第12話 人形劇

 いや~、最高だね。

 予想通りに半壊した後方支援部隊に商品を売りに行ったところ、話のわかる冒険者に買い取ってもらった商品は五等級回復薬が15個に低純度エーテルが4個。

 締めて770万ガル。聖銀貨7枚に白金貨7枚。

 おいおいおいおい、特異種ユニーク最高じゃねぇかよ! 

 まだまだ俺がテオ爺にしている借金には届かないが、ここ数カ月で一番の売り上げを記録している。

 

 即断即決で買取を決めてくれたあの治癒師の冒険者には感謝の気持ちとして高純度エーテルを握らせた。

 この高純度エーテルは魔力全快効果と一時的な魔力継続回復効果を持った代物だ。要は、無くなった魔力を全回復し、さらにさらに数十分間、魔力が徐々に回復し続けるようになるのだ。

 これの市場価値はとんでもなく高い。一般的な価格であれば聖銀貨5枚。500万ガルほどだ。


 だが、それを差し上げることには何の躊躇いもなかった。

 ああいう冒険者は貴重だ。命と金の天秤で命に秤が傾くような人間は潜在的顧客なのだ。

 ここで信用を得ておくための投資としては悪くないだろう。

 俺の詐欺商法はそろそろ冒険者たちの間で広まってもおかしくない。ただそれを打ち消すようないい噂が立つようにしておけばもう少し時間が稼げるだろう……という打算もある。


 それに、俺の商売はまだまだ終わらない!

 売った分だけ請求できるというボーナスタイム中なのだ。俺は嬉々として馬車を森の奥へと進めていく。

 だが、ほとんどの冒険者が魔物との交戦中であり、商売をする隙も無い。商談をするにはこの状況はあまり向いていない。

 「これ使えー!」とか言って回復薬などをそこら辺の冒険者たちに投げつけてもいいのだが、それを使ってくれる保証はないし、使ってくれなかったら治癒師の人にも詐欺を働くことになる。

 対価を払ってくれるお客さんとの商談は大事にしなくてはならないからな……今回は辻商人みたいな真似は控えておく。


「くそ……どっかに死にかけの冒険者とかいねぇかな……」


 人間の屑だ。わかってる。

 でも金次第で助ける方法は用意してるのだから許してほしい。

 そんな最低な思考を繰り広げながら馬車を進めること少し。


 かなり奥の方まで進んだ森の中で、巨大樹の方に目を向けて笑いながら独り言を呟く人影に遭遇した。

 暗い紫髪とモノクルが目を惹く美丈夫だ。


「お」


 思わず声を上げてしまう程の好条件。

 装備の質は見るからに高いし、服装から考えて身分も高そうだ。周りに魔物もいないと来てる。

 よし、声かけてみるか。


 車輪と荷台の音をガラガラと立てながら近づけば、彼は俺に振り返った。

 振り返った顔には「なんだこいつ?」という困惑がありありと見て取れる。


「あぁ、そこのモノクルの御人、冒険者のお方ですか? 商品お届けに上がりました。アスタロトと申します」


「商品……行商人でしょうか?」


「いかにも」


 馬車を止めて御者台から降りれば、彼は警戒するように目を細めた。

 まぁそりゃ警戒はするよな……。これは想定通り。

 さらっと彼の出で立ちに視線を送る。

 見たところ怪我はしていなそうか……? 回復薬は売れなそうだ。


 確認していると、その視線を嫌うように男は顔をしかめる。


「こんなところまで商魂たくましいものですね。ですがここは危険です。早急に離れることをお勧めいたします」


「それはそれは……」


 確かに、彼の言う通り森の中央から戦闘音が聞こえてくる。

 かなり激しいようで、爆発音や魔物の咆哮が轟く。

 

 でも、逆にこの人はなんでこんなとこにいるんだろうか。

 

「もしや……貴方は冒険者の方ではないのですか?」


「ええ、私は冒険者ではありません。帝国からの使者、デムシュと申します」


 自信が満ち溢れた表情のデムシュ氏。

 なるほど冒険者ではないのか。

 となると、彼がここにいる理由がますますわからない……けど。


「なるほど、帝国の……」


 俺は彼に金の匂いを嗅ぎつけた。

 帝国の人間で綺麗な身なり。彼はきっと相当の金持ちに違いない。

 冒険者ではなくても、彼に個人的に商談を持ち掛けるのは断然アリだ。


 そう考え、再び彼に目を向けた時。


 ——ん?

