第3話 覚悟
「アスタくん、準備できたかい?」
「うん。ありがとう、ダンバおじさん」
「いや構わないよ。むしろこちらこそありがたい。それにお
「年齢は関係ないよ」
小さい頃から俺を見ていた村人のおじさん――ダンバさんは、感慨深そうに言う。
本日は、村に一人しかいない行商人のダンバさんが馬車に乗って街へ降りる日。そして俺もそれに同行することになったのだ。まだ村から出たことが無い俺に、テオ爺が「付いて行ってみるか?」と提案したのが事の発端。
「村の外の様子。物の価値。外部との関りに商売の見学。将来金を稼ぎたいなら、お前のこれからに欠かせない経験になるはずだ。ついでに必要な素材も買ってきてくれ。いつもはダンバに頼んでいるのだが、もうすでに素材の目利き関してはお前の方が上手だろうからな」
とはテオ爺の言だ。
なので今回は、社会科見学兼「はじめてのおつかい」というやつである。
そうしてダンバさんの馬車でやってきたのは、最寄りの町であるらしいセームという港町だった。
潮風に晒されながらも活気あふれる町の様子に、まるで旅行に来た時と同じような高揚感に包まれる。
まぁ前世ではろくに旅行なんて行かなかったけど……。
嫌な記憶がフラッシュバックして慌てて首を振る。そんな俺を不思議そうに見ているダンバさんを誤魔化しながら、市場の中に紛れて並べられた露店に駆ける。
「アスタくん、おじさんはここで店を出してるから、用が終わったら帰ってくるんだよ」
「はーい!」
後ろ手で返事をしながら、頼まれていた品を探していく。
店は選り取り見取り。品質に差はあるが、売ってるものが被っている店もちらほらある。
しかしこう見ると、商人って言うのは案外数が多い。明らかに自作の制作物を売っている露店もあるし……ふむ。
将来金を稼ぐ方法として、店を構えたとしよう。だが人が多いところには商人も商店も集まる。その中で俺が物を買ってもらうにはかなり工夫が必要になるはずだ。
「行商人……あり、か?」
村からこのセームに来る最中、ダンバおじさんの馬車は町に着くまでに何人かの人に声を掛けられていた。
相手は総じて、冒険者たちだ。
冒険者とは、この世界に犇めく魔物という怪物の討伐や、魔物が巣食う場所の探索などを生業にする職業で、この世界でもっとも人口が多い職種とされている。
冒険者たちは依頼を受け、準備をする。しかし不測の事態とは何事にも起こりうるもので、そんな時の物資追加の方法が行商人。
行商人のメリットは街を転々とできる事だけでなく、移動の道すがらでもそんな風に物を売ることが出来ると言う点だ。
多少割高でも、他に頼れる者がいないのだったら背に腹は代えられないだろうしな。
「ローコストハイリターンを実現するなら……全然ありだな」
真面目に考えてみるか……。
俺が作れる物には限度があるし、手に入れられる素材も同様。だとすれば安い素材で高い利益を得る必要がある。
「うん、いいじゃん。まず拠点の店を開いて……出張で行商人として物を売る。客が来るのを待つんじゃなくて、こっちから売りに行けばいい」
方法は後々考えるとして、当面の目標はこんな感じか。
ぶつぶつ言いながら素材を買って行く俺を不気味そうに見る商人たちの目を無視しながら、テオ爺から受け取ったメモに書かれている物を揃えていく。
全部で5万ガル。ガルというのはこの世界の金の単位で、商売を司るガルヴァリウムという古代神から名前を取っているらしい。
パン一個が120ガルであることから、1ガル=1円程度の換算で考えてよさそうだ。
セームはメギスト王国という大国の国土であるため、店主にはメギスト硬貨で支払う。
硬貨の種類は鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖銀貨の六種。
鉄貨が10ガル。順に一桁ずつ上がっていき、聖銀貨が100万ガルだ。聖銀貨はほとんど商業取引でしか使われないらしく、市民が使うのは白金貨までだとテオ爺が言っていた。
聖銀貨での取引……必ず実現させてやる。
おつかいを終えてダンバさんの馬車に戻る。
そこから午後までダンバさんの商売を見学していたが、客足はなかなか伸びなかった。
「……あんまり売れないんだね」
「いや、こんなものだよ。俺たちの村はほとんどが自給自足だし、この商売もあまりもので行ってるだけだからね。売れるだけ御の字だよ」
「そうなんだ。質もいいのに……この回復薬とか、剣とか。なんで売れないのかな?」
「そうだね……行商人は当たりハズレが激しい印象があるんだろうね。ぼったくりも多いし、何より商品の質は使ってみないとわからない。手が伸びないのも当然だよ」
ダンバさんの言葉に、なるほどと得心する。
