第8話 俺は絶対に、この部を守るから

 今、人生最大級の問題に巻き込まれていた。


 その一つ目は――




「紫先輩、大丈夫ですか」

「ええ、大丈夫だと思うわ……」


 本棚の整理をしている際に、上の方から大量の本が落ちてきた事だ。


 鈴木翔すずき/しょうは咄嗟の判断で、先輩を庇うように、その場から走り出した。

 その結果として、第二の問題に直面する。




 本の直撃からは避けられたものの、これは奇跡なのか、偶然なのか。

 先輩を庇うつもりが、床に押し倒してしまっていた事だ。


 その現状に、先輩は怒るでもなく、驚きの顔を見せた後、翔の顔をまじまじと見つめてきていた。


「あ、あなた、また」

「えッ、あ、す、すいません!」


 翔は先輩を助けようと思っただけなのに、床に押し倒していて、その上、今回は両手で、その爆乳を揉んでしまっていた。


 揉んでしまっている事で、先輩の性感帯を刺激してしまい、喘ぎ声が先輩の口元から漏れだしていたのだ。


 紫詩乃むらさき/しの先輩は図書館の床で仰向けになったまま、みるみると頬を赤く染めていく。




 二人の間に気まずい空気感が漂い始めていた。


 翔はすぐさま、先輩の胸から手を離す。


 が、もうすでに遅い。


 先輩から睨まれていたからだ。


 今回ばかりは本気で怒られることも覚悟していた。


 またもや、先輩のおっぱいを触ることになるなんて、運がいいのか悪いのか、困ったものだ。


「それより、私の上からどいてくれない?」


 意外にも、先輩は怒る事はしなかった。


 翔はどぎまぎしていた心臓の鼓動を抑えながら、その場に立ち上がる。


 刹那、三つ目の出来事が生じた――






「確認をしにくれば、こういうことになってるなんてね。やっぱり、この部は早めに廃部にした方がよさそうね」


 他人をどん底に陥れるかのような、嫌味な口調が特徴的な女の子。

 それはまさしく、この学園のトップ――生徒会長の大和凛子やまと/りんこだ。


 日本風の美人の象徴である黒髪のロングヘアスタイルでかつ、生徒会長であるがゆえに厳しい言葉が多い。

 胸の方は小さいが、意見だけがしっかりと主張する人だった。


 生意気というべきか、一癖も二癖もある存在だ。


「こんなところで、何をしているのかしらね? まさか、エッチな事?」


 生徒会長から指摘が入る。


「ち、違います。これは先輩の頭上に本が降って来たので。それで、助けようとして、こんな結果になったわけで」


 翔は生徒会長の方を振り向いて、早口で事の経緯を説明する。


「そう。だから、辺り一面に、大量の本が散らばっているのね」


 生徒会長は納得していたが、今日ここに来た理由はこんな話をするためではないと言わんばかりに、ジロッと翔の方を見やり。その後、距離を詰めてきた。


「というか、今はね、君には用事はないの。どいてくれない? そっちの後ろにいる人に用事があって、わざわざ、ここに来たよ。ねえ、紫詩乃!」


 生徒会長は、翔を退け、その後ろの床でしゃがんでいる紫先輩の方へと向かって行く。


「それで、図書部としての実績は作れそうなのかしら?」

「今、やっているところ。実績を作るためにね」


 先輩は立ち上がり、目の前にいる生徒会長へ視線を合わせていた。


 今、この場で二人による火花が散っているようだ。


「でも、実績を詰めなければ廃部ってのは変わらないから。そもそもね、図書部なんて、いらないのよ。元々、図書委員会が管理していたでしょ? それをあなたが図書部なんて意味不明な部を立ち上げたりするから」

「けど、私が図書部を設立する前は、図書委員会の人らは何もしていなかったじゃない。図書館は、一人で過ごしたい人もいるから。その人らの心のオアシスにしたいの。小規模かもしれないけど、適当にやられるくらいなら、私がやろうと思ったの」


 先輩は生徒会長に対し、反論していた。


「心のオアシスって。そんなのいらないわ。今の時代、色々な娯楽があるでしょ?」

「そうね。それは色々あるわ」

「だったら、図書館の本なんて読まれなくたっていいじゃない。どうせ、本なんて、読んでも読まなくても大して変わらないわ。読みたい人が読めばそれだけでいいでしょ」

「……そ、そうかもしれないけど」


 先輩は生徒会長に圧倒されつつあった。


「でも、そうかもしれないけど。私は少しでも本に興味を持ってくれる人を増やしたかったの」

「でも、そういう時代じゃないでしょ。本は、スマホでも見れるし。わざわざ、こんな部に部費なんてありえないのよ。前の生徒会長だったら、あなたの考えを受け入れていたかもしれないけど。私が生徒会長である以上、徹底的に潰すつもりだから」


 生徒会長は絶対に、廃部させてやると言わんばかりの態度で語気が強くなっていた。


 生徒会長からしたら、無意味な部にしか思えないのだろう。


 先輩は許せないといった表情になり、生徒会長と向き合ったまま、好戦的な瞳になっていたのだ。




「怖いわね。そんなに怒らないで」

「あなたが、そんな事を言うから」

「けれどね、部活である以上、この学園に貢献できる実績がなければ、部費も増やせないのよ。これ以上ね、無意味な部活に部費なんてさけないから。本当は、実績のある野球部やサッカー部。その他に、去年頃からテニス部も活躍し始めているから。そっちの方の部費を上げたいのよ。わかる? 意味がないところにはお金は使えないの」


 実績がなければ、存在する意味がないのだろうか。


 そんな事はないと思いたい。


 存在する以上、何かしらの役には立っているはずだ。




「それに関しては問題ないですから。絶対に、実績を残せるはずなので」

「……出来るのかしら?」


 翔の発言に、生徒会長が振り返った。


「まあ、精々頑張りなさい。どうせ、できないでしょうけど」


 生徒会長は捨て台詞を残し、図書館から立ち去って行った。




 再び、図書館に平穏が訪れたのだ。


「紫先輩、あんなことは気にしなくてもいいので。俺が、何とかしますから」

「……ありがと。まさか、あなたが、あんなことを言うなんてね」

「あのまま紫先輩が、あの人から言われ続けるのは、嫌だったので」

「……本当にありがとね。助けてくれて」


 その時、あまり感情を表に出さない先輩が少しだけ、瞼を濡らしていた気がした。




「ま、まずは、この散らばった本を片付けないとね」

「紫先輩、大丈夫ですか?」

「別に、大丈夫よ。いいから片付けるから」


 二人は本棚の整理を続けることになったのだ。

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