 彼が手に持つ“小瓶”に目が吸い寄せられた。


 その小瓶の中身は赤黒い粘性のある液体。

 俺はそれに見覚えがあった。

 

 この世界に生まれて17年。俺は何度も錬金術に失敗したことがある。回復薬でもエーテルでもだ。

 そして、液状の生成物が失敗した時、その色は黒くくすんで粘性を帯びるのだ。

 回復薬は黒緑とかいうおどろおどろしい色になるわ、スライムみたいにねばねばになるわで最悪だし。エーテルも綺麗な朱色がくすんでしまう。

 効果が失われる訳では無いのだが、著しく効能が落ちるし、味も不味いし一日は具合が悪くなる。

 彼が手に持っているのは間違いなくそんな失敗作のナニカだ。


 帝国からの使者。綺麗な身なりに質の高い装備。手に持った小瓶。


 俺の脳内で、それらの点が一つに繋がり線となった。


 そうか彼は――――同業者だッ!

 閃きを得た俺の脳は、いつもの五倍のスピードで回転する。


 帝国からの使者。それは帝国の商会から出張してきた商人であるということ。

 帝国の商人は水準が高いと聞いたことがあるし金も持っているだろう。綺麗な身なりも説明がつく。

 質の高い装備もそうだ。商人には危険が伴うため、遠出をする際はそれなりの装備を揃える者も多い。

 

 そうか……彼は俺と同じように商機に釣られた帝国の商人なんだ。

 俺を遠ざけようとしたのは、同じく商機を見つけてここまで来た俺を邪魔に思ったからだろう。

 森の中央で戦っている冒険者たちとの商談を独り占めしようとしているに違いない。


「……ふふふ、なるほど」


「おや、どうしました?」


 肩を震わせて笑う俺に、デムシュ氏は不思議そうに首を傾げる。

 白々しい反応しやがって、全部バレてんだよ。


 そう、彼は同業者。それも、俺とだ。

 つまり、俺と同じ……いや、俺よりも性質の悪い悪徳商人である可能性が高い。彼が持つ失敗作の入った小瓶がその証拠。


 流石の俺でも失敗作を売ろうとは思わない。

 だがこいつは図太くそれを片手に悪い笑みを浮かべていたのだ。

 とんでもない奴である。


 しかも、しかもだ。

 その手に持った小瓶の中身の色は赤黒。

 元々の生成物がエーテルだったのならば、もう少し色の薄い朱色がくすんだ色になるはずなのだ。

 だとすれば、この小瓶の中身の元々の生成物はもっと色の濃いだったことが想像できる。

 そして俺は、それを知っている。


 この悪徳モノクルは――万能薬エリクサーの失敗作を売ろうとしているのだ。

 万能薬エリクサーは一般には流通せず、実際に見たことがある者も少ない。帝国の商人が本物だというのであれば、真贋を見極められる人間は限られるだろう。

 俺のように実物を見たことが無ければ、『帝国の商人』という肩書に騙されてしまってもおかしくはない。


「まったく……あくどい方だ」


「……なんですか? そろそろお帰りいただきたいのですが」


 俺の呟きに対して疎ましそうに吐き捨てたデムシュ氏は、険しい目つきで俺を見る。


 ……いいだろう。お前は商売敵だ。

 帰るのは、お前の方だ。


「デムシュ様……でしたか? その手の品は、一体何なのでしょうか?」


「あなたには関係ない」


 俺が指摘すれば、デムシュ氏は明らかに語気を強め、声を低くする。

 明確な拒絶だ。わかりやすくて助かる。

 多分突いてやれば、すぐにぼろが出るだろう。


 例えば、こんな風に。


「見たところ、失敗作のようですね」


「——なッ!? き、貴様、なぜッ」


 ほぉら、馬鹿みたいに取り乱す。

 俺はお前の正体を知っている。魂胆も見えている。

 言外にそう言ってやれば、諦めるしかないよなぁ悪徳商人! この森の金は全部俺のものだクソモノクルが!


 そうして、その失敗作の正体を知っていることを遠回しに伝えてやれば、もう終わりだ。


「——霊薬。そんな大層な失敗作を持ち歩くとは……大したお方だ」


「————」


 ふはははっ! 見ろこの紫モノクルの絶句した表情を!

 エリクサーは別名『治癒の霊薬』。

 彼は、俺が小瓶の中身を看破していることを悟った事だろう。


 さぁ、諦めて帰るんだな。


 心の中で勝利宣言をする俺に、デムシュ氏は親の仇でも見るように双眸を鋭く尖らせる。


「……何者ですか」


「とある方の意向でここに送られた、しがない商人にございます」


 治癒師の冒険者に商品を配ってくれと頼まれただけだけど。

 そんな事実に含みを持たせ、俺のバックに何かがあることを想像させる。

 ただのこけおどしだが、追い詰められた詐欺師にはそう言うのをちらつかせるのが効くはずだ。

 前世で言う『警察関係者』みたいな言葉がなんか怖いのと同じ感覚だ。


「——なるほど。邪魔者、ですか」


「はい?」


 瞬間、デムシュ氏の纏う空気が一変した。

 人好きする優しそうな柔らかい表情から、人殺しかってくらい歪んだ険しい相貌。


 あ、まずい。

 多分この人、逆ギレタイプだ。


「運が悪かったと、諦めてください。では――さようなら」


 次の瞬間には、彼は腰の剣を抜き放っていた。

 うっわ速すぎんだろ……帝国の商人って戦闘能力も求められんの……?