使ってみないとわからない。そりゃそうだよな。
店を構えているなら信頼を得るために品質も落としちゃいけない。けど、行商人は最悪逃げられるし……。
……なら。
「実践販売とかどう? 使って見せて、効果や質を見てもらう……とか」
「まぁ、よほど商品に自信があるならそれも手だと思うね。けど普通、回復薬みたいな消耗品だった場合、使って見せる物と売る物が同じなら利益は差し引きゼロになってしまうからね。しかも、見せても買ってもらえない可能性だってある」
「あ、あー……そうだよね」
当たり前だ。回復薬を売るために回復薬を使って見せる。これじゃ意味がない。
回復薬が1万ガルだとした時。回復薬を使って見せれば回復薬は当然1個無くなる。ここで1万ガルの商品の損失。
その後回復薬を買って貰えれば1万ガルの利益は生まれるけど……買って貰えなかった場合はただ商品を無駄にするだけで終わる。
回復薬を作るにも素材が必要だし、素材を得るには金が必要だ。
一万ガルの価値がある回復薬を作るには……素材の価値で言うなら9000ガル程度は必要だろう。
一個売れても純利益は1000ガルに届かないくらいだ。複数個売れても利益はあまり高くない。
「剣とかの場合、実践販売は刃毀れとかで切れ味が悪くなってしまうこともある。商品の質を下げかねないんだ。それに、行商人の剣なんかを買うより、都の鍛冶師にオーダーして作ってもらうのが一般的なんだ。金は掛かるけど、武具は命を預ける道具だからね、妥協する人は少ない。……説明はこんな感じでいいかな?」
「……うん、ためになった。ありがとうダンバおじさん」
にこやかに頷くダンバさんに、内心でも深く礼を言う。
付いてきてよかった。勢いで村を出る前にこれを聞いたことで、俺の人生設計はより確かなものになるだろう。
俺は今世、使えるものはなんだって使うと決めた。善だとか悪だとか心底どうでもいい。
手に入れたい物を手に入れて、やりたいことをやる。
ただ、それだけだ。
結局この日、俺とダンバさんは持ってきた商品の大半を持ち帰ることになった。
事件が起こったのは、俺たちが村に帰る道中。
「止まれっ!!」
御者台に乗っているダンバさんの声で、荷台でうたた寝していた俺は目を開く。
「ヒヒーンッ!」と嘶く馬の声と、蹄が地を叩く音。馬車を取り囲む複数の人間の笑い声。
盗賊か。どうやら面倒ごとに巻き込まれたようだ。
……今は、眠ったふりをしておいた方が何かと都合がよさそうだ。
バサッ! と荷台の幌が開かれると、皮鎧に身を包んだ何人もの男たちが荷台に乗り込んでくる。
薄目で様子を窺うと、剣や槍、ナイフを片手に持った彼らは俯いている俺を見つけたようだ。
「
「ははァ! こりゃついてんなぁ! おいおっさん! このガキがどうなってもいいのか!?」
うおすげぇテンプレセリフ。この耳で聞くことになるとは思わなかったな。
興奮気味に荒げられた頭と呼ばれた男の声に、ダンバさんは冷静に刺激しないように言葉を返す。
「子供に手を出さないでください。……要求は、なんでしょうか」
「当然荷台の荷物全部だ。だが生憎、オレらに馬車の御者はできないんでなぁ……ついてきてもらうぜ」
「ガキはいつでも殺せるぜ。変なこと考えんなよ」
「……わかっています」
交渉の後、馬車が動き出す。
進路は村に帰る道から大きく逸れる。馬車の揺れからして、険しい山道に入って行っているようだ。
俺は冷たい剣の感触を首に感じながら、テオ爺の言葉を思い出していた。
『村の外は危険に満ちている。魔物も、獣も、別の種族も……そして人間も』
つくづくその通りだと、笑ってしまいそうになる。
『だから――躊躇うな。障害は排除しろ。殺せ、奪え。お前が生きていた前の世界はどうか知らんが、この世界はそういう世界だ。そしてそのための力は、日々の鍛錬で身に付いているはずだ』
ああ、わかってるよ。テオ爺。
錬金術に必要なのは精密な魔力の操作。俺はそれを毎日続けている。
誇張無く、毎日だ。
結果、身体中の魔力を無意識に動かせるまでに成長した。
「ここだ! 止まれ!」
かなりの時間が経った後、馬車が急停止する。
俺は、まるでその衝撃で起きたように「……ん」と声を漏らす。
「……あれ?」
「はははッ! 今頃起きたのか坊主」
「運が悪かったな坊主……短い人生だ」
「頭ッ! もう殺しちまって良いんですよね!?」
「ああ、二人とも殺してから、全部運び込めッ! あと、あの金銀獣人どもの様子も見とけよッ!」
会話からして、目的地に着いたようだ。
じゃあ、
「じゃあなぼう――」
魔力を溜めた足を、一気に蹴り上げた。
「ぼごぉッ!?」
ごきゃっ、と首が逝った音を鳴らして吹き飛ぶ男の手から取り落とされた剣を拾い上げ、踏み込む。
ダンッ!
