第23話 降臨

 降り注ぐ紫電に、大気が鳴動する。

 霊峰の麓、都市ヴェルヘムの夜の闇を裂く雷光に誰もが天を仰いだ。


「……っ」


 異様な現象に声を上げる民衆の中、ラトラナはその現象ではなく、紫電が内包する特異な魔力に顔を強張らせる。

 空を見上げる人々の隙間を縫って走るラトラナは、こんな異常事態の中でまだ宿に帰っていないアスタの姿を探し続けていた。

 アグナとオウルの姿も見えないが、二人の実力は折り紙付きだ。だがアスタは一般人、冒険者の二人とは違う。


「こんな時に……どこ行ってんのよっ」


 湧き上がる焦燥に比例するように、雷鳴の激しさは増していく。


 リン……リン……。


「おーおー。なんかすっごいのう」


 呑気に声を上げながらヴェルヘムの外壁に佇む『妖刀』は、腰に佩いた二本の刀の鯉口を切りながら霊峰ヴェルネータを眺めていた。

 彼女の顔にあるのは驚愕。だが緊急事態を憂うような様子は一切ない。


「——お早い到着で、羅夢音らむね六席」


 彼女の隣でそう声を発したのは、特徴の少ないローブの男。

 男の存在に特段驚いた様子の無いらむねは、胡散臭そうに彼を見上げた。


「ディセント、ここでなにしとる?」


「白々しいこって。あんたが知らないわけないでしょうが」


「……気づいとったのか」


 お手上げだと刀から手を離したらむねは、ディセントの脛をこつんと下駄で弾いた。


 、第十一席。ディセント・ウルヴィヒ。

 十剣に最も近い執剣武官。だがしかし、その内情は大きく異なる。

 十一席に求められる役割は、『十剣』の調整。

 

 潜入、謀略、謀反、それらの事前管理と抑圧。それが十一席であるディセントの役割だ。

 彼が動くということは、十剣が本来の役割を果たさず、皇帝に不利益を及ぼす疑いがあるナニカが動いているということと同義だ。


「幻獣の救出。俺にその依頼を出したのはあんただろう? 三桁の聖銀貨なんて大金、あんたらみたいに金に価値を感じない奴らにしか出せねえしな」


「……うまくやったみたいだの。この雷鳴は、幻獣の歓喜の咆哮。無事に解放されたようだ」


「あんたはなんでここに?」


「いやなに、裏切者を炙り出そうと思うたのだが……下っ端を斬り捨てたようだ。現れもせんわ」


「さいで」


 魔力の発露は霊峰ヴェルネータを焦がし、敵を殲滅することだろう。

 幻獣とは、十剣すらも恐れる魔力的上位生物。本来人間の手に負える生き物ではない。

 幻獣の敵愾心を煽りに煽ったであろう人間という下等生物に対する怒りは、今や抑えることは不可能。

 触らぬ神に祟りなし、と。首謀者たちはトカゲのしっぽのように施設を斬り捨てたのだ。


「しっかしディセントの。ぬしが人に頼るとはめずらしいのう。自己完結と自力本願が信条であろう?」


「そりゃそうだ。だけど今回、俺だけだったら絶対邪魔が入ってたろうぜ。あんたが俺に依頼を出すってことは、裏切者は十剣の誰かだろう? 直接対決じゃ、さすがに十剣に分があるからな」


「ふざけたことを。ぬしの全力など見たこともない。想像するだけで空恐ろしいわ」


「そりゃ得体の知れない恐ろしさってやつか? そういや、最近俺も同じようなものを感じたよ」


「ほう? ぬしが恐怖を?」


 然り、と頷くディセント。

 彼は無精ひげをさすりながら、ヴェルネータを見上げる。


「今回俺が頼った相手だ。俺がそいつに感じたのは得体の知れない恐怖じゃなく、単純な数字の暴力だけどな」


「数字?」


「俺の魔眼、知ってんだろ? そいつの心臓にはな——帝国民を全員合わせても届かない魔力が入ってんだよ。魔法で表すと……神の御業と称される『中級回復魔法』が一日に三度ほど扱える程だ」


「中級回復魔法を……三回? 本物の神か何かか?」


「神か……魔王か?」


「そりゃいい。もしや――盗まれた『帝国の至宝』とやらも、其奴が持っとるかものう」




■     ■     ■     ■




 外観は、四足獣。

 見上げるほどの巨躯。だが、その姿から感じるのは恐ろしさではなく、いっそ見惚れてしまう程の優雅さ。

 風を受け流すような流線型の造形美。巨躯に見合わない滑らかな動きで雷鳴を浴びながら、それは暴力的な魔力を纏って霊峰に降臨していた。

 身体を膨張させた彼女の質量に堪えかねて倒壊した施設の残骸の中でも、その美しさは損なわれていない。

 白い体毛はうっすらと薄紫に輝き、夜の闇を妖しく照らしている。

 

 見上げることしかできない俺に、巨大な獣に姿を変えた少女は――綺麗な動きで地に伏した。


『我に乗るが良い。怨讐を晴らした末には、御身にこの身を捧げよう』


「……いや、対価は金でいいぞ? この身とかは」


『遠慮するでない。我が御身のすべてを叶えようではないか』


「あの」


『まどろっこしい』


 すると、天葬の紫は俺のローブを口に咥え、思いっきり上に放り投げた。そしてその背に俺を乗せると『フーッ』と紫電の吐息を巨大な口の端から漏らす。



『————この山は、


「あっ、まっず。アグナ、オウル、ッッ!」


 幻獣の呟きに、ドバっと冷や汗が流れ出す。

 魔道具マナクラフトを即座に起動し、二人に呼びかけた瞬間。


『数年分の恨みだ。大地よ受け止めろ――雷天塵ジオ・ケラウノス



 

 霊峰ヴェルネータ。

 大地の誕生から永久と呼べる時間の中で地上を見下ろしていた山脈は、幻獣の怒りによって跡形もなく消し飛んだ。




――――――――――――――


コロナに罹患して寝込んでました。申し訳ない。

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