺れた。
登校時に今日初めて一緒になった奏にとっては、これもいつものやり取りなのだろうかと考える。
それから月音は、奏と星音を交互に見る。
「ていうか、二人もしかして一緒に登校してた?」
「!」
その疑問も、当然だろう。突っ込まれて、奏の肩が少し跳ねる。
ついさっき、星音とお話するのは迷惑ではない……と話したばかりだが。それはそれとして、星音の親友である月音の反応が怖い。
もしかしたら、「アタシの星音に近づかないで!」なんて言われるかもしれない。
「えぇ。先ほど偶然会ったので。ですよね、立宮くん」
「えっ。あ、あぁ、そうなんだ」
さてどう答えるのが正解か……と考えていたところへ、動じることなく星音が答える。
それは、事実であり嘘ではない。なので奏も、それは本当だとうなずくことができた。
その答えに、月音は「ふーん」とうなずく。
「でも、登校中に会ったから一緒に登校なんて、珍しいよね。
それに、昨日は星音の方から立宮に話しかけてたわけだし」
立ち話もなんだし、下駄箱まで足を進めつつ、月音は追及する。
やはり、昨日のアレが気になってない人はいないのだ。本人の知らないところでも、結構話題になっている。
これは、自分が答えるべきかそれとも親友の星音に任せておくべきか……
対応を考えていると、そのとき不思議なことが起こった。
「ふふっ、えぇ……立宮くんは、"猫派"だったみたいで、すっかり意気投合してしまいました」
星音が、笑ったのだ……いや、笑顔自体なら昨日、作り物ではない本物の笑顔を見た。
だが、今の笑い方は……少し、違った。
まるで、相手を挑発するかのような……小悪魔的な、意地の悪い笑顔だった。
見たこともない表情に、自分が笑みを向けられたわけではないのに、奏はゾクゾクしてしまう。
いや、それよりも、だ。今……
「な、なな……なん、だって……!?」
足を止めるのは、月音だ。それに続いて、星音……遅れて奏も足を止めた。
もう下駄箱は目と鼻の先だというのに、どうしたのだろう。
驚愕に表情を染める月音は、固まっていたかと思えば奏に歩み寄ってきて……
肩を、思い切り掴んだ。
「わっ。いい、犬飼さん!?」
いきなり女子に肩を掴まれ、それほどまでに接近され、奏は慌てていた。
月音は、クラスで目立たない奏にも話しかけてくれる。だが、これほどまでに近づかれたのは、初めてだ。
彼女の整った表情から、思わず目をそらす。だが、彼女の真剣な瞳が奏を射抜く。
まるで、これから告白でもされるのではないかという空気。
そして……
「立宮くん、ね、ねね、猫派なの!?」
ぐんぐんと体を揺らされて、こう問い詰められた。
「へ?」
その言葉の意味を理解するのに、奏はしばらく時間を要した。
いったい、なにを言われるのかと思ったら……猫派か、だと?
困惑する奏とは対称的に、月音は至って真剣だ。
それに、いつも「立宮」と呼ぶのにくん付けになっているあたり、動揺もうかがえる。
「ねえ、そうなの!? 猫が好きなの!?」
「え、えぇ、まあ……」
奏を問い詰めるが、だからといって答えが変わるわけでもない。
猫好きだと答える奏……その答えに、月音はぷるぷると震え、奏の肩から手を離して後ずさった。
「そ、そんな……ねえ、犬は!? 犬は好きじゃないの!? 犬の方が猫より好きじゃないの!?」
「えっと……」
「諦めてください。立宮くんは大の猫好き……ウチのシロを、我が子のように愛でてくれました」
我が子のようにはどうだろう……というツッコミは、ひとまず置いておく。
まだ認められないのか食い下がろうとする月音。対して星音は、勝ち誇ったような表情を浮かべている。
今のセリフに、犬の方が猫より好きじゃないの、というものがあった。
そして、直前に星音が言った"猫派"という言葉。
そこまでの言葉を整理して、奏は理解する。
これは、猫や犬といった動物を飼っている人たちにとって、切っても切り離せない問題なのだと。
勝ち誇る星音は、"猫派"。そして負けたように歯を食いしばっている月音は、"犬派"。
これは、そう……親友同士による、"猫派"と"犬派"の対決なのだ。
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