 迫る白刃を前に、俺の思考はそんなどうでもいいことを考えていた。

 肉迫するデムシュ氏に躊躇いは感じられない。あと一秒もすれば、俺の頭は胴体とおさらばだろう。


 うわー、反応できねぇよこんなの。

 俺は達人じゃないし、戦闘術も基本的なことしかテオ爺から学んでいない。

 見てから反応するのには短くても二秒は掛かる。


「商人アスタロト。その名は覚えておきますよ」


 そういって放ったデムシュ氏の片手剣は――ヒュンッという風切り音と共に空を斬った。


「っ……なにッ!」


「あっぶねッ! ……んっんん゛……危ないですねぇ……いきなり斬りかかるなんて」


「……もう一度聞きます。何者ですか」


 目の前を通り過ぎた剣に素が出かけたのを誤魔化す俺に、デムシュ氏はそう問う。

 まぁ不思議だろう。彼の剣は確実に俺に届くはずだった。

 だが彼の視界の中では、ほんの一瞬で俺の身体が後ろに逸れた光景が見えたことだろう。


 ふぅ……いつになっても死にかけるのは慣れないな。

 俺の身体能力では見るのが限界で、躱すなんて以ての他な速度の剣撃。彼こそ何者だと訊きたくなるほどのものだ。

 でも、事実として俺は彼の剣を躱した。


 その絡繰りは――だ。


 アグナとオウルを拾ってから、戦闘を二人に任せた俺は、錬金術にずぶずぶに傾倒した。

 一応身体を鍛えてはいるが、二人のように俊敏に力強く動くことはできない。

 有体に言えば、俺は弱い。


 そう、身体能力だけで言うなら。

 

 だがこの世界には魔力が存在する。

 俺は、錬金術を極めていく過程でその魔力操作を洗練する必要があった。

 そしてその魔力操作は、なにも錬金術でしか使わないものじゃない。


 魔力を研究し、無自覚に使えるようになるまでに成長した魔力操作。

 俺の魔力操作はテオ爺に言わせれば『わしを超えてる』らしい。あの人は褒めて伸ばすタイプだから信用はできないけど。


 そんな俺は、ある日、ある現象を発見した。

 俺はその現象を研究し、開発し……完成させた。

 

 その現象とは、『魔力の脊髄反射』だ。


 脊髄反射をご存じだろう。

 熱いものに触れた瞬間に手が跳ね上がるアレ。

 転んだ時に咄嗟に手を突いてしまうアレ。

 脳を介さずに本能に組み込まれた機能で身を守る行動だ。


 手足と同じように魔力を扱えるようになった俺にだから起こる現象だと、テオ爺は言った。


 俺の魔力は――『脳伝達』ではなく『脊髄反射』で動く。

 俺は魔力を脊髄に繋げた。そうすることによって俺の脳が処理できない速度の危険を、脊髄が反応して魔力を動かす。

 

 目の前の人間が包丁を振りかぶったらどうする?

 そんな状況になったら、どうするかを考える前に手が顔を覆うそうだ。それは理性的にではなく本能的に。

 それと同じように今、剣を振るったデムシュ氏の脅威に反応した俺の魔力が、俺の身体を後ろに半歩退かせたんだ。

 俺の意思ではなく、脊髄反射によって。


 まぁつまり、俺の身体は脅威を認識できれば躱し続けることが出来る。

 もっと簡単に言えば――俺の視界に入った攻撃は、俺には当たらない。

 例えアグナのように神速の攻撃であっても、それが視界に入ってしまえば当たることはない。


「くっ……はぁぁああ!!」


 距離を詰めて再び剣を何度も振るうデムシュ氏。

 しかしその剣はすべてが俺の身体紙一重で空を斬る。


「なんだ……貴様ぁぁあッ!」


 デムシュ氏は顔を歪めて取り乱す。

 まぁその気持ちもわかる。

 これは傍から見ると本当に不気味なのだそうだ。


 俺の身体は、脅威を躱すために宙で三回転したりといった、物理法則を無視した動きを披露する。


 アグナやオウル、テオ爺はその動きをこう表現した。


 まるで『糸で吊るされた操り人形のようだ』と。


 そして俺の背後に、俺を操る魔力で出来た巨大な人影が見えるのだそうだ。

 あれね、スタ〇ドみたいなやつ。


人形劇マリオネット


 回避形態ダンスモード


踊る道化クラウン


 商売敵を殺そうとするなんて怖い悪徳商人だ。


 だから……——殺されないように、殺すしかないな。



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