第17話 私の小説に生かしたいんだけど

 あの日、あの土曜日にファミレスで色々なことがあった。


 本来であれば平穏な環境下で、比較的平凡な休日を過ごせるはずだった。

 けれど、その均衡がいとも簡単に崩れ去ったのだ。


 絶対に、紫詩乃むらさき/しの先輩だけにはバレてはいけないのに結果としてバレた。

 それが大きな要因であろう。


 あの日のファミレスで、多方面から問い詰められ、しまいには、翔は充希や香奈かなに事の経緯を説明することになった。


 以前学校の図書館で、翔は紫先輩の豊満なモノを触ってしまい。その責任を取るために付き合うことになってしまったと――


 二人の彼女らは理解してくれたものの、すべての原因は翔だということになり、翔の立場は以前よりも危うくなった。




 それから二日が経過し、今日は月曜日。


 き、気が重いんだけどな……。


 嫌々な気分のまま鈴木翔すずき/しょうは普段通りに学校に登校し、それから教室に入り、自分の席に座る。


 特に代わり映えのしない空気感が、その朝の教室には漂う。

 がしかし、少しだけ、違う雰囲気も漂いつつあった。


 丁度、学校に登校してきた、充希から軽く肩を叩かれ、挨拶をされたのだ。


「お、おはよう」


 翔は首だけ振り返り、近くに佇む彼女を見やると、軽く挨拶を返しておいた。


「ねえ、ちょっとだけ話したいことがあるんだけど、いい?」


 湯浅充希ゆあさ/みつきから満面の笑みを浮かべられ、そう問われた。


 嫌な感じしかしない。


 女の子が意味深にも笑みを浮かべるという事は、何か裏があると思った方がいいだろう。


 しかし、あからさまに断るというのも何か違うような気がした。


 だから、一応は彼女の誘いを受け入れることにしたのだ。




 しぶしぶと、翔が席から立ち上がろうとした時、担任教師が入ってきた。


「今日はちょっと早いけど、始めるから!」


 教室内の掛け時計を見やると、朝のHRが始まる五分前を針が示している。

 いつもなら一分前に訪れる先生だが、今日は連絡事項が多いらしい。


 先生は壇上前に佇み、連絡フアイルの整理を行っていた。

 よほど急いで学校に来たようで、話す内容をちゃんと決めていないようだ。


 そんな中、周りのクラスメイトも各々の定位置に座るが、まだ話したりたいのか、隣の人らと会話を続けていた。




「もう先生来たの。でも、しょうがないっか。じゃあ、翔、この件はあとでね」


 充希から耳元で囁かれた。

 彼女の声で、内面を擽られるような感覚に陥る。


「……ああ、分かった」


 翔は胸を撫で下ろすように、席へ座り直す。


 一時的ではあるが、難を逃れた。


 がしかし、今日中には、充希と遅かれ早かれ会話しないといけない。


 同じ部活に所属している以上、その運命から逃れられないからだ。


 充希にも香奈同様に、この前の休日に説明はしたが、彼女の中で少々気にかかる事があるかもしれない。

 ファミレス前で別れた後、モヤッとしたまま帰路に付いていたのなら、もう少し説明が必要なのだろう。


 充希は詳細に話を聞きだしたいのか。

 はたまた何か伝えたいことがあるのか。


 充希とはさっき途中で話が終わってしまったことで、翔は彼女から何を言われるのか想像し、モヤモヤし始めていた。


 翔は複雑な心境のまま、教室の窓から外の景色を見て、再度深呼吸するのだった。






「あのさ、翔と先輩が付き合ってるって。この前、ファミレスで言ってたじゃん。それの件について、ちょっと気になってて」

「どういう風に?」


 翔は、正面にいる充希に対し、深入りするように聞き返す。


 昼休み時間。

 翔と充希は校舎の裏庭にいた。


 午前中の時間帯は、移動教室や体育の授業も重なってしまい、ゆっくりと会話する時間が取れなかったのだ。


「どういう風にって。翔はさ、先輩のこと好きなの? 好きで付き合ってる?」

「そ、それは想像に任せるというか。そういう話は一先ずなしで」


 本心で語るなら紫先輩の事は好きだが、これからも同じ部活で活動していく仲間として、この場で充希に本心を語るのはどうかと思った。


 余計に口を滑らせて、複雑な関係性にはなりたくなかった。


 どんなに親しい間柄でも、禁忌とされる発言というのもあるのだ。


「そうなの? でも、揉んだんでしょ?」


 充希からの唐突な発言。


「そ、それはわざとじゃないけど。結果として、そうなっただけで」

「それで、どうだったの?」


 充希は話に食いついてくる。


「どうって。なぜ、それを言う必要性が?」

「だって、私の作品に生かしたいから。それも理由の一つかな」

「そ、そう言うのは、じ、自分のも揉めばいいんじゃないか?」


 そういう提案をする。


「でも、自分で自分のおっぱいを揉んでも、そこまで感じないし。そういうのは、男子の翔の方が具体的にわかるでしょ?」

「え?」

「だって、この前の休日だって、色々あって、ちゃんと遊べなかったでしょ?」


 充希はグッと距離を詰めてくる。


「そ、そうだな」

「そもそも、翔は私の作品に協力するって約束だったじゃない。だから、先輩のがどういう感じだったのか、知りたいなって」


 充希から攻め込まれていた。


 彼女が聞きたい事っていうのは、そういう事だったのかと、翔は返答に困り、口元を震わせていた。


「そんなに言わないなら、手を貸して」

「な、なんで」

「いいから」


 充希はそう言って、強引にも翔の手首を掴んで、それを自身の胸元に押し当てていた。


 ――⁉


 翔の中に衝撃が走る。


 今、翔の手の平には、女の子のおっぱいが押し当てられているからだ。


「翔がいけないんだからね。早く感想を言わないから」

「だ、だからって、こ、こんなこと……」


 翔は充希のおっぱいから手を離そうとするが、彼女はなかなか解放してくれる事はなかった。


 それにしても柔らかい……じゃなくて!


 女の子のおっぱいを触る事なんて、人生で先輩のだけだった。


 今は、目の前に充希のを手の平で感じているのだ。


「感想は? 柔らかい?」

「……そ、そうだな。柔らかいと思うよ」


 気まずいんだけど……。


「これで比較できたと思うし、先輩とはどう? 私と比べてさ」


 そ、そんなこと堂々と言えるわけないだろ。


 エッチな小説の為とは言え、これ以上は発言できないと思った。


 だから、翔は強引に手を離し、背を向け、その場所から全力で走りだす。


 後ろからは充希の声が聞こえたが、振り返る事はしなかった。

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