第4話 金銀色への先行投資

 盗賊たちとの戦闘での損害は無し。

 俺もダンバさんも無傷で事なきを得た。


「いやぁ……やっぱりとして付いてきてもらっておいて良かったよ、アスタくん」


「気にしないで。おつかいもあったし……でも役に立ててよかった」


「流石はテオさんの孫だね」


「う~ん……じーちゃんは自分のこと話そうとしないから、その褒め言葉はピンとこないんだよな……」


「ははっ、そうかい」


 困ったように眉を顰めるダンバさんは何か知ってそうな気配がする。

 でも言っていいことならテオ爺から聞くだろうし、ここで詮索する必要はないか。

 

「盗賊たち……どうしよ」


「放置でいいと思うよ。魔物の餌にでもなればいいさ。だけど、根城の洞窟にまだ隠れてるかもしれないね」


「……ちょっと待ってて。見てくる」


「一人で大丈夫かい?」


「うん、充分注意する」


 そう言って洞窟に入り込む。

 洞窟の中はそこまで広くない。入り口から注がれる自然光が辛うじて中を照らしいて、薄暗いけど何も見えない程じゃない。


「さてと……隠れられる場所はなさそうだ……け、ど」


 目に入るのは盗品と思われる荷物の数々。

 最高だ。絶対に金になるじゃんか。

 この世界の盗賊たちによる盗品は、所有者が名乗り出ない限り壊滅させたものに所有権が発生するのだ。全部売ればいくらになんだよこれ……っ!


 そんな高揚に目を横に滑らせれば――次に目に入ったのは……おり

 

 面倒なものを見た。

 檻に入っているのは、人間だ。それも二人。

 普通の人間と違うのは、頭に生えた動物の耳と尾骶骨辺りから伸びる尻尾だ。

 見るからに衰弱している。一人は震えながら俯き、もう一人は横たわって動く気配もない。


「……ぁ、れ」


 思わず顔をしかめていると、俯いていた方が顔を上げた。

 汚れて、腫れて、傷が目立つ。だがそれでも、綺麗だと感じられるほど整った顔立ちの少女……いや、まだ幼女と言っていいほど幼い。

 銀色の髪は、本来の輝きがが失われていそうなほどくすんでいる。頭頂部に生えた耳と腰のあたりから生えた尻尾は……恐らく獅子。ライオンのものだろう。

 『銀獅子ぎんじし』……と形容すれば、彼女が持つ美しさは伝えられるだろうか。


「……だれ?」


「こっちのセリフなんだけど」


「……あいつらは」


「盗賊? たぶん全員殺したけど……」


 そう返すと、彼女はだるそうに身体を動かして檻に縋る。


「だ……出して」


 少し考えて、頷く。

 ここで出さない理由は特にない。逃げるなら放っておけばいいし、襲ってくるなら殺せばいい。

 きっと、奪われた自由を欲しがっているのだろう。


 「離れて」と一言言うと、彼女は横たわったもう一人を庇うように檻の奥に後退る。

 横たわっているもう一人は、遠目からでも目を惹く金の髪。その頭頂部には犬……いや、狼の耳だろうか。尻尾も同種のもの。

 『金狼きんろう』と言い表すのが適切なのだろうが、言葉から受ける勇ましさは到底感じられない程に弱っている。まさしく風前の灯火だ。

 それを確認した後、剣を力任せに振り抜いて強引に檻を破壊した。大きな金属音に身体を震わせた彼女は、横たわった子を引き摺りながら檻を出た。


 ずる、ずる……洞窟の中にはその音だけが響く。

 見ていて気分の良いものじゃない。でも、だからどうしてやろうというわけでもないし、何ができるわけでもない。

 胸糞悪い気持ちを抱えながらその光景を見ていると、彼女は俺の足下でその動きを止めた。


 そうして――体を折り曲げ、額を地面につけた。

 あれだ、土下座だ。

 やられたことはなかったけど、やられるとこんな気分になるのか。

 ……居心地悪いわ。少なくともいい気分じゃない。


「……なに?」


 きっと俺は良い答えをあげられない。

 それがわかっているのに……。


「……おねがい……」


 引き返せ。無視して、村に帰ろう。

 そう思っているのに。


「たすけて……っ」


 無理だ。俺にそんな力はない。金はない。責任もない。

 

