第22話 まだ、過去の事が…
「じゃあ、帰ります」
夕暮れ。
夜に近くになり、図書館の窓から電灯の明かりが見え始めていた。
「そろそろ、もう帰らないといけないですよね?」
充希がテーブル上にのせた通学用のバッグの中身を確認しながら続けて言う。
部活を切りのいいところで終わらせ、帰宅しなければならない時間帯なのだ。
いつまでも校舎に居座ってもしょうがない。
あと三〇分ほどで、学校の校門が閉まってしまうのだ。
出来る限り、早めに行動した方がいいだろう。
「そうだね。今日はこれくらいにして、大体の作品の流れは出来たから。今日は解散ね」
先輩も、充希に言われて、ようやく窓の外が暗くなっていることに気づいたらしい。
「それと、私、少し良いアイデアが思いつきましたので。さっそく取り掛かりたいんです!」
充希はワクワクした顔をしている。
「どんなアイデア?」
紫先輩が問う。
「それは自分の小説の事なので。秘密ですね」
「そ、そう。あなた自身の作品の事ね。まあ、いいわ。また、明日ね」
「はい。では、失礼しますね」
充希はバッグを肩にかけて、図書館から出て行った。
彼女が一人だけいなくなっただけで、かなり、室内が静かになった。
明るさが突然消えてしまったかのようだ。
「紫先輩。こんな内容でも問題はないですかね?」
「まあ、流れとしては問題ないと思うわ」
「そうですか? なら、いいんですが」
「あなたは、もう少し自信を持って書いた方がいいわ」
紫先輩から後押しされた。
「まあ、明日は明日で色々とやることあるでしょ」
明日は部員の皆と気分転換感覚で遊ぶ約束をしていた。
「アイデアは、作品を書いている時以外にも思い浮かぶこともあるから。その時に、もう一度悩むべきかもね。今は、帰る準備でもしましょうか」
翔は、紫先輩から簡単なアドバイスを貰う。
その後で先輩は席から立ち上がってバッグの中身を整理していた。
翔も帰るために席から立ち上がる。
「私も帰ります。今日は用事があるので。申し訳ないですが、あとは先輩たちに後始末を任せてもいいですか?」
図書館の受付カウンター近くにいる
彼女は受付カウンターのところにいて、丁度、その作業が終わったようだ。
「別にいいよ。用事があるならしょうがないから。あとは。私たちで何とかやっておくから」
「はい、ありがとうございます。先輩たちも遅くならないように」
香奈はお辞儀をして、普段から使っているバッグを両手で持って図書館の外に出て行ったのだ。
最終的に、翔は先輩と二人っきりになった。
「じゃあ、私らも帰ろうか」
「はい、そうですね」
翔も後片付けを始めることにした。
今日はそこまで大きく進む事はなかったが、大まかなプロットは出来ていた。
まだ、納得できる内容ではなかった。
それに、次ので何かしらの賞を取れなかったら非常に危ないのだ。
今回は翔が書く事になっていて、一回でもしくじったら、翔のせいで部活が廃部へと思い込まれてしまうかもしれない。
そう思い込んでしまうと、翔は悩んでしまう。
「……俺は、絶対に頑張りますから」
「え?」
紫先輩は突然の翔の発言に驚いたようで、一瞬目を見開いていた。
「俺、出来るかわからないですけど。できるところまではやるつもりですから。でも、次のでなんの成果もあげられなかったら……俺のせいにしてもいいので」
翔は自分が思っている不安を踏まえ、全部、口から曝け出す事にした。
心で感じている事を事前に伝えておいた方が、後々自分の心も救われるというものだ。
「私は別に、そんなことは気にしないよ。だって、翔は出来ると思っているから」
先輩は翔の事をまじまじと見ながら、ハッキリと伝えてきたのだ。
「どうして、紫先輩はそうハッキリと言えるんですか? 不安じゃないんですかね?」
「それは不安だけど。あなたは昔、小説を書いてたんでしょ?」
「そうですね。それはそうなんですけど……やっぱり、不安なところもあるというか」
「そういう不安な事は考えない方がいいわ。あなたは失敗する事を恐れすぎているところがあるのかもね」
先輩は翔の前に来て、ジッと顔を、特に瞳を見つめてきたのだ。
「誰でも失敗する事もあるし。それで諦めてしまったら、何も出来なくなってしまうかもね。あなたは今、本格的に書いてないの?」
「はい。そうですね。書いてないですね」
翔は頷いた。
昔は毎日のように書いていたが、昔に比べ、まったくと言っていいほどに書いていないのだ。
「それでよかったの?」
「俺は、それでよかったのかもしれないです。辛い感情から逃げられたので」
「でも、それは諦めたから、苦しみから解放されただけでしょ? 小説を書く事から逃げていただけじゃないの?」
「……」
紫先輩に図星を付かれた感じになり、それ以上、先輩と目線を合わせることが出来なくなっていた。
なんて、返事を返せばいいのかわからないのだ。
小説を書くのを諦めて、ただ逃げていただけかもしれない。
自分の過ごしやすい環境を手に入れるために、現実から目を背けているだけだったのかもしれない。
最初は逃げたかったわけじゃないのだ。
でも、結果として、そうなってしまっている。
現実と向き合いたくなかったから逃げてしまったのだろう。
自分の心の弱さを受け入れられなかったから、書くのを辞めてしまったのだ。
「翔は、今回は本気で書ける? 無理には強要しないけど。心のどこかで失敗を恐れているなら、設定だけは翔が考えて他の子に書かせるけど? もしくは私が書くか」
「……いや、俺が、最後までやります。心のどこかでは不安はありますが、本当はやっぱり、書きたいと思うので」
まだ感情が不安定だが、心の奥底では誰かに見せる小説を書いてみようとは思っているはずだ。
今、翔は自分の心に問いかけ続けていたのだ。
出来る可能性を見出すために――
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