第19話 これって、なんのジャンルの本ですかね?

 その日の放課後。

 鈴木翔すずき/しょうは断ることにした。


 目の前にいる後輩の矢代香奈やしろ/かなは驚いた表情を見せている。

 断られるとは思っていなかったのだろうか。


「やっぱり、家に行くまではダメですか?」


 後輩はもう一度、翔に相談してくる。


「そ、そうだな。この前の話し合いで、そういうことになっているしな」


 紫詩乃むらさき/しの先輩とは一応、付き合っている前提になっているわけで。本当の恋人同士ではないが、やはり、先輩との約束は約束である。


「では、書店に行くだけなら、どうですか?」

「まあ……それならいいけど」


 翔は考え込みながらもそう返答した。

 自宅だと危ういが、店屋であれば問題はない。


「それで決まりですね」


 彼女にライトノベルを紹介すると言って、まだ何も教えていなかったのだ。


 書店に行くだけなら問題はないと思い、そのまま受け入れることにした。




 書店と言っても、学校近くの方がいいのか。

 街中の方がいいのか。

 どちらか悩む。


 翔は目の前の本棚の本を整理しながら、一人で悩んでいた。


 街中に行くとしたら、時間がかかる。

 学校近くなら、すぐに到着できるが、先輩に変な誤解を与えかねないのだ。


「ここだけの話。近くと遠く、どっちの書店がいい?」


 翔は本棚の整理をしながらも、近くの香奈を見やった。

 小声で提案するような口調になる。


「それは先輩に任せますけど。先輩的には、どっちがいいんですか?」


 香奈は作業を止めて、翔の方を見てくれた。


「それは、街中の方かな。そっちの方が沢山あるから」

「では、街中で」


 香奈は即答した。


「でもさ、今日、何時に終わるかわからないし。明日って事になることも」

「そうですね。今週中は、シナリオの公募がありますから。忙しくて街中には行けないかもしれないですよね」


 またまた、業務の忙しさが重なっている状況では、複数の事には手を出せないのだ。


「まあ、シナリオの方がすぐに終われば、すぐに行けると思うしさ。そんなに深くは悩まなくてもいいよ」


 翔は後輩に気を遣わせないようにした。


「では、出来るだけ早くにシナリオを完成させるように心がけましょう、先輩! 私、もっと色々な本を知りたいので。教えてくださいね」

「わかった。香奈は本に関しては熱心なんだな」

「はい。私も、紫先輩同様に、この図書部を廃部にさせたくないので。色々なことに取り組みたいっていう理由もありますけどね。先輩も廃部は嫌ですよね?」

「それはそうだな。俺も、この部活がなくなったら困るしな」


 香奈から熱意を感じられた。


「あまり、本気になりすぎても疲れるだけだし。適度にな」

「それはわかってますから」


 彼女は楽し気に微笑んでいた。


 努力しすぎていても、後々体に負担がかかってくるだろう。


 香奈は上手く立ち回れているのか、そこまで普段からのストレスを感じている様子はなかった。


「まあ、今のところは早く作業を終わらせようか」

「そうですね」


 二人は本棚の前で、本の整理を再開する。


 本の整頓を続けていると、明らかに分厚い本が見つかったのだ。


「これ、キャラクター文芸とは少し違いますよね?」

「え、そうだな。というか、これはライトノベル寄りの本だな。なんでこれが?」


 この図書館には殆どライトノベル系統がないが、なぜかキャラクター文芸のところに置いてあったのだ。


 誰かが勝手に置いたのだろうが、本棚のエリアが違う。


「それは、どういうジャンルの本ですかね?」

「多分これ、歴史書並に分厚いタイプのライトノベルだな」

「これもライトノベルなんですか?」

「そうだな。確か、一巻だけで、二〇〇〇ページ以上ある作品で。結構有名なんだけど。多分、この図書館には登録されてないはず?」


 翔もすべての図書館の本を把握しているわけではない。

 数万冊あると、以前、図書館のパソコン画面に表示されていたのをチラッと目にしていたはずだった。


「確かにそうですね。登録されているなら、本の裏の方に、バーコードが付いていますからね」


 裏の方を見ても、特に何もない。

 本当に誰からが勝手に、この図書館に持ってきたのだろう。


「でも、誰が持ってきたんですかね?」

「さあ、でも、こういうのは、紫先輩に相談するしかないな。ずっとここにあってもしょうがないし」

「それにしても誰なんですかね?」


 香奈は悩んでいたが、今はこの本に関してはあとにして。


 二人はそれから本の整理を続けた。五分後に、その分厚い本を持って、紫先輩がいるところへと向かったのだ。




「作業は終わりました」

「もう終わったの。でも、丁度良かったわ。私の方も作業が終わったところで、皆に確認したいと思っていたところだったから」


 そう言い、先輩は振り返った。


「え? 何その本」


 先輩は目を丸くしていた。


「この本なんですけど、勝手に置かれていて。誰のなんですかね?」

「わからないわ……まあ、一応、私の方で預かっておくけど」


 紫先輩に分厚いライトノベルを渡しておいた。


「でもね、この頃、まったく注文していない本があったりするの」

「へえ、この頃って。いつ頃からですか?」


 香奈が問う。


「今年の三月くらいから? 多分、つい最近からだと思うけど。誰かの嫌がらせなのかしらね」

「それはさあ、ですけど。俺も知りたいですね」

「でも、真新しいタイプの本を勝手に置くって事は、そういう系統の本が好きなんですかね?」


 香奈が疑問気に言っていた。


「そうかもね。この図書館にはライト系の小説が少ないから。わざと置いてるってこともあるかも」


 紫先輩は本の表と裏を見渡した後、その分厚い本を、テーブルに置いていた。




「充希も今からいい? ちょっとシナリオの最終確認を行ってほしいから。作業を止めてきてほしいのだけど」

「わかりました。今行きます!」


 湯浅充希ゆあさ/みつきはパソコンとずっと睨めっこ状態だったが、キリのいいところで席から立ち上がって、駆け足で三人がいるテーブル前までやって来た。


「私がもう一度構成してみたんだけど。これでどうかな? 他に問題点がなければ、私がもう一度訂正して、公募するけど」


 三人は先輩がテーブルにおいた原稿用紙を見た。


 何度も訂正し、他の皆のアイデアを組み込んで出来上がったシナリオである。


 チームとなって作品を書くのは初めてであり、上手くいくかどうかは未知数だ。


 でも、協力してやっただけあって、ある程度の達成感があった。


 最終的に、皆の判断の元、これでいいという事になり、これで公募する準備が整ったのである。

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