第18話 敵の正体

 ヴェルヘム。

 規模はメギストの王都に及ぶべくもない小都市だが、大陸東側から帝国に訪れる者たちの中継地点として密かに栄えている場所だ。

 何より、ヴェルヘムは霊峰ヴェルネータの麓にある。ヴェルネータには魔物が繁殖し、希少植物や鉱石などが多く埋蔵されているため、冒険者たちが足を踏み入れる機会も多い。そのため、ヴェルネータが生み出す副産物の恩恵を多分に受けた都市でもある。

 端的に言えば、狭いけど人口密度はかなり高い、賑やかな街だ。


 さて、一路、いろいろあったがヴェルヘムに到着した俺たちは、そこそこ値の張る宿に馬車を停めた。


「やっと……着いた……」


「ちょっとアスタ。ほんの一週間でへばってどうすんのよ。体力付けた方が良いんじゃない?」


 お前のせいだバカが……。

 だが、確かに今回の依頼にラトラナがついて来たのは僥倖だった。

 というのも、野宿などに必要な知識が欠如してる俺と、護衛依頼が初めてのアグナとオウルの三人では立ちいかない場面も多々あり、それをフォローし続けたラトラナには正直驚いた。

 なぜ彼女が銅級ブロンズに止まっているのか不思議に思うほどの有能さを見せつけてくれたのだ。

 体力、魔物に対する知識に危機管理、そこらの冒険者たちよりも水準が高いのではなかろうか。


「アスタく……さん。私たちはヴェルヘムのギルドに到着証明を貰いに行く」


「到着証明?」


「目的地までの護衛が完了した証明書ですね。少し離れますけど……大丈夫ですか?」


 アグナとオウルの言葉に、俺は大丈夫だと返す。

 ちゃんと冒険者やってんなぁ。あんなに小さかったのに……。

 親心を刺激する二人を見送っていると、ラトラナは大きな欠伸を一つ。


「ふわぁ……アスタ、あんたの用事ってどのくらいに終わるの?」


「あー……依頼主が夜まで外に出てるらしくてな。用事はそいつが帰ってきてからだ。それまでは適当に時間でも潰すさ」


 まぁ本当は配送の依頼主なんてものはいない。

 これからもう街にいるはずのディセントのおっさんと打ち合わせをして、ヴェルネータに赴くのは今夜。

 長時間の滞在は幻獣を幽閉しているらしい何者かに勘付かれる危険があるため不可能なのだとか。


「へー……そ。い、一緒に街、回る?」


「ん、悪い。今は一人で静かに回りたい気分」


「……まぁ、そうよね。あんたは一人好きだものね」


 本来なら一緒でも良いのだが、今回ばかりは俺一人の方が都合がいい。依頼に関することは口外禁止だし、面倒なことにこいつを巻き込む理由もない。

 少し残念そうに肩を落とすラトラナはひらひらと手を振って宿に足を向ける。

 そうして意外そうに眼前の立派な宿を指した。


「それにしても、あんたがこんな宿を取るなんてね。泊まれるならどこでも一緒、金の無駄……とかなんとか言うかと思っていたわ」


 ラトラナの俺に対する解像度の高さに思わず舌を巻く。

 彼女が口にした感想は、まさしく俺本来の考えだ。

 この宿はディセントのおっさんが勝手にとった宿である。立派なのはそのためだ。


「ま、いいわ。私は少し休んでるから、何かあったら呼んでちょうだい」


「ああ。いろいろ助かった」


「は~い」


 後ろ手に手を振って宿に入るラトラナを見送ると、俺は人の流れに身を任せ、都市の中央に向かって足を進めた。


 ディセントのおっさんが集合場所に指定したのは、小道具店『バードラ』。

 貰った地図を頼りに辿り着いたその小道具店は、外観はシンプルで、内装は木造の温かみがある造り。

 暖色の魔法光に照らされた店内には数人の客が商品を眺めており、俺もそれに混じって店内を物色する。

 それとなく周囲に視線を配る。まだおっさんは来ていないようだ。集合時間まではもう少しあるが……大人しく待つしかないか。


 暇つぶしがてらに商品を眺めるが……正直言って商品の程度は低い。

 値段は正規のものより少し安い。薄利多売の理念で作っているのだろうか。

 それにしても色や透明度、試供品として置かれた剣を指で弾いた時の音などを鑑みると、これを作った錬金術師は見習いか何かか? と言いたくなるほどの出来だ。

 だが、他の客は文句も言わず、それどころかいくつもの商品を買って行く。


「相変わらず安くて質も良い……口コミ通りだな」


 そんな満足げな言葉すら吐く始末。

 安いのは認めるけど質はどうよ……。と言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。


 やはり口コミとは恐ろしいな。

 皆が右と言えば右。左と言えば左だ。100人中70人がこれが面白い、これが良い! と言えば残りの30人の内15人は脳死で同調するものだ。

 良いものが人気になるのではなく、目について人気になったものがさらに人気になるのだろう。

 そう考えると、やはり宣伝は商売にとっては欠かせないのだろう。この店はそんな感じで人気になったのだろうか。


 そんな余計なお世話を考えながら息を吐く。

 宣伝する気もない俺が、そんな企業努力を怠らないこの店に言えることは何もない。というか、涙ぐましい努力に敬礼すらしたいね。


 そんな時——俺の後ろ髪を微かに風が揺らした。

 

