第18話 先輩の家に行ってもいいですか?

「今日から気を引き締めてやるから」


 湯浅充希ゆあさ/みつきのおっぱいを触ってしまった日の放課後。


 その学校の図書館内で、紫詩乃むらさき/しの先輩から告げられた一言だった。


 先輩は本気なのだ。

 何が何でも、存続させたいという想いがあるからの発言だろう。


 今からやるべき事はただ一つ。

 今週中に公募する用の短編シナリオを完成させる事だった。


「あなた達も、シナリオのあらすじを考えてきたでしょ? ちょっと見せてくれないかしら?」


 紫先輩は立ち上がり、テーブル前の席に座っている二人へ問いかけながら近づいていく。




「こんな感じでいいですかね? 私なりには、あのシナリオを見て、このように考えて書いてきたんですけど」


 充希はA4サイズの用紙を通学用のバッグから取り出し、見せていた。


「そうね。あとでじっくり確認するから、今は受け取っておくわ。香奈は? 言われた通りにやって来たでしょ?」


 紫先輩の視線は、充希の隣席の彼女へと向けられていた。


「はい」


 矢代香奈やしろ/かなはコクンと頷き。印刷したであろうA4サイズの用紙を先輩に受け渡していた。


「二人ともちゃんとやってきたのね」


 二人は、翔と紫先輩が諸事情により、付き合うことになった事を知っている。この前のファミレスで翔が説明したからだ。

 色々な感情が二人の心の中で渦巻いていると思われるが、課題に関しては締め切りを守ってきたようだ。


 あの件に関しては、翔が悪いという事で決着がついたが、今はそんな話題が、この部員から放たれる事はなかった。


 多分、気にはなっているが、今は部活の雰囲気を見て、発言を抑えているのだろう。


「私もあらすじを書いてきたから。この二枚と、私のを合わせた計三枚の用紙を参考に、私があらすじを再構築するから」


 紫先輩は、自身のあらすじの用紙を含めたそれらを重ね合わせ、パラパラと内容を確認していた。


「私は、この作業をするけど、あなた達は別の作業をしててくれない? また、その時に呼び出すから。そのつもりで、お願いね」

「「わかりました」」


 二人は普段通りに返事を返していた。


 翔に関しては、特にあらすじの課題はなかった。


 ただ、三人の会話を近くで聞いているだけになっていたのだ。




「それと、このシナリオなんですけど。前回指摘されたところを直してきたので、見てもらえませんか?」


 先週。充希が中心となって作成した公募用のシナリオがある。赤ペンで指摘されたところを訂正してきたようで、新しく印刷したシナリオ用紙を先輩に渡していた。


「……ちゃんと直っているわね。これも確認するから。あとは、いつも通りに図書部としての活動をしてくれない? また、あの生徒会長が来て、変にクレーム入れられても困るから。これは私たちの存続がかかっているから。よろしくね」


 先輩は余計な発言を慎み、的確な指示だけを出していた。


「俺は?」

「あなたも、あの二人と一緒にやっておいて。前回、本の整理が途中だったから、あなたはそれを優先した方がいいかもね」


 翔は先週の事を思い出す。


 本棚の整理をしている途中で、先輩のおっぱいを揉んでしまった事を。


 そんな如何わしい記憶が脳内に浮かんできていたのだ。


 い、今はそんな事は想像しないで、真剣にやらないと……。


「ねえ、ちゃんと聞いてるの?」


 気が付けば、先輩は席に座っている翔の顔をジッと見つめてきていた。


「は、はい。聞いていますので。ご心配なさらずに」


 翔は席から立ち上がって、ビシッとした態度を見せる。

 背筋を伸ばし、比較的、凛々しい表情になっていた。


「ならいいんだけど。あなたがしっかりしてくれないと困るんだからね。また、トラブルを起こさないでよ。それと、浮気みたいなこともなしね」


 近づいてきた先輩に、耳元でこっそりと言われた。


「わ、分かってます」


 鈴木翔すずき/しょうはたじたじになりながらも先輩の意見を聞き受けた。


 この頃、気が緩んでいるのかもしれない。


 先輩に不快な感情を抱かれないためにも、気合を入れて行こうと思った。






 これからは面倒事に発展しないように立ち回らないとな。


 翔は先輩に言われた通りに本棚のところへ早速向かい、本の整理を行う。


 今日の昼休みも、色々な人が本を借りに来たらしく、本棚の本はごちゃついている。


 借りた本は、元の場所に戻してほしい。


 それが図書部である翔の想いだった。


 この前まで綺麗な表紙だった本が、破けていたりもするのだ。


「これ、新しく買い換えないといけないのか。また出費がな」


 翔はため息交じりに言った。


 本に興味を持ってくれる事はいいことだけど、雑に扱わないでほしいと思う。




「先輩!」

「ん?」


 香奈の呼び声が聞こえたと思ったら、近くまで彼女が駆け足で向かってくる。


「どうした? 充希と受付カウンターで作業はしないのか?」

「それはそうなんですけど。今はそこまでカウンターの方での業務がなかったので、こっちに来たんです」

「そうか。今日は本の整理が忙しくなりそうだったから。助かるんだけどさ」

「じゃあ、一緒にやりましょうか」


 香奈は翔の隣に立ち、高い位置は、つま先立ちで本の整理をしてくれていた。


「この頃、本が汚いですよね」

「そうだよな。俺も困っていたんだ」

「私も、本を貸し出す際に注意はしていたりするんですけど。どうしてもマナーを守ってくれる人が少ないですよね」

「話しても通じない人もいるからな」

「では、ポスターも作った方がいいですよね?」

「その方がいいかもな」


 二人は会話しながら作業を続けるのだが、翔の瞳には、香奈の態勢が苦しそうに見えていた。


「無理して高いところは整理しなくてもいいから。どうしてもっていうなら、この台があるし。それに乗った方がいいと思うんだけど」


 翔は後ろにある足台を指さす。


「わ、私は大丈夫です。これくらいできますから」


 彼女は負けじとつま先立ちのまま作業を続けていた。




「こんなものですかね」

「そうだな。ここは一部で、あっちの本棚もやらないといけないんだ」

「まだあるんですか?」

「大変だろうけど。頑張ってくれるか」

「別にいいですけど」


 翔は香奈と、その場へ移動する。


 その本棚エリアは、キャラクター文芸よりもライト作品が置かれているところだった。


「先輩、ちょっと聞きたいことがあって」

「なに?」

「この前の休日、一緒に遊べなかったじゃないですか。それで、いつになったら、ライトノベルを私に教えてくれるんですか?」

「それはあとでかな」

「じゃあ、先輩の家に行ってもいいですか?」

「え?」


 二日前のファミレス内での事が蘇る。


 あの日。紫先輩以外とは勘違いされるような付き合い方はしないという条件の元、話に終止符が付いたのだ。


 香奈を自宅に誘ったら、先輩に誤解されることになる。


 これは断るべきだと本能的に感じた。


 絶対に受け入れるべきではないと、翔は冷や汗をかきながら脳内で処理していたのだ。

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