第6話 私、もっと知りたいので!
一応、後輩の
香奈は翔よりも一コ年下なのにも関わらず、何をやるにしてもテキパキとしている。
小柄な体系で少々幼さが残る印象ではあるが、本当に頼りになる存在だ。
「何してるんですか? 先輩、やることないなら、昨日のデータ処理をして貰えませんか?」
貸し出しカウンターテーブル前にいる香奈は、近くにいる翔の方を見て話しかけてきていたのだ。
「え?」
「先輩? 聞いてます?」
「う、うん」
少々ボーッとしていたようだ。
翔は気合を入れ直す事にした。
「これなんですけど」
香奈は近づいてくる。
後輩は、本の貸し出し件数や世間的に人気のあるジャンルなど、それらの情報を印刷した紙の束を見せてきた。
一か月間の本の動きの傾向を掴むための資料だ。
毎日の件数が記されてあった。
本当に丁寧な仕事ぶりだと思う。
もはや、OLかなんかかと思ってしまうほどだ。
「私。昨日夜遅くまで調査しましたので、何もやることないなら先輩にやってほしいんです」
後輩から、資料の束を押し付けられる。
「わ、分かった。やるよ」
香奈は実際、凄いと思う。
傾き始めていた図書部を、再び軌道に乗せた実績があるからだ。
少々物言いは強めだが、殆ど図書部に貢献できていない自分よりマシだと思った。
「これを元にグラフを作ってほしいんです。エクセルとか使えますよね?」
「それは出来るさ」
「そのデータ元に、どういうジャンルの貸し出し数が多いのか。その資料を見てグラフにするだけですから。それと、そのデータを元に、今流行りの本を詳しく調べておいてほしいんです」
「あ、ああ、で、出来るさ。任せてくれ」
要望は多いが、致し方がない。
今、翔にはそこまでやることがないのだ。
断る理由などもない。
結果として、有能な後輩の意見を受け入れるしかないと思った。
翔はカウンターテーブルに置かれたパソコンの前に立ち、先ほどのデータを見、間違えないように入力していく。
去年よりもはるかに本の貸出量が増えている。
やっぱり、香奈の存在は大きいよな。
アレ?
漫画化されているライトノベルの貸出量が多い気がする。
気のせいかと思いながらもデータを入力し、グラフを出力してみると、やはり、その傾向のライトノベルが多く貸し出しされていた。
漫画化されたり、アニメ化されると、その原作であるライトノベルの人気も上がるのか。
だとしたら、あの小説を仕入れてもいいかもな。
グラフを完成させたのち、そこからパソコンを使って、流行の作品を調べていく。
おおよそ三〇分で大体の作業を終えた。
「先輩? できましたか?」
貸し出しのカウンターテーブルで、本の手続きにひと段落が付いたのか。香奈は翔に話しかけてくる。
「一応は出来たさ。こんな感じでいいかな?」
翔はパソコンの画面に映っているグラフと、今流行りのジャンルを入力したところを見せてあげたのだ。
「先輩、やればちゃんとできるじゃないですか」
「俺、そんなに普段から出来てないかな?」
「そんな事はないですけど。普段よりかは評価できますかね」
「あ、ありがと」
嬉しいような嬉しくないような複雑な心境だ。
けれど、香奈から褒められて嫌な気分になる事はなかった。
「それにしても、この頃、ライトノベルの貸し出しが多いんですね」
後輩はパソコン画面をまじまじと見ている。
「そうだな」
「やっぱり、その傾向があるんですね。私も、この頃、そうなのかなって思っていたんですけど。実際にそうなんですね。だとしたら、来月に備えて、ライトノベルの数を増やした方がいいかも」
香奈は考え込んでいた。
同時に難しい顔をしていたのだ。
「そう言えば、香奈って、ライトノベルって読んだりするの?」
「それはないですね」
「そうなのか?」
「はい。私は、普段からビジネス書とか、マネジメント系や自己啓発は読みますけど。そういうのは殆ど読まないですね」
「そうなのか。それは損してるんじゃない?」
「そうですかね? 自己啓発本を読んでみると楽しんですけどね。色々な考えを知れて。私の場合は、役に立っていますけど」
だからかと納得がいった。
香奈は普段から社会人向けの本を読んでいるから、図書部としての立ち回り方が上手いのだと理解したのだ。
「でも、私、ライトノベルを殆ど知らないので。先輩! 今後、どういう本があるのか教えてくれませんか?」
香奈はまじまじと翔の顔を覗き込んでくる。
普段とはどこか違う。
尊敬しているような顔つきになっていたのだ。
香奈から本当の意味で先輩のように扱われたのは、今が初めてかもしれない。
「俺が?」
「はい。私も、そのライトノベルを知りたいので。今度の休日なんてどうですか?」
「今度の……休日……」
刹那、そういえばと思う。
次の休みは充希と遊ぶ約束をしていたからだ。
だが、まだハッキリとこの日という指定は今のところなかった。
一応、時間の調整を行えば何とかなると思われる。
「できれば、土曜日のお昼頃がいいんですけど? どうですか?」
後輩から提案された。
「まあ、今のところ予定はないから、その時間帯でもいいんだけど」
「では、お願いしますね。私、もっと図書部のために貢献したいので」
「でも、少し予定が変わるかもしれないから、またあとで詳しく決めるならいいけど」
「はい、それでもいいですよ」
香奈は新しいモノに関われるという事に、幸せそうな表情を浮かべていた。
「そうか。ありがと。でもさ、香奈はどうしてそこまで図書部に拘るんだ?」
「それは私が、この学校に入学した頃、図書部が廃部になるという噂を聞きましたので、それでどうにかして助けてあげたかったんです。私、ビジネス書で運営の方法をある程度知っていたので、その知識を生かしたかったんです。でも、自己満足でしかないかもしれないですけど」
「そんな事はないよ。むしろ、紫先輩も助かってるって、この前言っていたし」
「そういう風に感謝されるのは嬉しいです。けど、私、そこまで小説の分野に関しては詳しくないので。不十分なところはあるかもしれないです。今日の放課後まで決めてくるシナリオのアイデアもそこまで上手く決まってませんし」
「そんな事は気にしなくてもいいよ。俺が協力するから。俺も香奈には色々と助けられてきたし、それくらいは協力させてくれ」
「いいんですか?」
「まあ、問題はないさ」
二人の間でやり取りをしていると。
「すいません、本を借りたいんですけど。今いいですか?」
とある男子生徒から声をかけられてしまったのだ。
「すいません。今から私が伺います!」
そう言って、香奈は貸し出し用のカウンターテーブルへ向かって行くのだった。
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