第11話 陰謀の最中

 討伐隊として大森林の中央に向かって駆ける四人の耳に、後方からの衝撃音と冒険者たちの悲鳴が届く。

 

「ったく、なんなのよ! 罠に嵌まったのは完全にこっちじゃない!」


 声を上げながら速度を上げるラトラナ。

 アグナとオウル、デムシュもそれに続き、早急に目的地に辿り付くために疾走する。


「後方の冒険者及び反対側の騎士たちからは閃光信号が出ていません。この森の中で現在、特異種ユニークとの接敵は発生していない。そして先ほどの咆哮の発生源は恐らく大森林の中央。多分、件の巨大猿コングは巨大樹付近でふんぞり返っていることでしょう。森の王……とでも呼びましょうか」


「知恵つけるにしても限度があるでしょうがっ! 魔物の知能じゃないわよそれ!」


特異種ユニークは時間が経てばこうなるんですよ。見つけ次第討伐が可能な貴女は知らないでしょうが」


 魔物を取り逃がすことなどほとんどないラトラナは、放置された特異種ユニークの脅威に舌を打つ。

 二人のやり取りを聞きながら後に続くアグナとオウルは、周囲の状況に目を細めて顔を見合わせた。


「姉さん。どう?」


「——魔物、いない。邪魔しに来るかと思ったのに」


 アグナの言葉にオウルが頷く。

 統率された魔物たち。討伐隊を避けるように後方の冒険者たちに起こった襲撃。

 それらを鑑みれば、彼らが何者かの指揮に従って動いているのは明白。

 そしてその指揮官は、恐らく件の特異種ユニーク

 デムシュが形容した『森の王』は、その在り方の核心を捉えた呼称だろう。


 しかし、そうであるならばアグナたちが中央にすんなりと近づけている現状には違和感がある。

 王の根城である巨大樹への道に、護衛の魔物が存在していないのだ。まるでわざと道が開いているかのように。


 何かがおかしい。

 二人の脳裏に這う違和感に眉をしかめた瞬間。


「皆さん、森を抜けます。中央です」


 デムシュがそう言うと四人は森を抜け、開けた場所に出た。


 眼前には見上げるほどの巨大樹と――


「…………は?」


 その光景を眼にした瞬間、ラトラナは吐息混じりに困惑の声を漏らした。

 ラトラナだけではない。アグナも、オウルも。瞠目して言葉を失った。



「——それでは、始めましょう」


 デムシュは、そう言って前に出て――くるりと振り返った。

 片手には剣。

 その剣の切っ先は、アグナとオウルに向いている。


「……どういうことかしら?」


 険しい表情を浮かべるラトラナは、敵意を剥き出しにしてデムシュに問いかける。


 メギスト大森林の中央で彼女たちを待っていたのは特異種ユニークではなく――50人を超える帝国の騎士たちだった。

 彼らの鎧に刻まれている剣の紋章は、執剣武官の部下である証拠だ。


「こいつら、あんたの兵隊ね。皇帝はこのことを承知してるのかしら?」


「無駄話をするつもりはありません。邪魔をしないでいただきたい」


 デムシュが手を掲げ、パチンと指を鳴らす。

 瞬間、大樹が揺れた。


『————ゴォォオオアアアアァァッァァァアアアア!!』


 上空から響くけたたましい咆哮。

 ソレは、大樹の上から隕石のように落下を始めた。


「——避けなさいッ!」


 行動は早かった。

 ラトラナは頭上から降ってくる『森の王』——巨大猿コングの落下地点から退避し、アグナとオウルも迷うことなく後退する。

 直後、巨大猿コングが地面に衝突した。周囲の地面を波打たせ、地震を起こすほどの質量と殺意を持ってラトラナを追撃する。


「ッ!」


 振り下ろされる筋骨隆々の拳を紙一重で躱し、瞬く間に迎撃の態勢を整えたラトラナ。

 手に生まれ出でるのは真紅ルビーの魔力剣。

 紅い軌跡を宙に残し、ラトラナは一瞬の間に四つの斬撃を見舞う。


『グアゥッ!?』


 怯んだ魔物から距離を取り、次に生み出すのは深緑色エメラルドの弓。後退しながら矢を番い、放つ。風を切った神速の矢は、寸分違わずに森の王に着弾した。


 これこそ、ラトラナの二つ名の由縁だ。


 この世界を支配する魔力にはそれぞれ色が存在する。


 赤い魔力は『力と炎』。

 青い魔力は『守りと水』。

 緑の魔力は『速さと風』。

 紫の魔力は『操作性と雷』。

 白の魔力は『癒しと大地』。


 魔法を使う者でも使わない者でも、誰しもが魔力に色を持っている。

 大半の魔力はこの五色。例外は世界でも数えるほどしかいない。

 魔力は基本一人一色。

 だが、ラトラナはその例に漏れる。


 五色の色を自在に切り替え、操る。

 努力では得ることが出来ない、先天的な神の加護。


「流石ですね」


 感心したように言うのは、土煙の向こうから姿を現したデムシュ。

 声に反応するように、傷を負った森の王はラトラナの前で鎌首をもたげた。


 ラトラナは内心で舌を打った。

 分断された。回避のために距離を取ったことで、アグナとオウルから離れてしまったのだ。

 いや、恐らくそれも、計画の内。

 

