第13話 これがエッな作品か

「こ、これは……」


 その店屋に入った瞬間から、そこは別世界だった。


 鈴木翔すずき/しょうの視界に移る光景は、ピンク色に染まりつつあった。


 ここに入ってもよかったのかと、翔は悩んでしまうほどだ。


 でも、ここは、いわゆる天国のような空間だろう。




「そこで立ち止まっていたら、邪魔になるよ」


 背後から声をかけられる。


「え、そ、そうだな」


 翔はビクッと体を震わせたのち、右隣までやって来た湯浅充希ゆあさ/みつきへと視線を向かわせた。


 店屋の入り口は皆が共有する場所であり、同じ場所に長居は出来ないのだ。


 早く店の奥に進もうと思っても、馴染みのない環境にたじろいてばかりだった。


「緊張してる?」

「そ、そりゃそうだろ」


 翔は、ぎこちない話し方になっていた。

 妙に心拍数が高まっている気がする。


「こういうお店は初めてとか?」

「そ、そうだな。そもそも、ここに店があるのも初めて知ったくらいだからな」


 現在、翔がいるお店というのは、世間的に如何わしいモノが置いている書店だった。


 完璧な十八禁というわけではないが、刺激的なモノが多く瞳に映る。


 さすがに、大人向けのグッズなどは置いてなさそうだ。


 表面上は書店であり、本格的な十八禁の本屋ではないらしい。


 ギリギリの十七禁といったところで、同人誌やエッチ系な小説などが取り扱われている印象だった。




「充希って、普段からこういうお店を利用しているのか?」

「そうだよ。じゃないと、小説を書く時のネタに困るでしょ。情報はちゃんと仕入れないと、後々困るしね」


 充希からしたら慣れているかもしれないが、翔は、この手の店屋には不慣れなのだ。


 知り合いに見られたら、どうしようもない。


 だが、店内に入ってしまった以上、後戻りは出来そうもなかった。


 隣にいる彼女から強引に腕を掴まれていたからだ。


 充希の胸がフワッと腕に接触していた。


 翔はビクビクしながらも、充希と店内を歩くことになったのである。


 辺りを見渡すと本棚があり、ピンク色の表紙の書籍が多く目につく。


 多分、それこそが彼女が普段から読んでいる官能小説の類なのだろう。


 翔は小説ならたまに読むがエッチ系な小説はない。




「あッ、これあったんだ!」


 充希は立ち止まる。

 彼女は気が付いたように本棚の前に立ち止まり、一冊の書籍を手にしていた。


「この新刊欲しかったんだよね」


 充希は嬉しそうな笑みを浮かべ、目を輝かせていた。

 彼女は変態な思考回路を持つ。

 が、学校内では、その性癖は晒すことはない。


 現状は、ほぼ知っている人がいない環境であり、充希は少々息を荒くしていた。


「これ見てよ!」


 充希は、急にその表紙を見せてきたのだ。


 一瞬、視線を逸らすが、よくよくその表紙を見てみると、そこまで過激な表紙ではなかった。


 普通に、世間一般的なライトノベル寄りのデザインだ。


「それが小説の表紙?」

「そうだね。もう少しエッチなのを期待してた?」

「べ、別にそうじゃないけど……もう少し過激な感じかと」

「それがそうでもないんだよね。これはエッチな小説だけど、ライト系な小説だから、そこまであらかさまなイラストじゃないの」


 そう言い、充希はページをめくっていた。


「中身はこんな感じ」


 急に、あらすじの前に存在するカラーの挿絵を見せてきたのだ。


 物語のヒロインが描かれているが、そのキャラの大事なところだけは隠されてあった。


 ライトと言えども、エッチ系な小説作品であり、基本、全裸に近い女の子のイラストが描かれているようだ。


 挿絵の全てが変態系ではないが、その割合が多いらしい。


「この作品ね、昔から購入しているんだけどね。発売されるのが結構遅くて。一年間に一回しか発売されないんだよね」

「そうなのか。普通、続編とかは、三か月に一回じゃないのか?」

「一般的な小説はそうかもね。でも、エッチな小説の場合は、そこまで壮大な作品は求められてないし。ライトノベルのように巻数を増やすっていうより。シリーズ系が多いって感じかな? エッチな小説ってやっぱ、エロさの方が大事だしね」

「そ、それは需要的にそうじゃないとおかしいしな」

「けどね、この作品は他のエロ小説と違って、最大で五巻まで出るらしいの。だから、完璧に完結するのは、多分三年後くらいかもね。作者次第ってところもあるし。ちょっと気まぐれな性格らしくて、気がのらないと書かないらしいの」

「へえ、そうなんだ。漫画家でも、そういうタイプな人もいるよね」

「そうだね」


 エロい小説の話になってから、充希の話し方が早くなっている。


 エッチな小説が沢山ある場所だと口が達者になるのだろう。


 女の子にしては珍しく、エッチな小説について熱く語る子は、そうそういないと思われる。


「翔は何か買う? 私が選んであげよっか」

「そういうのは一人で選ばせてくれ」

「エッチなのを購入する気?」

「そうじゃないけど。女の子にまじまじと見られて購入するのはちょっとな」

「私は、翔がどんなのが好きなのか知りたいし、興味があるの」


 充希は本気であり、目を輝かせている。


 これはなんていう羞恥プレイなのだろうか。


 もはや、この場所が地獄なのか、天国なのかわからなくなる。




「充希はそれ以外にはいらないのか?」

「私はもう少し見たいし。他にも購入する予定だよ。それと、この後、私の小説のモデルになってよね。そういう約束でしょ」

「そ、そうだったな」


 元々、遊ぶに至った経緯としては、充希が描く小説のモデルになる事が、今日の役割なのだ。


 女の子から性の対象と見られるのは嫌ではないが、心がムズムズしてくる。

 言葉では言い表せない感情に、心が支配されている感じだ。




 翔はそれから、一冊のライト系のエッチ小説を購入する事にした。


 充希も購入し、その書店から先早に立ち去る。


 店屋の外に出、街中の裏通りを歩いていると、誰かの人影を感じた。






「ねえ、そこで何をしているの?」

「え?」


 近くの建物の影に隠れていた影の正体が明らかになる。


 それは、紫詩乃むらさき/しの先輩だった。


「な、なんでここに?」

「それは私のセリフなんだけど。今日は友達と用事があるって言ってなかった?」


 先輩はグッと距離を詰めてきた。


「そ、そうですね」

「じゃあ、なんで充希といるのかしら?」

「それは、友達というか」

「私、友達っていうから、同性だと思ったから許可したのに。私に嘘をついていたってこと?」

「えっと……」


 翔は言葉に詰まった。


「二人ともさ、ちょっと話を聞かせてくれない?」


 翔と充希は、先輩に目を付けられたのである。


 これは終わったと思った。


 今日の午後から、香奈かなとも遊ぶ約束をしているのに。


 その場所には緊迫な空気が漂い始めるのだった。

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