第20話 出張営業

 吹きすさぶ吹雪のベールが覆い隠す研究施設。

 霊峰ヴェルネータの中腹にあって、乗越の丘陵の間に潜んだ施設はいつも通りに外部からの人間が辿り着くことは難しい場所で稼働中していた。

 

「……ふわぁ」


 警備体制は施設の四方を確認できる映像魔法のみ。

 厳重な体制を敷けばそれだけ外部に露見するリスクが高まってしまうことを懸念して、監視のみに留まっている。

 その映像を夜通し監視している担当者は大きな欠伸をしながら今にも寝てしまいそうな寝ぼけまなこを擦る。

 この施設が稼働し始めてから約五年。この映像に不審なものが映ることなど一度もない。

 今日もそんな日常の一幕を流し続けるその映像は、見飽きたものからすれば眺め続けるのも苦痛なほどに変わり映えしない。


 変化などない……そのはずだった。


「……ん?」


 担当者は擦った目を見開く。


「消えてる……?」


 映像魔法が映し出していた映像が消えている。

 しかしその現象はそれほど珍しいものではない。

 ヴェルネータ頂上で鳴り響く雷鳴は紫の魔力の発露であり、映像魔法に必要な魔力が一時的に遮断されてしまう不具合も多々あるのだ。

 こんな辺鄙な場所に施設を隠している事情柄起こってしまうアクシデントにもならない面倒な現象だ。


「面倒だな」


 任された仕事に悪態を吐きながら彼は魔力の調整をしようと部屋を出た。



「——なるほど、ここが監視室」


「うわぁぁああっ!?」


 扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできた馬の頭蓋骨に男は飛び跳ねて叫んだ。

 そして、日ごろの訓練で染み付いた言葉が口を突いて出る。


「——侵入者だッ!」


 彼は懐に忍ばせていた魔道具マナクラフトを起動する。


 研究施設。

 研究員。

 執剣武官。


 それは、すべてに侵入者を報せるけたたましい警報だ。


「はい、ご苦労様」


 馬の頭蓋が囁くと、監視担当者は現れた二人の人影に意識を刈り取られた。




 アスタは意識を失った監視員を脚でトントンと蹴り、一息ついた。

 横に立ったアグナとオウルは、アスタと同じようにローブを纏って顔を隠している。

 アスタロトの馬の頭蓋骨とは違い、二人は肉食獣を思わせる頭蓋をからからと鳴らしてご満悦の様子だ。

 アスタと同じ格好で何かをしている。その状況に浮足立っているのだろう。


「どうだ?」


「うん、アスタ……ロト様の言った通り、人が一カ所に集まってる気配がする」


「流石兄さんっ! 探す手間が省けたねっ」


 重要なナニカを隠している施設に侵入者が入った。

 そんな状況になった時、それを知らされた人間は大きく三つの行動を取るとアスタは考えた。


 侵入者を排除する。

 身を守るために隠れる。

 そして、重要なナニカを守る。


 人の音や気配、魔力に敏感な獣人であるアグナとオウルの言葉によれば、施設の人間たちは一カ所に集まり始めたとのこと。

 

「流石にそのナニカを放置するわけないよなぁ……多分そこだな。場所は?」


「地下。多分最下層」


 アスタはもう一度頭蓋を深く被り直し、二人に出入り口を指す。


「多分外からの援軍が来ると思う。——二人とも、頼んだ」


「命に代えても」


「期待に応えるよ」


「重いわ……無理だったら逃げていいからな」


 気配を消して離れた二人を見送り、アスタは無人の研究施設を闊歩する。

 その手には、真紅の霊薬が握られていた。


「さぁ、幻獣相手の出張営業と行こうか」



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