「……なるほどね。全部仕組んでわけ」


「やはり面倒です。あなたが最大の懸念点でしたよ、宝石殿」


 巨大猿コングの落下攻撃の余波は、デムシュや騎士たちを巻き込んでいない。

 無傷のデムシュは、まるで主人に首を垂れるような態勢を取った巨大猿コングの頭をポンポンと叩いた。

 完全に手懐けているのだ。この特異種ユニークを。


「……勝てると思ってるの?」


「邪魔をしないでいただきたいのですが」


「ふざけんじゃないわよ。こんなデカブツ仕向けてくれちゃって……ぶっ殺すわよ」


「私たちの目的はあなたではありません……ですが、見られてしまうのも計算の内。まったく、には、恨みも募ります」


 デムシュが溢した愚痴は、帝国が一枚岩となってこの状況を作り出したわけではないことを物語っていた。

 帝国の中に、何かを企んでいる者がいる。そう言うことだ。

 攻撃の隙を窺うラトラナに、デムシュが肩を竦めた。


「ですがまぁ……いいでしょう」


 そう言って懐から彼が取り出したのは、一つの小瓶。

 元々の色は、恐らく赤。しかし、まるで酸化した血のように黒くくすんでしまっていた。


「……それは」


「失敗作ですよ。支給されたは良いものの、人体への悪影響がひどい」


 ポンッ、とコルクを抜いたデムシュは、粘性の強い黒い液体を、先程ラトラナが付けた巨大猿コングの傷に垂らした。

 その瞬間。


『ッッ!! ゴアァッァ゛アァアアッ……アァァ゛ア……』

 

 森の王はのた打ち回り、苦悶の咆哮を上げる。

 ドンドンと地を踏み鳴らしながら叫ぶ巨大猿コングを白けた目で見つめるデムシュは「このように」と見世物のようにそれを指した。


「宝石殿……——。この名に聞き覚えは?」


「……人名かしら? 生憎、聞いたことないわね。どうでもよすぎて忘れたのかも」


「そうですか……いえ、結構」


 そこまで言って踵を返したデムシュ。

 好機。

 背を向けたデムシュに、ラトラナは再度矢を番え――。


『——ゥゥゥウウンッ!! ゴァアアアッ!!』


「はぁ!?」


 一瞬で眼前に現れた巨大猿コングの一振りに吹き飛ばされた。

 青色サファイアの障壁で致命傷は避けたものの、勢いのままに地面を転がるラトラナ。


「くそっ……なんなのよあれ!」


 明らかに、巨大猿コングの能力が数段上がっている。

 黒い液体だ。原因はそれ以外考えられない。

 悪態を吐きながら立ち上がった時——ぐらり。ラトラナの視界が揺れた。


「なっ……なんで……!」


「やっと効いてきましたか。遅効性の物はやはり扱い辛くていけない」


 デムシュはラトラナに背を向けながらそう言い放った。

 

(あのエール……なんか入ってたわね。しくじった……警戒心緩み過ぎだっての……)


 昼にギルドで飲んだエールを思い浮かべ、ラトラナは歯噛みした。

 裏切りの可能性を考えてなかったとはいえ、不覚を取った。ラトラナが自罰的に思考し、アグナとオウルの方向に目を向ける。


 自分と同じようにエールを飲んでいた二人。

 しかし今は心配をしている場合ではない。

 苦悶している前後不覚の森の王が、次にいつ理性を取り戻すかわからないのだから。


(そう言えば……)


 ふと、ラトラナは自分の腰に着いたバックパックの中に手を入れ、不遜な青年店主から買っている回復薬に指を触れた。


「……ほんと……もうちょっといいもん売りなさいよ」


 緩む口角を自覚しながら、彼女はその回復薬を呷った。


(やっと名前とか身分を気にしない対等な友達ができたってのに、こんなとこでやられてらんないのよ)


 ラトラナはふらつく足下を蹴り、暴走する巨大猿コングと対峙した。






「姉さん……50人」


「そ」


 オウルは片手に長剣を構え、アグナは細剣と長槍を軽く振るう。

 二人は先ほどから身体を蝕んでいく毒性を冷静に分析し、馬鹿にしたように笑った。


 二人が取り出したのは、神の如く敬愛する兄謹製の回復薬だ。

 それを迷いなく飲み切った二人は、いつもと変わらずに臨戦態勢に入った。


「この程度の毒、兄さんの足下にも及ばないんだよ」


「程度低い。論ずるに値しない」


 冷たく言い放ち、二人は自分たちを囲む騎士たちに得物を振り翳した。




 それらの光景を遠く離れた場所から見ているデムシュは、一人ほくそ笑む。


「騎士たちは死に瀕した時に『コレ』を飲むように言ってあります。失敗作ですが……どうせ死に行く命。役に立って死んでいただきましょう」


 手に持った小瓶の中には、黒の液体がドロドロと存在感を放っている。


「金と銀の獣人——たちの生け捕り。これで私も執剣武官でさらなる地位を――」


 ガラガラガラ……。


「ん?」


 こんな場所で聞こえるはずの無い馬車の車輪の音に顔を上げたデムシュ。



「————あぁ、そこのモノクルの御人、冒険者のお方ですか?」


 気楽な声は不気味に響き、森の中であっても嫌に明瞭だ。



「商品お届けに上がりました――アスタロトと申します」









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