第14話 俺の休日は混沌と化している

「まあ、いいわ。この件については、別のところで聞きたいから。ちょっとついてきてくれない?」


 ビルの間にある裏路地通り。その場所で、今日の暑さに適していない黒い上着と、黒いスカートを身に纏う、紫詩乃むらさき/しの先輩から冷たい口調で言われていた。


 先輩から直接的に告げられると、心に突き刺さるように苦しくなる。


 逃げたいんだけどな。


 そう思っていても、逃れられない運命にあるらしい。


 先輩に見つかってしまった以上、この件について詳しく説明するしかないだろう。


「わ、分かりました」


 鈴木翔すずき/しょうは頷き、この現実を出来る限り、受け入れることにした。


「それと、あなたもよ」

「私もですか?」


 先輩の視線は、翔の隣に佇む湯浅充希ゆあさ/みつきにも向けられていた。


 充希も同罪であり、逃げさせないつもりだ。


「そうに決まっているでしょ。しかも、二人で遊んでいたんだし。それに関しても詳しく聞きたいから」

「しょうがないですね。わかりました」


 充希は普段通りに話していた。

 そんな彼女は、翔と紫先輩との関係性を知らないのだ。


 知らないからこそ、何も気にせず立ち振る舞うことが出来ているのだろう。


 無知というのは、状況によっては幸せに感じる。

 だが、翔からしたら、彼女が口を滑らせないか、それが不安でしょうがなかった。




「この近くに、お店があるから。そこに行きましょうか。そろそろお昼頃ですし、お腹も減って来た頃でしょ?」


 二人は先輩から心を見透かすような目を向けられていた。


 確かに、お腹は減っている。


 逃げ場を奪うようなやり口だった。


 翔は考え込みすぎてお腹が痛くなってきた。


 充希は普通な表情で立ち振る舞っており、先輩は少しばかり企みのある表情を見せていたのだ。


 これから迎えるのは、地獄かもしれない。






「それで、どうして二人はこの場所に訪れることになったのかしらね?」


 街中のファミレス。

 翔と充希が隣同士で座っているソファの反対側に、先輩が一人で座っている。


 その一か所だけ、真っ黒な空気感が漂っていた。

 ゆえに、周りの人らもそれを察してか、距離を置きつつあった。


「それはですね……元から充希から一緒に遊ぶことになっていて。でも、これは友達として関わっていただけであって。紫先輩が思うような関係ではないので」

「そう? でも、嬉しそうに歩いていたわよね?」

「え?」


 先輩から鋭い指摘があった。


 もしかして、見られていた?

 ま、まさか、それはないだろうな。


 と、翔は心の中で思いたかった。


「私、最初っから見てたから」

「……え? 最初からっていうと?」

「それはあなたが、十時頃、街中にやって来た頃からよ」

「それって、ストーカーでは?」

「そんなことはないわ。そもそも、土曜日は用事があるって言っていたけど、誰と関わっているのか知りたかっただけ。そういう変なモノと一括りにしないでほしいわ」


 紫先輩はすました顔をして、その場をしのいでいた。


 先輩は咳払いをしたのち、テーブルに置かれていたコップの水を飲んでいた。


「それと、あなたは、どう思って、翔と遊んでいたの?」


 今度は充希へ会話を振る。


「私は、元々は小説のモデルになってほしかったので。それで、翔と関わっていた感じで。私、小説を書いていたので、そのモデルですね」

「へえ、モデルね。どんな作品なの?」


 先輩は興味ありげに、充希の言葉に食いついてきた。


「それはですね。ちょっと待ってくださいね」


 え?

 まさか、アレを見せるのか⁉


 翔の心臓の心拍数が数段階ほど高まっていた。


 アレは絶対に見せてはいけないし、それ以上、そのジャンルについて口にしてはいけないと思う。


 翔は左隣にいる彼女を全力で止めようとするが、すでに遅かった。


 充希は先ほどの買い物袋から、あの書店で購入した一冊の書籍を見せていたからだ。


 その表紙にはブックカバーなど取り付けられていない。


 そのままの状態であり、そのエッチな表紙を見た瞬間から、先輩の目は点となり。その状況を把握し始めてから、みるみる内に表情を赤らめていた。




「あ、あなた達って、こ、こういうのを購入していたの?」

「そうですね。私、こういうジャンルのを普段書くので、定期的に参考書的な感じに購入していたりしますね」

「というか、こういう本は買っちゃいけないんじゃないの?」

「それはそうなんですけど。これは十七禁って仕様になっているので、あからさまな描写はないんです」

「そ、そうかもしれないけど。え、え⁉ と、それと! 早くその表紙を隠したら!」


 顔を紅潮させる先輩から強い言葉を、充希は受けていたのだ。


「今日は土曜日だから、家族ずれの方もいるでしょ」

「そうですね、すいません、すぐに片づけますね」


 そう言い、彼女は買い物袋に隠し、最終的に、バッグにそれらを押し込んでいた。


「その本のジャンルを普段から書いてるっていったわよね?」

「はい」

「では、モデルっていうのは、そういうエッチなモデルってこと?」

「そうかもしれないですけど。過激な感じではないですから」

「で、でも……」


 先輩は焦っていて、活舌がおかしくなっていた。


「で、でも! 最終的に、そういうえッなことになるんでしょ?」

「それは、どうですかね」

「それ、ちゃんと聞きたいんだけど」


 先輩と充希の会話がヒートアップしつつあった。


「でも、どうしたんですか。先輩、さっきから赤いですけど。そんなに慌てる必要性ってありました?」

「あ、あるの!」


 先輩は口を慎み始めるが、その怒りの矛先が翔へと向けられ始めていたのだ。


 翔はひたすら気まずげに俯く事しかできなかった。


 充希は本当に、何も知らない。

 翔と、紫先輩が諸事情により、付き合うことになっているのをまったく知らないのである。


 地獄というより、混沌としており、実にカオスな感じだ。


 どうしたらいいのか、今の翔にはわからなかった。


 それに、今日の午後からは、後輩の香奈かなと遊ぶことになっているのだ。


 スマホの時計を見るたびに、心拍数がさらに加速していく。


 先輩は、翔の顔をジッと見ている。


 この環境からはどうしても離脱できないと、悟ったのであった。

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