第15話 あなた、これ以上、嘘をついていないわよね?

 土曜日のファミレス内。緊迫した状況は続いていた。


 今のところ、この空気感が終了する事はないだろう。


 一度でもカオスな状況に陥った環境はそうそう解決する兆しはないのだ。


 けれど、解決する方法があるのだとすれば、これ以上失態を起こさない事だと思う。


 出来る限り温厚に、この事件を収束させたいと、ファミレスの席に座っている鈴木翔すずき/しょうは願うのだった。




「それより、あなたがきっかけなんだからね。嘘をついていたあなたがね」


 テーブルを挟み、正面の席に座っている紫詩乃むらさき/しの先輩からハッキリと言われる。

 キリッとした瞳を向けられていた。


「そ、そうですね、はい……俺にも責任はありますね」

「わかっているならいいのだけど」

「はい」


 もはや、言い逃れも、言い訳もできる状況にもなく、翔からしたら、ただ首を縦に動かす事しかできなかった。


 明らかに心臓の鼓動が高鳴っている。

 苦しいという心境に追い込まれているからだ。

 だが、全て自分が蒔いた種であり、しょうがないとも思える。


 これこそが世間でいう自己責任なのだろう。


 自由を手に入れたからこそ、自分の発言や言動に責任を持たないといけない。

 そう思える時間を、翔は過ごしていたのだ。




「えっと、それで、翔は何かしたんですか?」


 静かになっていた空間にメスを入れるように、湯浅充希ゆあさ/みつきが、その疑問を投げかける。


 充希は今日、翔と遊んだ人物であるが部外者にも近い存在なのだ。

 何も知らない彼女からしたら、自分だけ置いてけぼりになっている状態だった。


「それはね、なんていうか。元々ね、今日、私は翔と関わる約束していたの」

「そうなんですか? え、じゃあ、なんで翔はそれを私に言わなかったの? 言ってくれれば、時間や日程の変更もしてあげたのに」


 翔は左隣にいる充希から目を向けられていた。

 それから正面の席にいる先輩からも見られ、板挟みに合っていたのだ。

 その気まずい視線を、翔はひたすら受け続けることになった。


「どうしてかしら? 翔」


 先輩からも追い打ちをかけられるように詰められる。


「私は、嘘をついてほしくないの。だから、あなたの口から本当の事っていうか、その意見を聞きたいだけなの」


 その言葉は先輩の本心だろう。

 すべてを潔白にしたいという想いから来ていると思われる。


 先輩も怒りたいわけではなく、なぜそうしたのかという理由を知りたいだけなのだ。


「それは俺のスケジュール管理が悪かっただけで、紫先輩と遊ぶ約束を遠まわしにしたかったわけじゃなくて。俺がちゃんと説明しなかったのが悪かったですね」


 翔はゆっくりとだが、言葉を漏らす。


「俺は元から、充希から小説のモデルになってほしいって言われて。同じ部員なので受け入れることにしたんです。それで、充希と事前に遊ぶ約束をしてたので。どうしても日曜日しか時間がなかったので、紫先輩には日曜日って趣旨を伝えたというか。簡単に言えば、特に深い意味はなかったわけで。最初から全員から意見を聞いてから、各々に予定を決めれば、こんなことにはなっていなかったです」

「まあ、そうよね。あなたが偏った決め方をしたかよね。まあ、そこまで深く考えていなかったって事ね。そういう事よね」

「は、はい」


 翔は先輩の言葉に頷いておいた。

 先輩からのお叱りの言葉を受け、心がさらに痛んだ。


「そう。まあ、深い理由がないのならいいのだけど。他に隠していることはない?」

「な、ないです」

「本当?」


 先輩から問われる。


 翔は午後から、香奈と遊ぶ約束をしているのだ。


 その件に関して隠し事をせず、すべてを話した方がいいだろうか。


 翔は正面の席にいる先輩を見やる。


 先輩はジト目で見ていた。


 元々、紫先輩とは、特殊な流れで付き合うに至っていたのだ。


 先輩のおっぱいを揉んでしまったことに関しては責任を感じている。


 学校の図書館で二度も触ってしまった身としては、これ以上、隠し事するのも違う気がした。




「どうしたのかしら?」

「すいません、嘘をついてました。これから別の約束もあって」

「……そ、そう。何となくあなたの表情で予想がついていたけど。やっぱりなのね」


 先輩は肩の力を抜いて、受け入れるかのような表情になっていた。

 さっきよりも温厚な顔つきにはなっていたものの、まだ納得がいっていないようだ。


「それで、誰との約束なの」

「同じ部員の香奈ですね」

「香奈って、あの子との遊ぶ約束をしてたの?」


 先輩は目を丸くしていた。


「はい、そうですね」

「……それで、あの子をここに呼び出せる?」

「え?」

「だから、あの子とも会話したいから、ここに呼んでってこと。できるわよね? 同じ部員なのだから連絡先も持っているでしょうし」

「えっと……」

「それくらい出来るでしょ? 私から連絡をしたら変じゃない。元々遊ぶ約束していたあなたが連絡をとればすんなりと話が進むでしょ」

「そうかもしれないですね」


 翔は現実を受け入れるように、私服のポケットからスマホを取り出す。

 そして、画面を見ていたのだ。


「わかりました、少し席を外しますね。ここだと、少し他人に迷惑が掛かるので、人が少ないところで連絡しますから」

「お願いね」


 先輩から見送られ、その席から立ち上がり、立ち去ることになったのだ。




 翔が最初に向かったのは、トイレ近くの空間。

 そこなら、殆ど人が来ない上に、周りにも迷惑にならないと思ったのだ。


 翔はスマホの連絡先画面のところをタップして、それから香奈かなへ連絡を入れた。


 数秒後、香奈は電話に出てくれたのだ。


 本来の約束場所はファミレスではなかったが、待ち合わせ場所を変更してほしいと簡単に伝える。


 なぜという疑問口調で言われたものの、丁度昼だから一緒に食事をしようと言った。


 紫先輩の件を持ち出すと、話がややこしくなるため、少しばかり嘘をついてしまったのだ。


 それから話を終え、電話を終了させた。




 簡単に事が進むと思っていたのに関わらず、こんな大事になるなんて。


 休みも非常に大変だと、翔は頭を抱えながらも、再び席に戻っていくのだった。

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