第9話 登校中の出会い



「立宮くん、おはようございます」


「! お、おほよう」


「ふふ、なんですかその挨拶」


 翌日……登校中、背後から声をかけられ、奏は小さく肩を跳ねさせた。

 振り向くと、そこには光沢が輝く黒髪を風に揺らす美少女、猫屋敷 星音ねこやしき しおんがいた。


 昨日は教室であったが、今日は登校中……

 教室で話しかけられるよりは周りの目がないだけ幾分マシだが、それでも彼女に話しかけられると、心臓が飛び上がってしまう。


「まさか、登校中に話しかけられるとは……」


「お嫌でしたか?」


「お嫌ではないけど……まさか、二日続けて話しかけられるとは……」


 これまで、登校中に星音の姿を見たことはない。見ればわかる。

 遠目に見たって、彼女がそこにいるとわかるのだ。なんというか、オーラのようなものが出ている。


 意識していなくても、登校中に見かければ彼女がそこにいることくらいは、認識できる。

 なので、登校中にこうして会うのは、初めてだ。


「クラスメイトのお友達に話しかけるのに、なにか問題が?」


 なんとも純粋な瞳で、聞いてくるものだ。


「普通は問題ないけど……ほら、猫屋敷さんは人気だからさ。猫屋敷さんと話してたら、みんなから嫉妬されちゃわないかなーなんて……

 ……って、なにその顔」


 実際、昨日星音が奏に話しかけてきたことを気にしている者は多い。

 挨拶だけで、ホームルーム後の詰め寄られはすごかった。挨拶だけでだ。


 教室で親し気に会話をしようものなら、クラスメイトがどんな反応を取るかわからない。

 中には星音を天使か女神かのように信仰している人もいると聞く。そういった連中に目をつけられたら面倒だ。


 話を続けようとした奏が言葉を途中で切ったのは、星音に向けられる視線が変わったと感じたからだ。

 ジトーっと、鋭い視線を向けられている。


「えっと……」


「私は、立宮くんと話したいから話をしているんですよ。他の人の目なんて関係ありません。

 ……それとも、立宮くんにとって迷惑なら、仕方ないですが私は……」


「ないない! 迷惑なんて! 絶対ない!」


 鋭い視線から一変、どこか不安そうな表情になる星音は、ポツリとつぶやく。

 その様子に、奏はやってしまった、と思った。


 せっかく話しかけてくれるのに、それを蔑ろにするなど。

 どんな理由にせよ、それは星音を不安にさせるには充分だった。


 だから、奏は慌てたように言葉を続ける。


「今のは、言葉のあやっていうかその……なんていうか、迷惑とかでは、全然ないから!」


 正直な話、星音と話せるのなら他の男子からの嫉妬くらい甘んじて受けよう。

 それくらいの気持ちはあった。面倒だと思う気持ちと、だからやめてほしいという気持ちはイコールではない。


 迷惑ではないと聞いて、星音の表情が明るさを取り戻した。


「それなら、よかったです」


 ……今までイメージしていた猫屋敷 星音という人物は、他人の言葉に左右されないような、硬派なイメージがあった。


 だが、蓋を開けば奏の言葉に、一喜一憂。見ていて実に面白い。

 そんな星音が言ってくれた言葉に、奏は勇気を持って踏み込んでみることにする。


「それで、えっと……俺は猫屋敷さん的に、友達って認識でいいの?」


 先ほど、お友達と言ってくれた。それに、昨日帰り道でもだ。

 一度だけならともかく、二度もとなれば聞き間違いとは思えない。


 また、星音も意識的にしろ意識的でないにしろ、お友達だという認識を持っていることになる。

 だが、勝手な思い違いの場合もある。なので、確認は大切だ。


 星音の、返答は……


「お嫌でしたか?」


「お嫌じゃないです」


 奏の疑問を肯定する、ものだった。


 先週までは、一言二言交わせばいい程度の、同じクラスの一員というだけの関係だった。

 それが、まさかクラスメイトからお友達にランクアップとは。人生、なにが起こるかわからない。


「俺はてっきり、猫好きの同市ってだけかと……」


「……私は、立宮くんとお友達になりたかったですよ。だからあんな言い方をしたのかもしれません。

 シロの写真も、お友達だから送ったんですよ」


「それはありがたい」


 実は昨日、学校から帰ってから、昨夜の間にシロの写真が新たに三枚送られてきた。


 あくび中のシロ、体をきれいに拭いてもらっているシロ、就寝中のシロ。

 それはとても眼福なもので、奏の頭の中では白猫に囲まれる夢が出てきたほどだ。


「そういや、ちゃんとお礼言ってなかった。ありがとう」


 当然メッセージでお礼は言ったが、やはり直接も伝えなければ。

 お礼を受け、星音は「ふふっ」と柔らかく笑った。


「そんなに喜んでもらえたら、よかったです。

 私と立宮くんは、シロをきっかけにお友達になった関係……いわば猫友ですからね。これからはいい写真が撮れたら、共有しましょう」


「うわー、すげー嬉しい。けど、貰ってばっかってのもな……」


 奏と星音、二人の関係はただの友達ではない。猫を通じて仲を深めた、猫友だ。

 これからも、シロの写真を送ってくれるという星音。それはありがたいが、同時に申し訳なく思う。


 共有とは言うが、このままでは奏は与えられてばかり。

 奏も猫を飼っていれば、お互いの猫の写真を送り合えるのだが。


 野良猫を見つければ写真を撮るのが通常運行の奏だが、最近は野良猫も減ってきている。

 ネットの猫写真を使うなどは、もってのほかだ。ああいうのは自分が楽しむもので、人に送るものではない。

 まして、彼女は自分の飼い猫がいるのだ。


「そんなに気にしなくてもいいのに。私は、シロの話ができるお友達ができただけで充分ですよ?」


「そうはいかないよ。俺だってちゃんと、猫屋敷さんになにか送りたい」


「……ふふっ、そうですか。では、考えておいてください」


 隣り合って歩くのは恥ずかしかったのに、今はまったく気にならない。

 腕を組み考えを巡らせる奏と、微笑みを浮かべる星音。


 これまでになかった景色を歩む二人は、話に夢中になっていた。


 いつの間にか周りには、同じ学校の生徒が増え……校門まで、あと少しというところまで来ていた。

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