「ん?」


 隙間風かとも思ったが、そんな風はどこからも吹いていない。

 だが何らかの干渉を受けたかのような感触に首を捻り、『目』に魔力を繋げる。

 魔力的要因によって隠されたものを探す場合に重宝する魔力操作なのだが、この目に繋げるのはめちゃくちゃムズイ。手や足などと違って無意識に動くことの多い目の動きを完全に脳の支配下に置くことの難しいこと。まず意識が脳の機能を超えなきゃならない。

 すれ違う人が巨乳だった時とか、魔法みたいに吸い寄せられるじゃん。ああいうのを絶対に起こらないようにすることから始めなきゃならないんだ……。習得に時間のかかった魔力操作の一つだ。


 そうして魔力が充填された目が捉えたのは、ローブで身を包みながら来店した一人の客。

 

 軍服、指揮鞭しきべん、ブロンドの艶やかな髪。

 歩く姿は百合の花……なんて形容が似合ってしまう美女だ。腰に携えた細剣は、鞘だけ見ても非常に高価なものなのがわかる。

 身に纏ったローブは、俺が夜の商売で使っている透明鱗スケルトン外套ローブと同種の認識阻害系の魔道具マナクラフトだろう。


「店主、いるか?」


 ほんの小さな声で囁く。認識できない者にはこの声すらも聞こえないことだろう。しかし一度認識してしまえば、誤魔化しは効かなくなる。

 横柄な言葉遣い……貴族か?

 そんな彼女に、店の奥から出てきた店主は「……あぁ」と小さく声を漏らす。

 店主の目の下の隈は、数日どころか数週間寝ていないのではないかと心配になるほどに濃い。

 店主も同じくローブを纏っていた。


「今月分だ。……しかし、いつになったら成功するんだ? 未だ失敗作ばかりだ」


「無茶を言うな。数年単位の研究と試行は必須だ」


 女が取り出したのは、何かが詰まった革袋といくつもの小瓶。なにやら会話をする二人は、核心的なことは何も話さずになんらかのやり取りを続ける。

 うーん……これ多分聞いちゃダメな奴だ。

 そして俺は、目に繋げた魔力を解除した。

 見え方の変わった店内には二人の姿は見えず、他の客も何も気にせず買い物を楽しんでいる。

 すると、俺の肩にトンッと手が置かれた。


「よぉ、遠路はるばるご苦労さん」


「おっさんか」


 振り返れば、そこにいるのはふてぶてしい笑みを浮かべたディセントのおっさん。

 おっさんは俺に肩を組み、店外に引き摺り出した。


「なっ、いきなり――」


「お前さん、あの二人見えてたろ。視線でバレバレだ。もう少し警戒心の高い奴らだったら、今頃面倒なことになってたろうぜ」


 おっさんはニヤリと笑って俺の背中を叩く。

 ただ者ではないとは思っていたが、この胡散臭いおっさんはかなりできる部類の人間のようだ。


「あの女。あいつが俺たちの目標施設から出てきたのを確認してる」


「……標的……ってことか?」


「まぁ落ち着け、何も殺すのが目的じゃない。目下俺たちの目的はその施設への侵入と幽閉された幻獣の救出。事を荒立てるのは旨くねぇ」


 そこまで言ったおっさんは、店を振り返って顎をくいっと動かした。


「さっきの女が店主に渡してたアレ……なんだと思う?」


「俺が知るわけがない」


「そりゃそうか。ありゃな……だ」


 ピシャーンッ!

 その時、俺の脳内に電撃走る。



『今月分だ。……しかし、いつになったら成功するんだ? 未だ失敗作ばかりだ』


『無茶を言うな。数年単位の研究と試行は必須だ』


 帝国領土の都市ヴェルヘム。

 幻獣の肉片と血。

 “失敗作”。

 すべてが繋がった。


「そうか……そう言うことか」


 幻獣の肉片と血を使う生成物などこの世に一つ。

 それは霊薬、エリクサー。

 そして最近、俺はその“失敗作”と出会っている!


 帝国の詐欺商人、紫モノクルだ。

 先ほどの二人は、アイツの関係者である可能性が高い。極めて高い。


 気づきを得た俺に気付かず、おっさんは続ける。


「あの女……あいつは」


「いや、大丈夫だ。すべて、わかった」


 おっさんの言葉を遮った俺は、不敵に笑って返す。


「——あの女は帝国を拠点とするの『ある勢力』に関係している。そしてその勢力は幻獣を素材とした『ある薬』の完成を求めている。出来上がった失敗作も悪用しながら…………そうだな?」


 俺の言葉に、おっさんは眼を剥き、俺と同じく不敵に笑った。


「言うまでもなかったか、こりゃ失敬。どうやら情報屋の肩書も、お前さんの前では形無しらしい」


「いや、運が良かっただけだ、偶然知っていてな。そいつらは――俺の商売敵なんでね」


「ほう……そうかい。まぁ、詳しくは聞かねぇよ」


 敵は、帝国を根城にする詐欺集団。失敗作を売り捌くことも厭わない悪辣な大商会かなにかだろう。

 なるほどな。こいつらを撲滅できれば、俺の生涯年収も跳ね上がるというわけだっ!


「良い依頼を持ってきてくれたな、おっさん。俄然やる気が出てきたよ」


「怖いねぇ……お前さんだけは敵に回したくないよ」


 そうして、日は落ちる。

 

 霊峰ヴェルネータ。

 欲望の衝突する舞台であるそこでは、雷鳴がいつまでも鳴り響いていた。


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