馬車が揺れる。荷台にいる盗賊は五人。全員、俺の始末は他人に任せて荷台の中身を運ぼうと視線を外している。
連携も何もない、烏合の衆だ。
テオ爺曰く、
『不測の事態に対応するのに、達人なら〇・五秒。武闘家で一秒。素人なら二秒だ。二秒あれば……今のお前なら七人は殺せるはずだ。敵の数がそれ以下なら、迷わず行動しろ』
とのこと。
錬金術だけでなく戦闘にも精通しているテオ爺は、戦闘についても出来る限りの指導をしてくれている。そんな祖父に畏怖を抱きながらも、感謝の念が堪えない。
まぁ俺が教わったのは魔力を使った身体強化と肉弾戦についてだ。剣なんて教わってない。
だからこれはリーチを得るための道具だ。
まず——一人ッ!
「……ぁッ」
力任せに振り抜いた剣で、斬るというよりは押し潰すように手前の一人を沈黙させる。
返す刀で異変に気付き始めた男の背中を突き刺し、剣を手放す。
これで、二人。
瞬間、踏み込んだ足で地を蹴る。俺の速度は一瞬で最高速度に到達した。
「なっ、なにが――」
「ふッ!」
振り向いた男の顎を蹴り抜いて手から槍を奪う。三人目。
奪った槍を魔力を込めた腕で投擲すれば、槍は並んでいた二人の男を貫いて荷台から吹き飛ばした。
実践は初めてだけど、かなり上手く行ったな。
「おいてめぇら……なにやって……————なっ!?」
頭と呼ばれていた男は、五人が倒れ伏す姿に驚愕の声を上げた。
荷台に積まれていた剣を片手に持った俺にその隙を逃す理由がない。
「残念!」
引け腰の男の懐まで一歩で距離を詰める。
振り上げた剣はそのまま男の首を……。そう思った時。
「あめぇんだよッ!!」
ガンッ!!
剣が受け止められた。
差し込まれた頭の剣はギリギリと音を立てながら俺の剣を押し戻そうと拮抗している。
まじか……結構本気で振ったのにな……。
「へっ、へへ……ガキのくせに力強ぇじゃねえか……よぉッ!」
頭はその声と共に、俺を押し潰そうと力を込めた。
だから俺は、
「ありがとう。でも大人のくせに、力任せなんだね」
「えっ」
受け流すように力を抜いて、剣を捨てる。
その結果、頭の剣は力任せに地面に叩きつけられ——あまりに大きな隙を晒す。
「ま、まっ――」
「ダメ。だって俺たちのこと殺そうとしたじゃん」
左手の指先に魔力を集中させ、貫き手を放つ。
寸分違わず頭の胸に吸い込まれた俺の手は、生暖かい感触を貫いた。
「ごっ……ガぁ……ッ」
「かっ、頭ァッ!」
「わらわら出てきたな。まぁいいや。練習になるし」
ここでこの盗賊たちに殺されるほど俺が弱いなら、魔物の相手をするなんて論外。この世界で生きていくことなんてできない。
この世界で生きるには、金と……そして力が必要だ。
あー、商人になったら戦闘要員雇わないと。
そんなことを考えながら、盗賊たちの根城である洞窟からわらわらと湧き出る盗賊を屠っていく。
頭という支柱を失った彼らは弱く、ものの数分で彼らは全滅した。ってか、全滅させた。
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