第11話 好きな作品ってある?

 夜の時間帯。鈴木翔すずき/しょうは今、街中の人混みをかき分けるように、紫先輩と共に本屋に向かって歩いていた。


 先ほど紫詩乃むらさき/しの先輩とハンバーガーを食べ終え、お腹を満たせていたのだ。


 間接キスまでとはいわないが、ハンバーガーを食べ比べし、妙な緊張感に包まれていた。


 翔も変に意識してしまい、ハンバーガー店を後にした今でも、どぎまぎしていたのだ。




「えっと、紫先輩って、普段はどこの本屋で本を購入してるんですか?」


 隣を歩いている先輩の方を見て言った。

 緊張感に追い込まれつつあったが、無言のままというのも気まずい。

 一先ず、その場の空気感を整えようと思ったのだ。


「私は、アーケード街の書店だけど。あなたは、どこを利用しているの?」

「俺は、通学路にある本屋ですかね」

「通学路?」


 先輩は首を傾げていた。


「えっとですね。学校を出て、少し歩いたところに十字路があると思うんですけど、そこを曲がったところに、本屋があると思うんですが」

「あの場所ね」


 先輩は思い出したように、頷いた。


「紫先輩も行きますよね?」

「私も、たまに利用する事はあるわね」

「あの場所は意外と漫画の種類が多かったりするので」


 翔は漫画の方が好きなのだ。

 特にライトノベル原作の漫画である。


「確かにそうね。でも、あまり小説はないから。毎回は利用しないかもね。だから、私はアーケード街の書店を利用しているわけなんだけど」

「漫画は読まないんですか?」

「昔は読んでたけど」

「なんで読まなくなったんですかね?」

「それは、小説の方が想像しながら読めるからよ。漫画は最初からイラストがあって、目で見れば状況が分かるでしょ?」

「確かに、そうですね」

「私は自分の世界観に浸りながら読みたいから。漫画は読まなくなったわ。たまに読んだりはするんだけどね。今のところ殆どないかも」


 人によって、本から受ける感覚は違うのだ。

 だから、結論も変わってくる。

 色々な考え方があっていいと思う。


 翔からしたら、漫画でも小説でも、どちらでも好きな方だ。

 どちらがいいか、そういうのは選べなかった。


「あなたは、漫画の方をよく読むの?」

「そうですね。たまには小説も読んでますけど」

「じゃあ、今日は小説でも買う? ここから近い場所だと、小説の方が多く揃ってるから」

「では、気分を変えて、小説でも買いますかね」


 翔はあえてそう言っておいた。


 翔は小説が苦手なわけではない。

 元々、小説は読んでいたし、書いてもいたのだ。

 高校生に入る前に書くのを辞めてしまった。


 今でもたまに短編なら書いていたりはするが、そこまで乗り気ではなかった。


 刹那、隣を歩いてる先輩の左手が、翔の手の甲に当たった。


「す、すいません」

「別に、私は、気にしないから」


 紫先輩は手を繋ぎたがっているのだろうか。

 先輩は妙に翔の手を見ていたからだ。


「ど、どうしたの?」


 先輩から問われた。


「手でも繋ぎますか?」

「は? い、いいわ。そういうのは……」

「でも、一応、付き合っているわけで」

「それはそうだけど。そういうのは、日曜日からでいいわ」


 先輩は頬を真っ赤にしたのち、俯きがちになり。

 さっさと行くよと言って、翔の先を進み始めるのだ。


 二人は再び無言になり、夜の街を歩き続けるのだった。






 二人はアーケード街の本屋に到着する。

 入口から入店したのち、紫先輩に導かれるように迷うことなく、小説の棚のあるエリアへと向かって行く。


 その本棚には一般系の作品からライトな作品まで程よく揃っていた。


「これよ。私が欲しかったの」


 先輩は、今月の人気作品コーナーへ辿り着くと、一冊の本を手にしていた。


「それは?」

「この作品は、私が好きな作家の先生が先月一般系のレーベルで受賞した作品なの」


 先輩が手にしているそれの表紙には、高校生くらいの男女が描かれている。

 見た目からして、不思議系の作品に思えた。


「そうなんですね。俺は殆ど一般系の作品は読まないので。わからないんですけど」

「じゃあ、今日から読んでみる? 私が読み終わった後に、この本を貸してあげるけど」

「いいんですか」

「別にいいわ。あなたも図書部として、色々な本には目を通しておいた方がいいと思うから」

「では、あとで借ります」


 一応、そういっておいた。


 紫先輩が購入したがっているその本は、日常の中に潜む謎と向き合っていくといった内容らしい。

 一般系の作品らしく、難しそうな内容に感じる。

 けれど、先輩の事を知るためにはいい機会だと思う。

 積極的に、色々な本を読んでいこうと思えたのだ。


「紫先輩」


 翔は本棚の本を見渡していた先輩に話しかける。


「どうした?」

「紫先輩のおすすめの作品って、他にありますかね?」

「おすすめ? えっとね、であれば、探偵系かもね。この作品とかはどう?」


 先輩は本棚から一冊の本を手にし、それを翔に渡してきた。


「私は、その人が書く小説が好きなの。おススメっていうと、それかな? 読んでみるといいと思うよ」

「ありがとうございます」


 普段から関わっているのに、丁寧な返答の仕方になっていた。


「逆に、あなたが好きな漫画って、どんなの? 私がおすすめ作品を紹介したんだから、教えてよ」


 紫先輩が急にグッと距離を詰めてきた。


 先輩との距離が縮まり、先輩の存在を限りなく強く感じてしまう。


「でも、ここでは取り扱ってはいないと思うので。あとで自室にある漫画を貸すって事でもいいですか?」

「別にいいよ。日曜日にまた会うし、その時でもいいから」


 この書店は小説の方が多い分、翔が好きな漫画を取り扱っておらず紹介できなかった。

 一応、スマホで検索した画像を見せ、どういうものか一先ず教えておいた。


 先輩と一緒に会話していると、先輩の体がより一層近づいてきて、その豊満なバストを感じてしまう。


 嫌らしい気分になりつつあった。


 けれど、先輩と好きな作品を共有できたことに嬉しさが混みあがってくる。


 先輩も好きな作品について話している時は、明るい表情を見せていたからだ。


 今日は色々なことがあったものの、素晴らしい一日になったと思う。


 明日からも、またやることが山積みだ。

 紫先輩に浮気だと思われないように、あの二人とは上手く関わっていくしかないだろう。


 それが今後の目標だった。

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