第2話 祖父の錬金工房

 転生してから五年。つまり、祖父との運命的邂逅から四年近く経った。

 

「行ってきまーす!」


「いってらっしゃい。いつも元気ね~」


 アルル母さんの見送りを背中に受けながら扉を開け放って外へ駆け出した。


 今世の俺の家は、大自然の中に秘境のように存在している村にある。

 見渡す限り木々の緑ばかり。森に入れば川が流れているし、それを下っていけばバカでかい滝が轟々と唸っている。

 切り立った山脈の中腹なのか山頂付近なのか……村から遠く離れたことが無い俺にはわからないが、邪魔な建造物や太陽光を反射しまくるビル群などは前世で見飽きているため、この環境はかなり気に入っている。


「アスタくんおはよう!」


「おはようおじさん!」


 人口の多くない村を横断して道すがらに挨拶を交わす。

 精神年齢は前世を合わせると20歳程な俺だが、どうやら身体にかなり引っ張られているらしく子供っぽいと自分でも思う。

 魂が大人でも身体……っていうか脳が発達途上だからかもしれない。脳の大きさって結構大事らしいから。

 そんなことを考えながら森に入り、大自然のアスレチックを超えていく。

 先日の大嵐で倒壊した木々たちを踏み越え、堤防代わりの大岩を走り登って跳び箱のように飛び越え、ついでに綺麗な小川もぴょんとひとっ跳び。


 遺伝か素質か、この身体はかなり運動神経が高い。体重が軽いからってのもあるかもしれないけど、想像した動きとほぼ同じ動きを実現できるのだ。ありがとう、屈強なガイダン父さん。


「そしてっ、行くぜぇぇえええ!!」


 ハイテンションで叫びながら、足裏にを溜める。


 魔力とは、目に見えない超常の力。

 何故そんなものがあるのか、俺は知らない。そう言うものなのだろう。

 前世でも元素やら原子などの粒子があったのと同じように、この世界にも不可視の魔力が世界中に満ちている。

 そしてこの魔力。この世界の人間には生まれつき備わっているのだ。量に個人差はあるし操作は覚える必要があるが、慣れれば手足を動かすのと同じように直感で出来る。

 あれだ、自転車に乗るみたいな感じ。最初は難しいんだけど、慣れたら生活の一部になるあれ。


 まぁ曰く、魔力の操作精度には個人差があって、練度の高い人間は無意識に行えるようになるらしいけど、当然俺にはまだ無理だ。

 今しがた俺が叫んだように、「今から動かしますよ~」って自分に言い聞かせる工程がどうしても必要になる。

 だから、魔術師とかは魔術の名前を叫んだりするらしい、精度とか成功率を上げるために。

 武術家も技の名前を叫んだりするらしい。見てみたい。アニメみたいだし。


 閑話休題。

 でも実際、この力は本当にすごい。


「よっ!」


 パンッ!!

 俺が踏み切った地面から軽い破裂音が鳴って、落ち葉が舞う。

 足裏に溜めた魔力を破裂させて、一回の踏切で最高速度まで加速する。俺の体重が重かったらもっとスピードが出ると思うが、今のままでも前世の大人以上の速さで走ることが出来ている。

 まぁこれは俺だけができる技ってわけじゃない。村の大人は全員俺以上に速いのだから驚きである。


「あっ、じーちゃん!」


 そんな俺の向かう先。鳥の囀りとよくわからん獣の唸り声が耳をつく静謐な森の中に、ぽつんとある小屋。さほど大きくはないが、その小屋の材質は鋼鉄。大きさに見合わない堅牢さが見て取れる。

 これこそ、錬金術師である祖父の工房だ。

 工房の前で小さく手を振るのは、俺の祖父、テオ爺。


「今日もやるか」


「当然!」


 「仕方ない奴だ」と俺を見る祖父の顔は慈しみに満ちていた。


 俺がテオ爺から錬金術を学び始めたのは、初めての邂逅からちょうど一年がたった頃だった。

 それから誇張無しにほぼ毎日通い詰め、彼からの教えを受けている。

 彼から教わったことは文字の読み書きから魔力の扱い方、必要な知識、魔法に関する定石や鍛錬法など多岐に渡る。


 そんな中でやはり重点的に教わったのは、錬金術について。


「では、今日は約束通り試験を行うぞ」


「はい、師匠!」


「まぁ試験と言っても、所詮は真似事。大国メギスト王国で初級錬金術師の資格を得るために必要な試験の模倣だ。これを突破したからと言って世に誇れる資格を得るわけではない」


「そんなのいらないよ。じーちゃんの合格が欲しいだけだし」


「ああ、それならいくらでもやろう」


 柔らかく微笑んで工房に入って行くテオ爺に続いて俺も工房に入る。

 中には窓が無く、換気口から射す微かな光だけが光源だ。外見通り広くない内装。ボロボロの棚にいくつもの素材が所狭しと並べられていて、瓶や箱に詰められラベリングされて保管されている。

 床に散らばっているのは、うず高く積まれた魔導書と数々の手書きのレシピ。

 なんとこのテオ爺、錬金術に使うのは既存のレシピではなく、すべてがオリジナルだと言う。

 知識の無い俺にはその真偽は判別できないけどな。孫の前で見栄を張っているだけかもしれない。


 でも、そんなことはどうでもいい。

 実際彼の言うとおりに魔力の使い続けることで魔力操作の練度が上がっていることが分かるし、四年間近くで見続けた錬金術は知識が無くてもわかるほど洗練されている。

 そして何より、彼は教えるのがとても上手い。理論を理解しているからこそ簡略化して必要なことを教えてくれるし、質問をすればわかりやすく答えてくれる。

 前世で嘆かれていた「意識高い系」のように専門用語をバンバン使うのではなく、イメージしやすい身近な例えを用いたりな。


 だからこそ、俺は今回の生において錬金術に重きを置く決断ができたのだ。

 なにも純粋な興味から錬金術に傾倒しているわけではない。俺の目的は初志貫徹。すべて金稼ぎのためだ。


 ただ、そのためには大幅なスタートダッシュが必要である。

 そう考えた俺は、錬金術これしかないと思ったわけだ。


 考えてみて欲しい。自分が生まれ変わって、赤ん坊から何かを始める時に必要なのはなんだと思う?


