第12話 私、普段からこれ使ってるの

 鈴木翔すずき/しょうは焦っていた。


 その時は、急いで自室から出た。


 当たり障りのない私服に身を包んで階段を駆け下りる。


 玄関まで到着すると、靴を履いて外に出た。


 現在は、土曜日の午前中。

 あと、一時間もすれば、十時になる頃合いだ。


 今日は充希と遊ぶ約束をしていた日。

 本来であれば、バスで向かおうと考えていたが、丁度いい感じのバスがなく。待ち合わせの時間に間に合うように、ダッシュしながら街中へ向かう事にしたのだ。




「昨日は出来る限り早く寝たんだけどな」


 昨日の夜、紫詩乃むらさき/しの先輩と書店で本を購入した後。街中のバスに乗ろうとしたものの、最後のバスに取り遅れ、共に夜道を歩きながら帰路につくことになった。

 ようやく自宅についたのは夜の十時頃であり、それから風呂に入ってベッドで休んだのは、十一時辺り。


 普段よりも早く就寝についたはずだったが、あまり疲れはとれていないようにも思えた。


 少々肩が重く感じる。


 この頃、やることが多く、どうしても安眠できていないのも原因かもしれない。


 今は抱えていることが多い。


 部活の件もそうだが、先輩の事や、それ以外の事も。


 全体的に考えて生活しないと、先輩に誤解されてしまうことだってある。


 今からやることは、浮気とかではない。


 クラスメイトである充希と遊ぶだけだと、自身に言い聞かせていた。


 息を切らしながらも翔はやっとの事で街中に到着し、充希との待ち合わせである場所へ向かう事にしたのだ。






「こっちだよ」


 人がいる街中を歩きまわっていると、聞きなれた子の声が聞こえる。


 パッと顔を向けると、そこには湯浅充希ゆあさ/みつきの姿があった。


 彼女が佇んでいる場所は、一般的に待ち合わせとして利用されることが多いところだ。


 今日はやけに人が多く、約束した場所であっても、すぐには気づけなかった。


 翔は彼女がいる場所へ駆け足で向かう。




「ねえ、どこで迷っていたの?」

「ご、ごめん。焦ってて、遠回りしていたかも。それと、出るのが少し遅かったかもな。頑張って、間に合わせようと思ってたんだけど」


 翔は事の経緯を説明する。


 充希の姿を見ると、親しみやすい服に身を包み込んでおり、普段の制服とは違う良さを彼女から感じられていた。


 カジュアルTシャツに、下の方はカジュアル系のズボン。


 彼氏彼女のような関係ではないのだから、充希から服選びのセンスがあると思う。


 本気すぎる服装だったら、逆に困る。


「もしかして、夜更かししてたの?」

「ちゃんと休んだんだけど。この頃、あまり疲れが抜けないような気がして」

「そうなの? ちゃんと体には気を付けないとね」


 充希から心配されていた。


「じゃあ、マッサージとかしてあげる?」

「いいよ。この場所じゃ無理だろうし」

「別の場所でなら大丈夫じゃないかな?」

「……本当にやってくれるの?」

「私はやってもいいよ。人が少ない場所ならマッサージしても問題ないでしょ」


 充希から導かれようとしていた。


「それで、どういう風なマッサージをしてくれるの?」

「これを使うの」


 充希は肩から掛けているバッグから、とある一つの物体を取り出す。

 それは、こけしのような形をした電動マッサージ機だった。


「え?」


 翔は後ずさる。


「どうかしたの?」

「それ、なんで持ってきているの?」

「これ、マッサージの時に使うの。疲れた時とか使わない?」


 充希は平然と言ってのけていた。

 どこかおかしいことでもあったの的な顔をしている。


「それは、あっち系のモノでしょ?」


 翔からしたら、普通に肩を揉んでもらう程度だと思っていたが、現物を見て二度見していた。


「あっち系? そういうわけじゃないよ。普通にマッサージする時も使うでしょ?」

「そ、そうかな?」


 翔からしたら、卑猥なことをする時にしか使わないと認識していた。


 大体、普通に使っている人を見たことがなかったからだ。


 そういうグッズを使うのは、アダルト的な作品に登場するキャラだけ。


 そんな価値観が、翔の中にはあるのだ。


 本来は、マッサージ用品として作られたグッズだと思うが、世間の目は厳しい。


 何も知らない人が見たら、確実に変態だと思うに違いない。


「私は普通にマッサージの時に使うし。それと、小説を書く時にも使ったりとか」

「小説か……小説⁉」

「形とかを表現する時に使うの」

「そ、そうか。そう言えば、そういう作品を書いてるんだよね」

「見本がないと書けないし。結構、重宝してるんだよね」


 こんなことを堂々と異性の前で言う女の子も凄いと思う。


 普通なら恥ずかしがって、隠したがるのが普通だ。


「でも、他人からしたら変な目で見られると思うし。今回は遠慮しておく。それ、早く隠した方がいいよ」


 周りにいる人らは他の人と会話していて、充希が手にしているモノを注意深く見てはいなかった。


「遠慮しなくてもいいのに。疲れた時はリラックスしないとね。特に、エッチなモノを見たりすると、安らぐでしょ?」

「え? そ、そうだな」


 充希から問題発言が繰り返し行われていた。


 女の子とエッチな話をするというのは、物凄く気まずい。


 しかも、人がいる街中だとなおさらだった。


「ここで話すより、そろそろ別の場所に行こうか。行きたいところって決まってたりする?」

「うん。決まってるよ。今から行きたいところがあるの。一緒についてきてくれない?」


 充希は、移動する事に伴い、その電動マッサージをバッグにしまっていた。






 充希と向かう先は、街中の裏路地通り。

 午前中なのに結構薄暗く。人はそれなりに歩いているが、通りすがる人と視線が合うことはなかった。


 どこか後ろめたい気持ちがあるのか、少々俯きがちに歩いているように思えた。


「どんな店なの?」

「それはあと少し行った先にあるの。あそこね」


 充希が示すところ。それは漫画店と記された看板のある場所だった。


 外観からして怪しい感じしかしない。


「大丈夫か、ここ」

「大丈夫。私、ここで小説に必要な資料を集めているくらいだし。店員の人もいい人だよ」

「へ、へえ、そうなんだ」


 あまりこの裏通りを訪れる事がなく、普段から本屋に訪れている翔ですら知らない店舗だった。


「早く入って。ここに突っ立っていたら他人の邪魔になるでしょ」


 充希から背中を押され、そのまま店屋に入店する事となった。

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