「——この子を……たすけてっ……ください……弟……なのっ」


 知らない。知ったところでどうにもできない。

 自分の呼吸が荒いのを自覚しながら、吐きそうな気持ちで言葉を捻り出す。


「無理。俺はそんな方法持ってないし、俺に優しさを期待しないでくれ。俺はまだ子供だ。親の金とか村の人たちの助けが無きゃ何もできないし、君たちを養う余裕なんてない」


 中身は大人のくせに。本当に情けない。

 でも事実だ。してあげられることなんて、ない。


「おねがいっ……おねがいしますっ」


「……無理だ」


 例えば、ここで同情心で「助けるよ」なんて言ったとして。助けるのは俺じゃなくて他の誰かだ。

 そして、俺も彼女たちもその人に対して払えるものなんて何もない。持ってないんだ。

 人間は、行為に対価を求めるもの。

 それは人命救助であってもそうだ、慈善活動やボランティアなどでは決してない。

 見つけたのが俺だったのが、この子たちの運の尽きだ。


「なんでも……するっ………しますっ……なんでも、しますから……っ」


「何ができるの。対価が払えるの?」


「わからないっ……わ、わかりません……けどっ……」


 やめろ。助ける理由を探すな。何もしてあげられないくせに。

 人に頼ることしかできないならクズのくせに、カッコつけて、見栄張って、結局この子たちを不幸にするかもしれない。

 俺はこの子たちに、責任を持てない。


「……無理だ」


 いつの間にか、俺は唇を噛みしめていた。

 血の味を確かに感じ取った時、俺の足は動く様になっていた。

 離れろ。そう喚きたてる脳に急かされて踵を返そうとしたその時。


「なら……——ここでっ、ころしてくださいっ……」


「————」


 再び、足が感覚を失ったように動きを止めた。

 彼女は頭を地面に打ち付けて叫ぶ。


「二人でっ、ここで、ころしてくださいっ……帰るところもないのっ……頼れる人もいないのっ……もう……生きていけないのっ……だから」


「自分で……やれよ。なんで俺が君たちを殺さなきゃならない」


「死のうとしたこともあるっ……でも、怖くてっ……それにっ、この子もまだ生きてるっ……だからっ」


 くそ……くそッ、クソくそくそっ!!

 離れろ、ここを離れろ。

 決定的な一言が来る前に……早くッ――。




「——もうっ……生きていたくないっ! みじめでっ……こわくて……もう……っ」




 ……ああ……ダメだ。

 生きていたくない。

 知ってる。俺はその感情を知ってるよ。

 どうにもならないことはあるんだ。それは自分のせいじゃないことも知ってる。

 運が悪かった。そんな言葉で片づけられる理不尽だ。


 泣きながらそんなこと言わないでくれ。

 本当は生きてたいくせに、死にたくないくせに、幸せになりたいくせに。


 気づけば、俺は頭を下げ続ける彼女の顔を上げさせようとしていた。


「おい」


「おねがいっ、します……」


「おいッ!」


 感情に任せて髪を掴み、強引に顔を上げさせる。

 彼女の顔は涙と鼻水と泥でぐちゃぐちゃだった。それでも、場違いに綺麗だと思った。


「対価だ」


「——……ぇ?」


「世界で生きるには……生き残るには……対価が何よりも大事なんだよ……!」


 何もできないなんて許さない。

 

「なんでもするだと? 何にもできない奴のその言葉ほど信じられないものなんてないんだよッ! 何ができるって聞かれて具体的に答えられない奴なんて所詮何にもできない半端モノだ。それが無いなら——てめぇに残されたもんなんて命ぐらいしかねぇんだよ!」