 才能? 環境? 努力? 夢?

 結論、すべて必要だろう。

 才能はあるに越したことないし、環境は質を高める。努力は何事にも不可欠だし、夢や目標はモチベーションの向上に繋がる。


 ただ俺が最も求めたのは――優秀な指導者だ。

 教えてくれる人が居なかったら才能も環境も宝の持ち腐れだ。方向性の違う努力なんて時間の無駄だし、夢を見るのも時間の無駄だ。


 金? そんなものは大前提だ。語るべくもない。金が無かったら生きていけないのだから。

 

 その点、俺は恵まれていた。テオ爺という優秀過ぎる指導者を祖父に持ったからな。

 優秀な指導者は知識を授けてくれるし、努力の方向性を教えてくれる。

 俺はこれでまた一つ、億万長者への道へと歩みを進める。


 あぁ、そうだ。あと一つ重要なこと。


 ——俺は、転生者であることをテオ爺に話したのだ。ちょうど去年の今頃だった気がする。

 別の世界で17で死んだ記憶があること。今世の目標が金に困らない人生を送ることだということも包み隠さず、すべてを話した。

 だって隠す理由ないし、そういうの気持ち悪がる人ではないと思ったから。

 後、あれだ。子供に教えるのと、意思の疎通が取れる大人に教えるのでは効率が大きく変わる。子供にわかりやすいように言葉を弄する時間は無駄だと思ったからだな。

 そして、俺の予想は見事的中。

 テオ爺はそれまで以上に俺への教えに力を入れてくれた。


 テオ爺曰く、


『——そうかそうか。わかりやすい言葉を考える手間が省けるなぁ。それに、合わせて20なら、充分可愛い孫だのう』


 とのこと。本当に肝が太い。俺が知らないだけでかなりの大物なんじゃないだろうか。

 

「ではアスタ。七等級回復薬か……低純度魔力補給剤エーテル、それとも鉄製の武具が良いかの?」


「一番難しいのは……エーテルだよね。それやる」


「良かろう。ではやってみせなさい」


 錬金術とは、分解と再構築。

 原形を破壊し、新たな形へと新生させる術だ。

 

 テオ爺が言った、~等級って言うのは錬金術師の制作物に限らず、この世界すべてのものに付けられる価値だ。入手難度や製作難度が難しければ難しいほど等級は上がっていく。

 七等級が最低級で、一等級が最高級。

 例外として特級や……ほとんど存在しない秘宝級、なんて価値もあるそうだけど、普通に生きてたらまず出会えないそうだ。


 そしてエーテルとは魔力を回復するために人々が使う薬だ。低純度でも五等級の価値はあるらしい。

 必要な素材は魔力を多分に含んだ物質と生物の血。

 今回使用する物質はエーテル生成で御用達の涙草なみだぐさ。その薄青色の葉に魔力を溜める性質を持っていて、凝縮された魔力が雫になって溢れ出す様からその名前が付けられたらしい。

 生物の血はテオ爺が保管している瓶から少量貰う。

 魔力は生物の血に溶けやすい性質を持っているらしく、魔力を保存するために持って来いなのだとか。

 涙草と血を、工房の中に転がっている安物の青銅の錬金釜にぶち込んで準備完了だ。

 

「——いきます」


 声に出して、魔力の操作を安定させる。


 この世界の物質は前世の世界と同じようにすべて粒子で出来ている。

 まずは、分解。

 釜に翳した手から確かな指向性を持って注がれる魔力が物質に入り込み、内側から破壊活動を開始する。

 粒子と粒子の間に魔力が入り込んでそれを剥がす。それが続くと、物質は原形を失くしていく。

 そして、涙草と生物の血が完全な粒子に変わる時。

 ——閃光が迸る。


 分解完了。


「そして――」


 再構築。

 涙草を分解した時に形を失くした魔力と生物の血を魔力で包み込んで圧縮、結合させ、一つの物質として新生させる。

 その時、バチッ! と電気音が響き、雷電が部屋を照らす。


「——ふぅ……どうよ」


 すべてが終わった後、テオ爺が釜を覗き込む。

 釜の中に入っていたのは、赤く煌めく液体、エーテルだった。


「ふむ、どれ」


 人差し指で掬ったテオ爺は、それを舐めると顔をしかめる。


「……あれ、失敗?」


 見上げて問う俺を、テオ爺は乱暴に撫でながら獰猛に笑った。


「……いや、四年も経たずに大したものだとな」


「じゃ、約束通り……っ」


「合格だな。この工房の素材を好きに使うが良い。それと、わしのレシピを見るのも許す。だがまだ制限付きだ。わしがいる時のみ、許可しよう」


「よっ……しゃあぁぁぁあああ!!」


 技術の洗練と知識の入手。この環境は俺にとって最高のものと言えるだろう。

 幼少期の時間は将来への先行投資だ。ここで、テオ爺の技術をできるだけ盗んでみせる。


 すべては、金のためだ。


 そしてさらに五年、時が経った。


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