第19話 六席抜刀

 ケルス帝国、帝都。

 大陸一の都。美の集大成。水と太陽の街。

 都に張り巡らされた水路を流れる水が光に照らされ、きらきらと都を彩る。

 この都の広大さは言うに及ばず、ここだけで一つの国家に匹敵する規模を誇っている。


 そんな帝都のとある一角。

 顔を突き合わせた二人の男女は、人目を忍ぶように人気のない廃屋で机を囲む。


「あすたろと商会……?」


 幼い女の声が、その名に首を傾げた。

 女にその名を出した男は彼女に傅き、顔を伏せる。


「……ふむ、聞いたことがないのぅ」


「将校様にもたらされた情報によれば、我らの動向を知る者らであるとのこと」


「どこぞの新興商会かの……して? それを妾に知らせた意図はなんぞ?」


「……『妖刀』殿。を、と」


「んなことだろうと思うたわ……将校めが」


 低い背を誤魔化すような高下駄がカランと鳴る。

 女の色の薄い黒髪は毛先に向かってグラデーションのように色を変え、灰色から桜色へ。

 歩くたびにリンリンと鳴る鈴に、男は緊張感を漲らせる。


 彼女の機嫌いかんで、自分の首が次の瞬間に飛んでもおかしくないのだ。


 帝国の最高戦力、『十剣』。第六席『妖刀』羅夢音らむね

 彼女の鈴を聞いた敵勢は、誇張無しにこの世に存在しない。なぜなら聞いた時が、その者の最期だからだ。

 力や小細工を弄するのではなく、純然たる刀の技巧のみで並みいる兵を鏖殺する姿は正しく妖刀。


「場所は?」


「生きて帰った下級武官の報告では、メギスト王都にほど近い場所とのことでございます」


「めぎすと王都……なんともたいむりーな」


 意外そうに溢したらむねは、「よい」と刀の鯉口を切った。

 カタっとなる刀に「うむ」と頷き、身に纏った和服を翻してその場を後にする。


「将校に承知したと伝えよ。ちと遅くなるが」


「はっ。どこへ?」


「帝国より東方は妾の管理下であろう。かの霊峰ヴぇるねーたで行われる研究の進捗を確かめねばならん。気は進まんがの」


 リンリン――。

 鈴を鳴らして足を踏み切れば、らむねは重力を無視したようにふわっと浮き上がる。

 カンッ、カンッ、カンッ。

 下駄が地面を叩く音が三つ響く内に、らむねは帝都の門を出ていた。


「ヴぇるねーたを超え、めぎすとの王都にでも向かうか。最近は時間が無く顔を出せておらんかったからのう」


 自らを『和服ロリ』などと呼び続ける青年が作る生成物は彼女の興味を惹きつけて止まない。

 それらを眺めようと、彼女は度々そこを訪れていた。

 超絶技巧の末の製品を格安で売っている奇特な変わり者。

 昔の知り合いを彷彿とさせる青年にも、思うところは多々あるが。

 

「視察など、ささと終わらせよう」


 異常が無ければそれで良し。

 何かあれば――それをすぐさま叩き切って、潰して見せよう。



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