第16話 先輩、その件に関してどうなんですか?

「先輩って、どうして、ここじゃないとダメだったんですか?」

「それは、あとで説明するから」


 お昼過ぎのファミレス。その入り口周辺で後輩の矢代香奈やしろ/かなと出会い、翔は彼女を紫先輩らがいるテーブルへ案内することになった。


「え? どうして先輩たちが?」


 そのテーブルの席に座る二人の顔を見るなり、香奈は驚いていた。


「それに関しては、さっきも言った通り、これから説明するから、まずは一旦座ってほしい」


 香奈を充希の隣席に座らせると、翔は紫先輩の隣席に腰を下ろす。


 緊迫し、関係性が拗れている環境下で、香奈を先輩の隣に座らせるわけにはいかないと思ったからだ。




「では、これから始めるから」


 四人が着席したところを確認した後、紫詩乃むらさき/しの先輩は難しい顔を見せる。それからというもの、一気に、その場の空気感が変わった。


 鈴木翔すずき/しょうもその空気感を察し、唾を呑んで、覚悟を固める姿勢を見せる。


「そもそも、香奈を呼び出そうと判断したのは、私だから」


 先輩が言葉を切り出し始めると、後輩の香奈は頷き、現状を理解し始めていた。


 香奈はある程度賢いところがあり、すぐに、この混沌とした現状を察したかのように受け入れる。


「では、これから先輩が話す内容はかなり重要って事ですよね?」

「そうなるわね」


 先輩は咳払いをする。


「まあ、この際だから、色々と私の口から話しておこうと思って。翔にもちゃんとわかってほしいから」


 左側の席にいる翔を、先輩は横目で見つめてくる。


 先輩が一瞬見せた、その般若みたいな形相に、翔は心を鬼に捕まれたかのように息苦しくなってきていた。


 魂という名のヒットポイントが大幅にそがれ、翔は俯きがちになり、気分の改善のために、テーブルに置かれた水を飲む。


 多少は気が楽になったものの、これから始まることについて思考すると、気分が落ち込んでくるのだ。




「まあ、一先ず。あなた達二人には聞きたいのだけど、翔のことについてはどう思ってるのかしら? これは素直に話してほしいから。偽りなくね」


 紫先輩は単刀直入に、目の前にいる二人へと質問を行う。


 ピリピリした環境に、変に心臓の鼓動が高まる中、翔の周りでは徹底的な話が繰り広げられようとしていた。


「私は、普通に先輩だと思っていますけど」


 香奈は、翔とは部活の業務中しか関わる事がないのだ。

 それ以上の思い入れはないのだろう。


 翔からしても、そこまで香奈と親しいかと問われれば、そうではないような気がする。


 今日の午後からの関わりも、香奈がライトノベルについて知りたいからという理由で約束をしただけだった。


 翔は心の中でそう考えている際、香奈は一呼吸を入れた後――


「それと、先輩後輩の間柄なので、私からしたら尊敬するところはありますし。私が知らないことも知っていたりするので、たまには助かっていますね」


 香奈はハッキリとした口調で受け答えしている印象がある。


「そう。そういう感情を抱いているのね。では、充希は? 翔の事はどう思っているの?」


 紫先輩は充希へ、キリッとした瞳を向けていた。


 充希はというと、少々唸っている。

 そして――


「えっとですね。私は話しやすいと思っていますけどね。エッチな話題を振ってもちゃんと答えてくれるし。私からしたら気が楽っていうか。本音で話せるというか。えっと、落ち着くっていうべきですかね? そんな感じかもですけど」


 湯浅充希ゆあさ/みつきは考えながらも、一文ごと言葉を口から漏らしていた。


「話しやすいっていうのは、どういう意味で?」


 紫先輩は気になり、さらに踏み入った質問をする。


「それは、何でしょうかね? 多分、異性として好きって感情なのかな?」

「す、好き⁉ そ、それ、恋愛的な意味って事⁉」


 先輩は席から立ち上がって、席に座って考え込む充希を見下ろしていた。


「紫先輩、どうしたんですか?」

「べ、別に、なんでもないけど。なんでもないから!」


 翔の問いかけにぶっきら棒に返事を返すと、落ち着き払った感じに再び席に座り直していた。


「先輩、大丈夫ですか?」

「大丈夫に決まっているでしょ。そ、それで、充希は恋愛的な意味って事かしら?」

「え! そ、そう言うわけではないですけど。ただ、異性として好きというだけで、恋愛的な意味とは違うかも?」


 充希は話しながらも首を傾げていた。

 彼女の中で、まだ、ハッキリとしていないようだ。


「……では、違うって事?」

「そうかもしれないですね……」


 充希は歯切れが悪くなっていた。

 どことなく、モヤモヤした話し方をする。




「まあ、一応はわかったけど、二人とも翔に対しては恋愛的な感情はないって事ね」


 紫先輩から確認のためのセリフが放たれる。

 がしかし、二人は、それに関して、ハッキリとした反応を示すことはなかった。


 それどころか、今度は、二人からの発言が強くなっていく。


「さっきから先輩、顔赤くないですか?」

「どうして、そんなことを聞いてきたんですかね? その理由とかあるんでしょうか?」


 充希と香奈からの言葉のストレートパンチが繰り出される。


「べ、別になんでもないわ。じゃあ、この話はこれで終わりって事で」


 先輩は窓がある方を見、外の景色を確認するかのように、何かを隠すような素振りを見せ始めていた。


 そんな怪しい態度が度々見受けられるものだから、先輩に対する、二人の疑念はさらに加速していくのだった。


「怪しいですね」

「そうですよね、充希先輩」


 紫先輩は二人からジト目で見られていた。


「もしや、先輩は、翔の事を意識しているとかですか?」

「え、え⁉ 違うわ」


 充希に対し、先輩は言葉を濁す。


「でも、さっきから私たちの方に視線を向けてくれないですよね?」


 続けざまに、香奈からも追撃をされ、先輩がドキッとした表情を見せ、目をキョロキョロさせていた。


「これはまさに図星ですね?」

「そもそも、私らの後ろをついてきたってのも、翔に何かしらの感情があるからですよね? 先輩?」


 もはや、逃げ道などなくなっていた。


 先ほどまでは翔が窮地に追い込まれていたが、今は先輩の方が人生の岐路に立たされている状態だった。


 それから、先輩は助けを求めるように、翔の顔を見つめてくる。


 元々、翔は香奈をファミレスに呼び出す際、なぜこうなったのかを教えると宣言していたのだ。


 これは一から説明しようと思い立ち、二人から攻めの質問から先輩を助けるために、翔は口を開いたのだった。

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