 聞いてしまった。それを捨てようとする言葉を、俺は聞いてしまった。

 捨てようとするくらいなら……。


「お前に残されたその命を――俺に差し出す覚悟があるか?」


「……っ」


「あんのかって訊いてんだよ……。言い方変えるか? 選べ、今ここで野垂れ死ぬか。美味いもの食って、遊んで、働いて、対価を払い終えるまで俺の作る薬とかなにやらの実験台になって生きるか。当然その場合はその弟も一緒にだ。二人の命を俺に捧げる覚悟はあんのかって訊いてんだよッ! お前らに払えるもんなんて……それくらいしかねぇだろうが」


 俺がこの子たちのためにリスクを負うメリット。それがなきゃ、助ける理由なんてない。俺がこいつらのために厄介ごとを背負いこむ必要もない。

 でも、二人が命を差し出すのなら。見ず知らずの俺なんかにそこまでしてしまう程追い詰められているのなら……。

 まぁ日々の実験とか、素材収集とかに役立つかもしれないし……。


 彼女は再び泣いていた。

 でもその涙は、悲壮からではない。

 その瞳は熱を吹き返し、希望を湛えている。


「……さっ、捧げます……っ! おねがいしますっ!」


「……なに嬉しそうにしてんだよ。なんかの形で対価を払い切れなきゃ、一生こき使うって言ってんだぞ?」


「おねがいしましゅっ!」


「噛んでるし……はぁ」


 銀色の耳と尻尾を激しく動かす彼女は、目を輝かせて何度も頷く。

 その様子に嘆息しながら、俺は横たわった彼女の弟を抱きかかえる。ほとんど女の子のような顔立ちの弟くんを抱えると、彼女もよろよろと立ち上がる。しかしすぐにバランスを崩してそのまま横転した。


「ふぎゅっ……」


「……もう、いい」


 弟くんを抱えたまま彼女の前に屈み、視線を向ける。


「乗れ」


「ぇっ、あっ、いえ」


「乗れ。もう言わねぇぞ」


「は、はいっ」


 恐る恐る俺の背中に体重を掛ける彼女を負ぶって立ち上がる。その身体は、背中に乗っていることが信じられないほど軽い。


「無理して壊れたら、どうやって俺に対価払うんだよ。今のお前は身体が資本だ。壊すな」


「……はぃ」


「名前は? 二人の」


「ア、アグナ・トラム。弟は、オウル・アウル……です」


「……アグナとオウルね。もう、逃げらんねぇからな」


 俺も、こいつらも。


「に、にげないっ。対価っ、払いますっ」


「うん、そういうこと」


 ぎゅっ、と捕まる力が強くなったのを確認して、俺は洞窟を出るために歩き出す。

 こんなカッコつけたとこで、俺は何もしてやれない。 

 でも、頼れる人間はいる。こいつらと違って。


 テオ爺に土下座して……頼み込んで、素材貰って……対価は……借金になるよなぁ。ローンとか組めないかな……。

 俺は家族だから、とかそんなものはクソだと思ってる。祖父であれ何であれ、俺の中で、俺が払わなきゃいけない対価は必ず発生する。

 

 こいつらを助けるなら、リスクと責任と借金が発生するのは必至。これらは俺の人生設計を大きく狂わせるだろう。

 こいつらにそんな価値があるのかもわからないし、俺は今ここで将来をドブに捨てたのかもしれない。


 だから、こいつらには頑張ってもらわなきゃいけない。

 これは言わば、先行投資だ。俺は10歳にして大きな博打を打った……あとは伸るか反るか。

 ただ、自分大好きな俺が、この子たちに過去の自分を重ねてしまったのだから仕方ない。俺が自分を見捨てるのなんてあり得ない。


 ふははっ、精々こき使ってやる。後悔しても知らねーわ、ボケが。

 

 現実逃避として、誰にでもない悪態を内心で吐き続ける。


 だが、あんなに重かったはずなのに――二人を抱えている俺の足は、いまは驚くほど軽かった。


 


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